(24)出航のその後
「――――さて、結果を聞こうか?」
レグロが目の前に立つキケにそう聞くと、当人は肩を竦めながら言った。
「駄目ですね、ありゃ」
さらりと報告されたその内容に、レグロはぎろりとした視線をキケに向けた。
「それほど多くの人員がいたということか?」
「いや、搬入に関わっていたのはガイルだけだったな。例の船長も姿を見せなかった」
「……だったらどういうことだ?」
文句を言いたいのをグッと我慢して、レグロはそう聞いた。
キケは、荷物の搬入員としてセプテン号の中に入っていた。
目的は勿論、セプテン号の調査を行うためだ。
沖にいた時には近づくことすらできなかったが、搬入時には入り込むことができると考えたのだ。
しかし、搬入員に紛れてセプテン号に入ることができたキケだったが、荷物の搬入を行っている倉庫から先に行くことはできなかった。
「どうもこうも、ガイルが出入りしている入り口は魔力的に区切られていて、部外者は進入禁止だった。見つからないように忍び込もうとしても無理だぜ、あれは」
「…………お前でも無理だということか?」
ギルドの諜報員的な仕事をしているキケは、魔力的に封じられた場所を通り抜けるための技術も持っている。
その技術をもってしても通り抜けることができなかったのかと、レグロは聞いているのだ。
「だな。あれほど厳重なのは、王城の宝物殿の扉くらいでしか見たことがなかったな」
今回の仕事に関しては何一つ成果らしい成果を得られていないキケだが、その腕が低いというわけではなく、むしろその道では名が知られているほどの腕を持っている。
そのキケがこう言っているのだから、セプテン号のセキュリティ能力は本当に高いのだと分かる。
それでも、いくら魂使いとはいえ、ただの一般人――もっといえばただの十二歳の少年が持つものとしてはあり得ないような船であることに、レグロは疑いを持たざるを得なかった。
「それほどのものか?」
「ああ。公爵の手の者も試していたようだが、やはり無理だったみたいだからな。下手をすれば、神級にまで到達しているかもしれないな」
「――そこまでか」
キケの言葉に、レグロはようやく実感を持ったように頷き返した。
神級というのは魔法の威力や効果を指す言葉で、最高位の力があるということを示している。
「そもそも、船体自体が何でできているかもわからなかったからな。誰がどう見ても不思議の塊でしかないぞ、あれは」
「何? 木ではないのか?」
「違うな。恐らくだが、何かの金属でできているはずだぞ」
「……金属が、浮くのか?」
レグロは、この世界での海の常識を持っているがゆえに、心底驚きながらそう言葉にした。
木造船が当たり前のこの世界では、金属が浮いているということ自体が信じられないことなのである。
勿論その驚きは、同じ常識を持っているキケも共有している。
「信じられないが、実際に浮かんでいる以上はそうなのだろうな。材質自体は何か分からないが」
「いや、今度、また荷運びに潜り込むことができれば……」
「素材の欠片でも持って来いってか? それを、俺が考えなかったとでも?」
「…………なにが言いたい?」
「勿論、あの船が木造じゃないと分かった時点で、どうにか欠片でも持って帰れないかと考えたさ。だが、どれだけ短剣の刃を立てても、削ることすらできなかった。あの船が、噂で聞く神鋼でできていると言われても、今の俺だったら信じるね」
キケの言葉に「何を馬鹿な」と笑い飛ばそうとしたレグロだったが、顔を引きつらせるだけで、それを口にすることはできなかった。
話を聞けば聞くほど、神鋼でできた船というのが正しいのではないかと思えてきたのだ。
勿論、そんな国宝クラスの船が、あんな一人の少年に与えられているというのは、普通に考えればあり得ないということはキケにもわかっている。
「信じられないというのは、なしだぞ? 俺だって、話をしていてあり得ないと思っているんだ」
「そうか……」
キケから釘を刺されたレグロは、反論の言葉を封じられてそう返すことしかできなかった。
神鋼云々はともかくとして、少なくともセプテン号が未知の技術で作られているということはわかる。
それに、もし本当にガイルがあっさりと引き受けたあれらの依頼をきちんと期限内に達成することができれば、セプテン号はレグロが知るどの船よりも早く多くの荷物を積むことができる船ということになる。
それ自体が、セプテン号がこれまでの常識ではありえない技術でできているということの証明にもなるはずだ。
そこまで考えたレグロは、ふと何かに気付いたような表情になった。
「下手に突くと、藪に突っ込むようなことになりそうか?」
「さてな……。それを考えるのは俺じゃないだろう? だが、少なくとも今の俺では歯が立たないということだけはわかった」
「お前がそこまで言うのか」
自分が知る限りでは最高峰にいると考えている諜報員の言葉に、レグロはそう応じながら盛大にため息をついた。
ガイルと話をした時から分かっていたことだが、改めてセプテン号が難攻不落の船であるという事実が理解できた。
それでも、海運ギルドのギルドマスターとして、あの船の秘密を探るのを止めるわけにはいかない。
「――公爵や王家はどうなんだ?」
セプテン号に探りを入れているのは、海運ギルドだけではない。
セイルポートの領主である公爵や国も、当然のように調査の手を入れている。
「それも同じだろうな。荷運び人に扮して探りを入れるようなことはしていたが、奥に入れたという話は聞いていないし確認できていない」
「そうか……」
キケの言葉に、レグロはそう答えながら頷き返した。
セプテン号の情報を探るのに手間取っているのは、何も海運ギルドに限ったことではなく、同じようなところで躓いているのだ。
「これからどう出て来ると思う?」
「さてな。どちらにしても、しばらく手を出すことはできないと思うな」
「それくらいは俺にだってわかる」
何しろセプテン号は、すでにセイルポート沖を離れて最初の目的地に向かっている。
セイルポートの海運ギルドもそうだが、国や公爵も直接手を出すのは難しいはずだ。
ただし、海運ギルドの場合は、向かった先のギルドに探りを入れてもらうという手段を取ることができる。
とはいえ、次の目的地にある海運ギルドは、セイルポートほどは大きくない。
あまりいい結果は期待できないだろうとレグロは考えている。
「まあ、いいか。とりあえず、向こうからの連絡待ちだな。あのガイルが見せた自信がどれくらい本物なのか。しっかりと見させてもらおう」
「かっこよく言っているが、負けたチンピラの捨て台詞みたいですぜ」
そう茶々を入れてきたキケを、レグロはジロリと睨んだ。
「うるさいな。そんなことは言われんでもわかっている。お前はさっさと次の仕事に向かえ」
「へいへい。やれやれ。早く、人使いが荒い職場から抜け出たいもんだな」
そうぼやきながら部屋を出て行ったキケを、レグロは一度だけため息をついて見送るのであった。




