(21)ギルドマスターとの話し合い(中)
頭の中で今ある依頼を整理していたレグロは、わざとらしく腕を組みながら言った。
「――さて、依頼となると、あの船がどんなものを積めるのかきちんと知らないと駄目なんだがな……」
レグロがそう言うと、ガイルはうんざりといった表情になった。
「おい。いつまで引っ張るつもりだ? 依頼を出すのか出さないのか。選ぶのはこっちでやるから早くしろ。それとも、ここでは諦めて別の町に移動したほうがいいのか?」
イライラとした表情になりながら鋭い視線を向けてきたガイルに、レグロは肩を竦めた。
ちなみにガイルは、海の男としては気が長い性格で知られている。
そのガイルがそんな表情を見せるということは、本気でイラついてきているのか、あるいはわざと見せているのかのどちらかだ。
だが、残念ながらこの時のレグロには、それがどちらかは判別がつかなかった。
少しでもセプテン号の情報が手に入っていれば判断することもできただろうが、何もない今の状態ではどちらとも考えられる。
これ以上探り合いをしてガイルの機嫌を損ねてしまっては駄目だろうと判断したレグロは、素直に相手が求めている依頼を出すことにした。
それに、こちらが提出した依頼の中からどれを選ぶかによっても、あの船の情報を推測することはできる。
その考えの元、レグロは机の引き出しを開けつつ、数ある依頼の中から複数を取り出した。
「さて、今やってほしいのは、この中のどれかだな。無理なら無理で諦める類のものだが」
「見せてみろ」
多少挑発するように言ったレグロに、ガイルは特に反発する様子もなく差し出した依頼を手に取った。
それを見ていたレグロは、やはり先ほどの態度はわざと見せたのだろうと思った。
もし本気で怒っているのであれば、この場でもあからさまな態度に出るはずだと考えたのだ。
そんなレグロの思惑を知ってか知らずしてか、ガイルは簡単に依頼を見てから言った。
「――これだけか?」
「ああ。今のところ急ぎはそれくらいだ。どれを受ける?」
「全部だ」
「………………は?」
不覚にもレグロは、ガイルの答えに反応できたのは数秒の時間が過ぎてからだった。
ついでに、表情も隠すことなく本心そのままの状態で表に出してしまった。
そのレグロの呆けたような表情を見て、ガイルはニヤリと笑った。
「おう。お前さんのそんな顔が見れるとは、今まで一度も考えたことがなかったぞ」
セイルポートにある海運ギルドは、大陸中の海運ギルドの中でも上から数えたほうが早いほどの規模だ。
そのギルドマスターともなれば、本心を覆い隠して社交的な笑みを浮かべ続けることもできる。
そんなレグロが思わず出してしまった表情に、ガイルが揶揄うような視線を向けていた。
「おい。そっちが急ぎでと言ったのに、からかっている暇があるのか。冗談もほどほどにしておけよ」
「誰が冗談だと言った?」
「……何?」
「鈍いな。お前さんの顔はともかくとして、依頼を全部受けるというのは冗談でもなんでもないぞ?」
真顔でそう言ってきたガイルの顔を見て、レグロは今度こそ本気で押し黙ってしまった。
ガイルが言うように今レグロが差し出した依頼を全て期限内に受けられるとすれば、あの船は想定していたどんな性能よりもはるかに上回っていることになる。
もしそんな性能の船がこの世にあると世間に知られれば、ありとあらゆる海に関わる人や組織から注目されることになるだろう。
それは、そんな船を所有しているという少年が、そうした様々な者たちから狙われるということを意味している。
冗談抜きで、命の危険さえあるといっても過言ではないはずだ。
その上でレグロが不思議に思ったのは、ガイルほどの人物がその程度のことを考えていないはずがないということである。
にもかかわらず、ガイルはこうして所有者である少年をレグロの前に連れてきていた。
だとすれば、少年の正体が知られてでもいいので、危険を冒してまで姿を見せていることに意味があるはずだ。
その意味とは一体何だろうかと、そう考えたところでレグロはハッとある考えが頭に思い浮かんだ。
「――――ギルドを後ろ盾にするつもりか……?」
思わず口を突いて出たレグロのその言葉に、ガイルは先ほどまでとは違った笑みを浮かべた。
「おうよ。流石、ギルドのホープと言われているだけあるな。きちんとこっちの意図を察してくれたか」
笑ったまま嬉しそうに言ったガイルを見て、レグロは本心を隠そうともせずに盛大にため息をついた。
想定していたよりも性能が高い船というのは、紛れもなくレグロが知る限りでは世界で一番の性能を持っているということになる。
そんな船であれば、別にギルドで依頼を受けなくとも、様々な方面から仕事を受けることができるだろう。
そもそも、依頼という形で仕事を受けなくとも、普通に交易をするだけで莫大なもうけを出すことができる。
何故ならあの船は、この世に存在するどの船よりも荷を多く積むことができ、早く目的地に着くことができることになるためだ。
船の大きさから既存のどの船よりも大きな荷を積むことができるということは予想していたが、その図体のせいで速度は出ないとレグロは考えていたのだ。
それはレグロだけではなく、海に関わるどの人間もそう考えていただろう。
レグロのその予想は見事に外されたことになるが、問題はそこではない。
敢えてギルドの依頼を受けるというのは、少年の身柄を海運ギルドで保証しろと言っているのに等しい。
ギルドの依頼を受けるのだから、身の保証くらいはギルドでしてくれというのが先ほどのガイルの言葉の本意だった。
それには、これだけの依頼をこなせるだけの能力があの船にはあるのだから、その持ち主を守るのは当然だろうという考えもある。
その上で、セプテン号(とその乗組員)はギルドの意を受けることなく自由に動くという交渉をガイルをしていたのである。
レグロは、その思惑に見事に乗ってしまったというわけだ。
相手の思惑に見事に踊らされたと理解したレグロは、それでも冷静になって頭の隅で『それならそれで構わない』と考えた。
少年の身を保証することでセプテン号がもたらす恩恵にギルドが関わることができるのであれば、十分に利益を得ることができると考え直すことにした。
いま差し出した依頼を一気に片づけることができる能力を持つ船を海運ギルドが独占してしまえば、各方面からの締め付けが強くなるのは目に見えている。
それならば、セプテン号を自由にさせて、出来る限りの利益をギルドとして得ることができればいい。
レグロ個人としてはしてやられたという思いが強いが、海運ギルドとしては得るはずだった利益まで手放すわけにはいかない。
完全にビジネスモードになった頭の中で、レグロはそう決断した。
「一応確認するが、本当にすべての依頼を受けられるんだな?」
「おうよ。といっても言葉では信じられないだろう? だから、これから出発してそれを証明して見せればいいだろう?」
言外にその結果次第で後ろ盾になれといったガイルに、レグロはそれが良いだろうなと納得して頷いた。
ガイルの言う通りに、言葉だけでセプテン号の性能をすぐに信じることは難しい。
ただ、結果さえ見せてもらえば、海運ギルドが少年の後ろ盾になることは構わないだろう。
自信ありげに笑みを浮かべているガイルと、話の内容が分かっているのかいないのか少年らしい笑顔を浮かべながらこれまでの話を黙って聞いていた少年を見比べながら、ガイルはそんなことを考えるのであった。




