(3)《魂付き》とクエスト
教会の礼拝堂から場所が変わったと思った瞬間、何故か小さな部屋のコタツに入って寛いでいる二人に気付いたカイトは、思わず突っ込みを入れてしまった。
「いや、なんでコタツ?」
「何を言っておる。コタツに入っている間は、至福の時ではないか」
少女が、そう言いながらだらけた様子で顎をぴたりとコタツのテーブルの上に乗せているのを見て、カイトは「ハア」と返すことしかできなかった。
それよりも、気になることがあったので、先にそれを聞くことにした。
「それで、わざわざお呼びになったのは、何か追加の依頼でもあるのでしょうか?」
海人がカイトとして転生してから今まで、この二人が出て来ることはなかった。
カイトとして成長してきた今、目の前にいる二人が先ほど司祭が話していた神のいずれかに当たるということは、すぐにわかった。
それでも転生前の時と態度と口調を変えていないのは、二人がそれを望んでいると瞬間的に理解したためだ。
無言のまま理解させられたと言い換えていいのかが微妙なところだが、とにかくカイトはごく自然なままそれを受け入れていた。
カイトの問いかけに、老人姿の神が首を左右に振りながら答えてきた。
「いいや。きちんと記憶がその体に定着したのかを確認するために呼んだのだ。それに、フアの奴が会いたがっていたからな。……すぐに会えるというのに」
「いいであろ、別に」
老人姿の神の言葉に、少女がぷくりと頬を膨らませながら応じた。
そして、何故かチラリとカイトを見てきたフアは、コタツから抜け出して狐の姿になった。
ただし、今回の狐は体長が四十センチほどの大きさではなく、手のひらくらいのミニサイズだった。
さらに、ミニサイズになったその狐は、すたすたとカイトのところに近寄ってきて、そのままヒョイと肩の上に乗ってきた。
突然のその行動と全く重さを感じさせない狐に、カイトは戸惑った。
「ハハハ。いまさら照れることもないだろうに。――まあ、それはとにかく、カイトも既にこちらで生活していろいろと分かったこともあるであろう?」
「ええ。まあ」
「既にもうわかっておると思うが、私はこちらの世界では創造神をやっておる。それから、フアは大地神だな」
カイトとして知っている神話では、創造神を頂点として、さらに五柱の上級神がいる。
大地神は、上級神のうちの一柱だ。
フアが大地神であることまでは分かっていなかったカイトだが、老人が創造神であることは予想していた。
そのため多少の驚きはあったものの、取り乱すようなことはせずに済んでいた。
「このあと元の場所に戻ることになっているが、その時にはそなたは《魂付き》の者として世界に認知されることになる」
「やはりそうなりますか」
老人――創造神の言葉に、カイトは納得した表情で頷いた。
《魂付き》というのは、宣誓の儀においてカイトの生まれた世界の者たちが得られる力を持つ者たちのことである。
もし宣誓の儀で《魂付き》になることができれば、様々な能力を得ることが出来て、さらには能力者として色々なところから注目されることになる。
これが、宣誓の儀が子供たちにとって大事だと言われている理由で、カイトと一緒に儀式を受けていた者たちの大半が残念そうにしていた訳はその結果にある。
つまり、カイトが『神魂の板』に触れる前に儀式を受けた子供たちは、一人を除いて《魂付き》にはなれなかったということだ。
貴族の家に生まれなかった者たちにとって《魂付き》になるということは、それだけで人生が約束されることに一歩近づくということなのだ。
もっとも、前世の記憶を取り戻したカイトにしてみれば、何もかもがばら色の人生になるわけではないということもわかっているのだが。
改めてそのことを思い出したカイトは、視線をフアへと向けた。
「大地神さ……がこの姿になっているということは、コンとして傍にいるということでしょうか?」
カイトが「様」付けしようとしたことを察したのか、ミニ狐姿のフアがパシリと狐パンチを繰り出してきた。
それで慌ててカイトが「様」付けを止めたわけだが、それを見ていた創造神は気付かなかったふりをしている。
「そういうことだな。それに、私からの《魂からの依頼》もあるからな」
「え。本当ですか?」
「うむ。まあ、受けるか受けないかはそなたの好きにしていいがな。私としては、そなたが持つ船の知識をこの世界に広めてもらえれば、どんな形でも構わない」
転生をするための条件を改めて言われたカイトは、創造神の言葉にすぐに頷いた。
もう転生してしまったのだから、約束を無視して好き勝手に生きるという選択肢はカイトにはない。
《魂付き》は、基本的に動物や精霊などと契約をして、力を借りることができる者たちのことを指している。
《魂付き》として契約をした対象の動物や精霊のことを、一般的に魂と呼んでいる。
コンは様々な種類(種族?)があり、今回カイトが授かったように神も含まれている。
もっとも、神をコンとしている者は、ごく少数でしかないのだが。
そして、コンと契約をしたものは、そのコンから依頼を受けることがある。
依頼を受ける方法はコンによって様々なのだが、少なくとも創造神の言う通りならば何らかの形でカイトも依頼を授かるということになる。
ちなみに、コンから受ける依頼のことを一般的にはクエストと言ったりもする。
むしろ、わざわざ《魂からの依頼》と言ったりすることは少なく、正式な場でもない限りはクエストと言われるのが普通である。
「創造神からのクエスト、ですか。……面倒事しか考えられませんね」
「だろうな。だからこそ、受けるかどうかは好きにすればいい。フアが傍にいれば、私のことを隠すのに使えるのではないか?」
「確かにそうでしょうが……わざわざそのために?」
「いや。傍にいたいと言ったのはフアで、ただの趣味だろう」
きっぱりとそう言い切ってきた創造神に、カイトは苦笑を返すことしかできなかった。
「それならそれでいいのですが……戻ったら面倒そうですね」
神をコンにしたということもそうだが、そもそも前世の記憶を持っていることを上手く誤魔化せるかどうかが分からない。
十二歳の子供の体に、六十を超えた男の記憶が宿っているのだから、色々と違和感も出て来るはずだ。
ただ、カイト自身は、海斗としてよりもカイトとしての意識が強いと、今のところは考えている。
「コンを授かれば、人が変わったと言われるようになる者も多い。そういう意味では、あまり心配する必要はないだろう」
「そういうものですか」
「大きな変化が訪れた時、都合のいいように解釈できるのは人のいい所でもあり悪い所でもあるからな。まあ、そうならない者もいるが」
神としての創造神の言葉に、カイトは曖昧に頷くことしかできなかった。
どう返したものかと悩むカイトに、創造神は特に答えを求めていなかったのか、気にした様子もなく続けて言った。
「そろそろ時間切れだな。ああ、それから、元に戻ったときに時間は瞬きほども経っていないはずだから、気を付けておくといい」
「あ、はい」
そういうことは早めに行っておいてほしかったと思いつつ、カイトは慌てて頷き返した。
何も言わずに放り出されるよりは、前もって教えて貰ったほうがいいのは間違いないのだ。
それに、創造神が時間切れと言ってから、カイトが教会の祭壇の傍に戻るまでは十秒ほどの時間があった。
その間に心構えは十分にできたので、カイトは多少の余裕をもって対処することができたのであった。




