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第18話 鉱石

 私は体を起こしてライルを見る。


「面白いものって……何?」


 彼女は洞窟の先の方を見てニヤついていた。

 そしてその視線の先から、拳大の何かが彼女目掛けて飛んでくると、彼女はそれを片手でキャッチし、私に見せつけた。


「これは良い材料になるぞ!」


 そのデコボコとした灰色の塊は、私にはただの石としか思えず、首を傾げる。


「なにこれ?」


「こいつは内部に大量の魔素を抱えている! 加工してやれば、銃弾として使えるはずだ!」


 彼女はそう興奮しながら、灰色の部分を指先でガリガリと削っていく。

 やがて中から白い水晶のようなものが顔を出すと、彼女は苦しそうに言った。


「……これでは足らんな」


 残ったのは、小指の先よりも小さな欠片。弾にするには、小さすぎたのだ。

 それでも可能性が見えたことに、私は喜んだ。


「でもすごそう! 良く見つけたね?」


「ああ。微かに魔素の濃いところがあると思ったらな、壁の中にあった」


 そうして共に笑っていると、ローゼスさんの声が洞窟内に響いてくる。

 入口の方を見ると、橙の光が彼の長い影を作っていた。


「ローゼスです! ただいま戻りました!」


 彼も何か興奮しているようで、嬉々としてそれを語った。


「いやー、途中で猪系の魔物に出くわしましてね! これで食料の足しになるかと」


 彼に案内されて外に出ると、二本の角が生えた猪の死骸が一匹分、入り口の傍で横たわっている。

 確かに元は普通の猪のはずだが、私はひどく困惑した。


「えっ? 魔物って食べていいんですか?」


「ええ。多量の魔素が含まれているだけで、それ以外は普通の肉ですよ。むしろ魔法を使いっぱなしのライルさんには、回復のためにも丁度いいでしょう」


 彼がライルのことを人だと信じ切って、そう言っているのかはまだ分からないが……できればそうであってほしいと願う。

 後からダラダラと上がってきた彼女は、その猪を興味深そうにまじまじと見つめる。


「ほう、今晩はそれを食うのか? 面白そうだな」


 ライルは猪をよく見ようとして、ローゼスさんの方へ近づいていく。

 すると、彼女の手に握られている鉱石に、彼は反応した。


「──ライルさん、その手のものは……」


「ん? これか?」


 彼女が手を開いて見せると、彼は目を大きくする。


「これは! 魔晶石……!!」


 私とライルは重なって聞き返す。


「「魔晶石?」」


「はい、これこそ私が求めていた鉱石です! 高濃度かつ安定した魔素により、強化魔法を維持しやすい──つまり、鎧の強化に使えるんです!」


 彼の目の輝きが、その価値を訴えている。

 彼はライルの手を握り、顔を近づけて真剣に聞く。


「これ、洞窟内に落ちていたんですか? 一体どこで?」


「あー、ちょっとだけ、奥に……」


「なるほど、ありがとうございます。であれば、さらに奥にはまだありそうですね……!!」


 そんな彼の興奮は、私には少し疑問だった。


「これ、そんなに貴重なんですか? 魔道具にもよく使われてると、聞いたことはありますけど……」


「これの価値は、その質の良さにあります。よほど魔素濃度が高いところでなければ、これほどのものは採れないんです」


「そういえば昔、学校で『魔晶石の宝庫』とか習ったような……」


「ええ、その通りでして──ここもかなり採掘された後だと知ってはいたのですが……浅いところでこれが見つかったのなら、深くまで潜らずに済みそうです!」


 そして彼はその興奮のまま、猪肉に手を掛ける。


「それでこの肉なんですが、解体は私がやっておきます! お二人は、空き瓶に川の水を詰めてきてもらえますか? 煮沸消毒しますので」


 私もこれに元気よく返事する。


「分かりました!」


 私とライルは、飲み干した瓶を洞窟内の荷台から運び、川までやってくる。

 川の流れは夕日を反射しながら美しく透き通っていて、そのまま飲めるような気さえした。


 もちろん、頭では生水の危険性を理解しているが──と、この常識に改めて気づいた私は、ライルにその重要性を教えた。




 それから水を入れた瓶を運ぶと、屈んでいるローゼスさんが、なにやら木の枝を相手に悪戦苦闘していた。

