(23)セプテン号、入港
海運ギルドのギルドマスターとの話し合いを終えたカイトとガイルは、セプテン号に戻ってから結果についての話を始めた。
道中で話をしなかったのは、どこに諜報員の耳があるか分からないからだ。
「――あれでよかったのか?」
「あれで十分だな。あれ以上を欲張ったら、ただの搾取になるからな」
神の船という圧倒的な能力を持つ船を盾にすれば、いろんな要求を通すことも不可能ではないだろう。
ただ、その結果が周りから白い目で見られるようになってしまっては意味がない。
そんなことになってしまえば、そもそもの目的であるカイトの持つ知識を広めるという役目を果たすのが難しくなるだろう。
そうなってしまっては、本末転倒どころではない。
ギルドとの交渉でカイトが得たかったのは、身の安全とセプテン号の能力を依頼によって示すことだ。
そのうちの前者は、既に最初の交渉で得ることができた。
後者は、これからきっちりと依頼をこなせばいいだけである。
ガイルは強気に海運ギルドが後ろ盾になるように交渉していたが、カイトにとっての最低ラインはギルド内での身の安全を保証してもらうことだった。
これから先、カイトがギルドに出入りするようになった時に、いちいち他のギルド員から勧誘などを含めて絡まれるのはごめんである。
そうしたことを予防するための措置だったのだが、ガイルが得た結果はそれ以上のものだった。
勿論、それについてカイトは不満を持っていない。
ちなみに、これまでの準備期間の間に、カイトのしゃべり口調は敬語が解けて通常のものになっている。
二人で何度か話をしているときに、ガイルが敬語だと駄目だと言ってきたのだ。
今後、セプテン号には他の人員を乗せることを考えている。
その時に、本来の船長であるカイトが、ガイルに気を遣っているところを見せると他の船員に悪影響を与えかねないというのがガイルの主張だった。
その主張をカイトも認めたために、敬語口調が取れたのだ。
「そうか。それならよかった。――それで? これからいよいよ、セプテン号の出航か?」
「そうだね。といっても、第一埠頭に向かうだけだが」
「それは仕方ない。初出航としては短い気もするが、お披露目として考えれば十分だろう?」
「それもそうか」
ガイルの言葉に、カイトは頷き返した。
半月以上前にセイルポート沖に現れたセプテン号だが、実は今の今まで一度も動いたことはなかった。
ガイルがきちんと前の契約を終えるまで待っていたというのもあるが、そもそも動く必要がなかったのだ。
だが、先の話し合いで荷運びの依頼を取ってきた以上は、きちんと港に着ける必要がある。
折角ガイルが第一埠頭の使用許可を取ってくれたのだから、お披露目も兼ねて埠頭に入ってその姿を人々に見せるのだ。
ついでに、きちんとした操船を見せて、セプテン号が図体だけが立派な船ではないことを見せつける目的もある。
「さて、船長様のお手並み拝見といこうか」
そう言いながら笑みを浮かべたガイルに、カイトは苦笑を見せた。
「揶揄わないでくれよ」
最初の操船はカイトがするということは、事前に決めてあった。
以前の話で、これまで一度も船の操船などしたことがないはずのカイトが、操船もできると軽く言ったことからガイルか興味を持ったのだ。
その結果、腕を見る目的も兼ねて、カイトが操船を行うことになったのである。
現在のセプテン号の場合、操船をするといっても実際に動くのはアイリスを含めた天使たちなので、カイトがするのはほとんどが指示だけだ。
一応操舵をすることにはなっているが、位置を合わせて入港するだけなので、大したことではないとカイトは考えている。
もっとも、普通はこれだけの大型船できちんと位置を合わせて入港するというのが難しいのだが、ガイルは敢えてそこは何も言っていない。
カイトが口だけではなく、本当に操船できるのかを見極めようとしているのだ。
勿論、カイトもガイルのその意図を理解した上で、操船することに決めたのだが。
そんな軽口を聞いていたカイトとガイルだったが、いよいよセプテン号が初めて動くときが来た。
先程から出航の準備を進めていたアイリスから、準備ができたという報告が来たのだ。
その報告をもって、カイトの口から次の言葉が初めて繰り出されることになった。
「セプテン号、出航!」
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海運ギルドのギルドマスターであるレグロは、現在第一埠頭傍にある倉庫でさかんに指示を出していた。
言うまでもないが、ギルドマスターがわざわざこんな現場まで来て、一々指示を出すことなどほとんどない。
そのほとんどが起こった時にはギルドマスターが出て来るのだが、それはギルドにとっての一大事がある時に限られている。
それが分かっている倉庫内にいた職員や依頼を受けてきていた船乗りたちは、一様に騒然としたムードになっている。
張り切って指示を出しているレグロを見て、これから何事かが起こるのだということが分かっているのだ。
付け加えると、次に第一埠頭に入港してくる予定だったギルド専用船に積み込むはずだった荷物を差し置いて新たに荷を用意していることも、彼らが気にしている点だった。
いつもとは違った雰囲気になっている倉庫内で、レグロが最後の荷物の搬入を見届けて満足気に頷いたところで、ギルド職員の一人が駆け寄ってきた。
「ギルドマスター! 動き出しました!」
「…………いよいよか」
何が動いたのかは確認しなくてもわかる。
何しろ、そのために慌ててレグロ自身が動いて準備を進めていたのだ。
一応再度荷物の不備ないことを確認したレグロは、ゆっくりとした歩調で倉庫を出て第一埠頭に出た。
既にそこには何人かの職員が固まって、ある方向を見守っている。
その方向には、当たり前のようにこの半月ほど沖にとどまっていたセプテン号があった。
そして、不動の船だとさえ言われ初めていたその船が、見た目通りに帆船だということを証明するように、ゆっくりと動き始めていた。
この半月ほど船乗りたちの話題の中心にあったセプテン号が動き出したことは、倉庫内にいた者たちにも話が伝わった。
普段は倉庫内で作業をしている者たちが、レグロに続くように外に出てきてその様子を覗っていた。
埠頭に集まっている者たちは、ついに動き出した巨大帆船を、興味深げに見守っている。
彼らは、先程のギルドマスターの指示が何を意味しているのか、ここに来てようやく理解できたのだ。
レグロを含めた者たちに見守られながら、セプテン号はゆっくりと第一埠頭にゆっくりと近づいてきた。
事前の調整で第一埠頭に入ることは分かっていたので、今回は普通ならされる手旗信号などのやり取りは省かれている。
「大きい……な」
近づいてくるセプテン号を見ながらレグロが思わずそう呟いていたが、そこかしこで同じような声が漏れ聞こえていた。
沖にいた時からその船が大きいということは分かっていたのだが、実際に埠頭に入って来るのを見て、その威容さがはっきりと伝わってきている。
今第一埠頭にいる全ての者たちが初めて見る大きさの船なのだから、そう感じるのも当然だろう。
近づけば近づくほどにはっきりとしてくるその姿に、第一埠頭にいた者たちのみならず、巨大帆船の姿を目にするために町の者達まで集まってきていた。
そして、そんな観衆たちの衆目を集める中、セプテン号は大きな誤差もなく、見事な操船でぴたりと第一埠頭に入港してくるのであった。




