(25)最初の目的地に向かって
レグロがセプテン号の対策に頭を悩ませているその頃、当の本人たちは操舵室でのんびりと会話を行っていた。
「穏やかな海だな~」
「そうだな。この先、少なくとも二、三日は嵐になるようなことはないだろう」
「わかるんだ」
「そりゃ、まあな。風読みと天候察知が俺の魂使いとしての能力でもあるからな」
感心した表情になっているカイトに、ガイルが同意しつつそう付け加えた。
ガイルの魂である鷹には、風と天候を読めるという船乗りにとっては得難い能力がある。
そのホークがいたからこそ、ガイルは若くして船長という立場になれたという実績ができていた。
ガラスのような透明な窓で外と仕切られている操舵室には、いわゆる羅針盤が付いている。
この羅針盤を見た時に、ガイルは非常に感心していた。
この世界では、陸を見ながら方角を知るか、もしくは魔法を使って場所と方向を認識するかである。
そのため、魔法を使わない通常の機器によって船が進んでいる方向を知ることができるという羅針盤は画期的な発明だ。
勿論、地球の歴史上でも羅針盤が船の航行に大きな役割を果たしたことを、カイトはよく知っている。
だからこそカイトは、真っ先に羅針盤を見せて、その使い方と遠洋航海術をガイルに教えた。
この先、沿岸航海ではなく遠洋航海を行うためには、どうしても知ってもらう必要があるためだ。
まずは、よほどのことがない限りは沈没することがないセプテン号を使ってそれらを幾人かに教えて、そこから徐々に広めていく予定である。
そのためにも、まずはガイルから教えはじめたというわけだ。
現在のセプテン号は、最初の目的地であるメイリカに向かって進んでいる。
海人がカイトとした転生した場所は、前世の南北アメリカのように中央辺りの陸地が細くなっていて上下に大きな大陸がある。
そして、北側の大陸をザイート大陸、南側の大陸をルイード大陸と呼んでいる。
ザイート大陸とルイード大陸の両方を合わせると、ずんぐりむっくりとした砂時計か瓢箪のような形になっている。
カイトが生まれ育ったセイルポートは上の大陸の右下辺りにあり、これから向かうメイリカはセイルポートからほぼ真下辺りにある。
この世界にある早い船では、直進して大体五日ほどかかる距離があるが、セプテン号だと三日くらいで着くだろうというのがカイトとガイルの予想である。
「嵐にならないというのは助かるな」
カイトが安心した様子でそう言うと、ガイルも頷きながら続けた。
「そうだな。まあ、天候なんて突然変わることもあるから絶対ではないがな」
「油断はできないってことか。まあ、それはそれで仕方ないかな」
魂であるホークの能力も絶対ではないということが分かって、カイトは納得の表情になった。
そもそもコンの能力が完璧であるならば、魂使いの能力に差ができるなんてことにはならないはずである。
もっとも、創造神の能力をすべて得るなんてことになれば分からないのだが、まずそんなことにはならないとカイトは考えている。
しばらく天気や方角についてガイルと話をしていたカイトは、操舵室から出て行き船長室へと向かった。
基本的に船の運航は天使であるアイリスたちがやってくれるので、乗組員が増えるまではお任せする予定である。
これから先、全てをアイリスたちに任せるつもりはないのだが、少なくとも今海運ギルドから受けている依頼が終わるまでは、アイリス任せになる予定だ。
さらに、一度行った港の場所が登録できれば、アイリスたちに頼らなくても自動で進んでくれる機能もある。
セプテン号が単独で航行している間は、行った場所が増えれば増えるほどいろんな意味で楽になるというわけである。
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船長室へと入ったカイトは、そのままフアの神域へと向かった。
カイトの役目は、船の技術を広めるだけではない。
そのもう一つの役目である蚕の育成を進めるためにも、色々と確認するべきことはたくさんある。
養蚕小屋にある転移部屋から出たカイトを、すぐにクーアが出迎えた。
「カイトさん、いらっしゃい」
「ああ、クーア。蚕たちの様子はどうだ?」
「今朝と変わりありませんよ。ちゃんと元気に過ごしています」
「そうか。それはよかった」
今朝もきちんと確認したことではあるが、カイトは安心した様子で頷いた。
カイトがそんな挨拶をしていると、クーアの背後から二頭のカイコガが現れた。
空を飛ぶことができないはずのカイコガが、きちんと飛びながら近付いて来ていることから、普通のカイコガではないことは一目瞭然だ。
「デキス、シニス。ちゃんと大人しくしていたか?」
カイトが二頭にそう呼び掛けると、デキスとシニスはそれぞれ「ピ」という返答をしてきた。
デキスとシニスは、この神域に来たときから進化をしていたカイコガで、それぞれカイトと契約を済ませている。
そのため、呼び出せばいつでも来てくれる状態にはなっているのだが、今のところその機会には恵まれていない。
その代わりに、カイトはデキスとシニスにどんな変化が起こったのか、あるいはどんなことができるようになっているのかを調べている。
その結果、色々なことが分かっているのだが、まだまだ研究できることはありそうだとカイトは考えている。
ちなみに、進化をしているカイコガは、今のところデキスとシニスの二頭だけである。
それ以外のカイコガたちは、卵を産んだ後に寿命を迎えて亡くなっている。
まだすべてのカイコガが亡くなったわけではないが、恐らく生き残ることはないだろう。
それだけ取っても、デキスとシニスが特異な存在であることはすぐにわかる。
さらに、デキスとシニスの特異さは寿命が延びたことだけではない。
「さて、それじゃあ、これからどんな糸が作れるのか、調べてみようか」
「「ピ!」」
カイトの言葉に、デキスとシニスがやる気を出したように、元気な声で応じた。
通常、蚕が絹糸を作るのは繭を作る時なのだが、デキスとシニスは口当たりから糸が吐き出せるようになっている。
さらにその糸は、与える餌によっていくつかの種類が作れるようになっている。
それだけで、普通のカイコガとは全く違った生き物だということが分かる。
最初に、カイトがデキスとシニスが糸を作れると分かった時には、自分の知っている常識との違いに頭を抱えていた。
とはいえ、いつまでも頭を抱えていても仕方ないと切り替えたカイトは、デキスとシニスに協力してもらって色々と実験を進めて、ここまでのことが分かってきたのである。
デキスとシニスは、すでにカイトの左肩の上に乗っている。
右肩はフアの指定席になっているので、左側は自分たちの場所だと主張しているようにも見える。
「――見えるだけじゃなく、まさしくそう主張しているのだがの」
カイトの心を読んだかのように、右肩の上に乗っていたフアがそう言ってきた。
「ああ、やっぱりそうなのか。でも、フアはそれでいいと思っているんだろ?」
「まあの。カイトが邪魔に思わないのであれば、別にいいのではないか?」
自分の肩の上でカイコガが羽をバタバタさせていると微妙に落ち着かないこともあるが、デニスとシニスはフアと違って常にカイトの肩の上に乗ってくるわけではない。
気を使っているのか、その方が楽なのか、カイトが移動しているときは、空を飛んでいるのがほとんどである。
そんな状態なので、カイトも二頭のカイコガが肩の上に乗って来ることを拒否したことはない。
普通のカイコガと違って明確な意思を持っているように見えるデキスとシニスは、カイトにとってはかわいらしいと思える存在になっているのであった。