 聞いてみるに、火を点けられないらしい。


「ローゼスさんは、火をつけるのが苦手なんですか?」


「ええ。私の固有魔素では、『燃焼系』はあまり……いつもは火打石があったのですが、どこかで落としたようで」


 人や魔物が持つ魔素には個体差があり、それを人は「固有魔素」と呼んでいる。

 その性質の偏りによって、人それぞれ魔法の得意・不得意が生じるのだ。

 ただ、ここまで極端なのは珍しい。大抵の人は、日常生活で必要な範囲は一通りできるものだ。


 彼は困り顔をしながら、腰のポーチを探る。


「……やはり無いですね。ライルさんもきっと苦手かと思いますし、私がどうにかしてみせます」


 ライルのことを人間に当てはめているようで、私は少し安心した。


(なるほど……ライルの強さを見て、燃焼系は自分よりももっと苦手だと思っているのかな)


 魔法には「燃焼系」の他に、「ベクトル系」「光系」「氷結系」がある。

 彼は彼女のことを、自分と同じ「ベクトル・光系特化」と捉えているのだろう。


 そして彼が握った枝の先端を睨み続けていると、微かに煙が立ってくる。

 だが、そんな様子を無視するように、ライルは束ねて置かれた木の枝へ一気に点火した。


「火だろ? これでいいか?」


 これにローゼスさんは唖然とするが、それも無理はない。

 普通、特定の種類が得意なほど、他の種類は苦手な傾向があるのだ。


 ……が、彼女もとい邪龍は、当然のように例外である。

 彼はハッと我に返ると、驚きを抑えるように呟く。


「本当にいらっしゃるんですね、『万能系』の方って……」


 私はこの常識をライルへ伝えそびれており、しまったと思ったが──ローゼスさんの言葉に、教科書の記述を思い出して言った。


「そ、そうなんですよ、実は……」


 その言葉通り、ありとあらゆる魔法を使える「万能系」の使い手は、教科書にも詳しい説明がない稀有な存在。

 しかし彼女にとっては当然のことだからか、きょとんとしていた。


「……? まあいい。それより、早く撤収せねばならんのだろう?」


 既に夕日は沈み、辺りを照らすのは小さく揺れるその炎だけになっていた。

 すると彼女は突然、小さい塊へと切り分けられた肉に手をかざしたと思うと、それに直接火をつける。

 燃え盛る肉のシルエットに、私は慌てて彼女を止める。


「ちょっと待って! 消して!!」


 彼女は困惑の表情で、こちらへ振り返る。


「ん? こういうことをしたいんじゃないのか?」


「いくら早く焼くって言っても、強い火をいきなり当てちゃダメなのよ。中まで熱を通すために、まずはじっくりと……」


 そう私が教える横で、ローゼスさんはいくつかの塊肉を宙に浮かせ、火の上で焼き始める。

 彼女はそれを真似するように、他の肉も火の上で焼いていった。


 そして立派なステーキが出来上がると、軽く冷ましてから齧りつく。

 少々臭みがきついものの、久々の立派な肉を前に、私とローゼスさんは咀嚼が止まらない。

 一方ライルは、いつものように無言で淡々と噛み千切っていた。


 こうして夕食を済ませると、残りは水入り瓶の世話だけになった。

 私は火にかけた瓶の様子を座って眺めていると、突然ローゼスさんが意味ありげなことを口にする。


「ライルさんは先に戻って休んでいてください。あとは私たちがやっておきますので……」


「……ん、私が手伝った方が早いぞ?」


「いえいえ、もう今日は休んだほうがいいですよ。かなりお疲れのはずでしょう?」


「そこまで言うなら……まあ、魔物でも出たら呼んでくれ」


 彼女は渋々と洞窟へ入っていく。

 私はこの様子に、何かあるのではと彼に疑いの目を向ける。


(……何をしようとしてる?)


 まだ沸騰させるにはかかりそうだし、いつどこから魔物が襲ってくるかも分からない。

 それに、私の非力さは彼も分かっているはず。


 ──つまり、彼が私と二人きりの時間を作ったのは、何か意味があるはずだ。


 そしてその意味を考えていると、彼の優しげな言葉が私の背を凍り付かせた。


「……レイルさん。ライルさんのことで、少し話があるのですが」

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