第19話 ローゼスさんとライル
ローゼスさんのその言葉が、屈んで焚き火を眺める私の背筋を凍らせる。
「……レイルさん。ライルさんのことで、少し話があるのですが」
私は動揺を隠して、焚き火を眺めたまま静かに返す。
「……なんでしょう?」
もしやライルを怪しんでいるのでは──そう焦りが、頭の中を駆け巡る。
(でも……このタイミングで?)
彼の足音が、私へゆっくりと迫ってくる。
「彼女は……」
その一挙手一投足が、私の心臓を掴む。
彼は私のすぐ右隣へ来ると、片膝を立てて屈み、静かに話し始める。
しかし聞こえてきたのは、とても予想外な内容だった。
「彼女は、ご家庭の事情で何か……いや、失礼。こちらが接する上で、気をつけたほうが良いことなどがありましたら、と思いまして……」
(え!?!?!?)
想定外の言葉に驚きつつも、私は焚火を凝視して平静を装う。
「そ、そうですね……」
私が言葉を詰まらせていると、彼が何かを察しているかのように、勝手に話をし始めた。
「もし間違っていましたら、大変な失礼をお詫びいたしますが……彼女、魔法に特化した教育を受けてきたのではないでしょうか?」
(ん?)
「グローリア家に、希少な『万能系』として生まれ……親御さんが教育熱心になられたのではと。それにあの生活能力……と言いますか、一般学校で習うはずの基礎も、身についていないようですし……」
これを聞いて、彼の思い込みが役立ちそうな気配がしてくる。
そして彼の言葉に、改めて注意深く耳を傾ける。
「加えて、あの『右腕』も……生まれつきではないですか?」
『右腕』……あの時の──馬車でフォルシアから逃げてきた時のことだろう。
「そしてその欠損を補うため、他が疎かになるほど、魔法教育に集中なされたのではないか、と……」
(こ、これは……使える!!)
「ですから、その……そうした特殊な環境で育った彼女に対して、気を付けるべき点があればと。私はあのような方とは接した経験がなく、やり取りの間で何か気分を害してしまわないか、心配なのです」
ライルの挙動不審さをどう説明するか、かねてより考えはしていたのだが……
彼の思い込みには隙がなく、詮索を避けるには十分な言い訳になりそうだ。
私は一度深呼吸をして右へ向き直り、少し見上げて彼の目を見る。
そしていかにも「私も心配している」と表現するように、視線を落とし、柔らかく語る。
「ええ、実はその通りでして……こちらも──どう説明しようかとは、考えていたのですが……」
そして今度は彼の心と同調するように、目を合わせて答える。
「ライルには、あまり昔のことを、聞かないであげてほしいです。親ともその……あまり仲は良くなかったので……」
語り終わりには目線を横に逸らし、触れてほしくないというアピールで締めくくる。
(こう言っておけば、詮索もされないはず……!)
この私の受け答えに、ローゼスさんはゆっくりと頷く。
「……分かりました。腕については、私が何か手伝う必要は……ありませんか。変に気遣うのも、逆に失礼ですよね」
これに私も頷き、私なりの考えで締めくくった。
「はい。普通の人と同じように相手してもらうことが、彼女にとっても一番だと思ってますから。それと、もし何か彼女に伝えることがあれば……私から言いますので」
私は少し微笑み、彼も微笑みを返す。
そして話が解決すると、彼は立ち上がって、解体した猪の骨を片付けに戻った。
私も、もうすぐ沸騰しそうな瓶に目を戻しながら、肩の力を抜く。
(これで不安材料は消せた……かな?)
それから水の煮沸が済むと、残り火を枝で寄せて少し冷まし、元あったコルク栓を詰める。
最後に焚火を消すと、その痕跡は土と石で隠した。
そして二人で洞窟の拠点へ戻ると、寝る用意を先に済ませる。
その手が落ち着くと、ローゼスさんが例の鉱石について提案した。
「早いところ鉱石を見つけて、鎧の修復作業に取り掛かりたいですね。焚火用の薪は、少なくとも明日の分はありますから、一度全員でこの先に行きませんか?」
私は不安も感じたが、目的のためならば仕方がないと返事する。
「魔物とはあまり遭遇したくないですけど、行かないことにはどうにもならないですもんね……」
一方でライルは、意気揚々と声を上げる。
「私もあの石は欲しい! 最深部の強い魔物とやらも気になるしな!」
これにローゼスさんは苦笑いしながら、話をまとめる。
「いやぁ、最深部までは流石に……途中で魔物も出ると思いますし……。ひとまず、今日はもう寝ましょう。詳しいことは、また明日に……」
私とライルはベッドに、ローゼスさんは荷物をどかした馬車の荷台に、それぞれ横たわる。
ひんやりとした静寂と、服に染みついた煤の香りが私たちを包み込む。
ふと、ライルの様子が気になって横を見る。
彼女は腕を組みながら、ずっとニヤニヤと洞窟の天井を眺めていた。
……本気で最深部まで行くつもりなのだろうか?
そして、彼女がつけた魔法の灯りがフッと消えると、あたりは完全な黒に塗りつぶされる。
どのくらい深いのか、魔物にあったらどうするか、そしてライルの無茶をどう止めるか……
色々と考えながら、私は眠りについた。




