4-21 お兄ちゃん
ここにも随分通ったような気がするが、未だにこの異世界について良く知っているわけではけしてない。正直、俺が書いたレポートが役に立っているのかどうかもわからない。
結局よくわからないので、米軍も日本政府も人を寄越したがるのだろう。ダンジョンの脅威や、そこから得られる利益などを図りかねているのだ。
某国やロシアも俺のレポートを手に入れてはいるのだろうが、やっぱりよくわからないんじゃないかな。
ところどころで、狐耳獣人美女を礼賛していたり、各種の冒険者美少女や魔法少女の詳細な情報に固執したりとか。
あと、可愛くして撮ったカメラ目線のケモミミの子供達など。異世界産魔物肉の調理法や味を詳細すぎるほど書き込んであるし。
あちこちの街の異世界屋台マップとか。有名レストラン情報に、口コミでの穴場レストラン、広場でのイベント情報、そして御土産品の情報などなど。
こちらの世界の貴族王族の特注衣装店は当然のオートクチュールだ。その贅を凝らしたクラッシックなデザインに用いられる素材は、けして地球では手に入らない。
俺が持ち込まない限りは。俺の場合、自分の商売に繋がる情報を最優先にしているので。
興味の対象が、彼らと一般人である俺とで天地ほどにかけ離れているのだから仕方が無い。価値観の違いという奴だ。
どちらかというと、マスコミに公開されたそれらの情報が世界中で話題になり、各国の大富豪達をやきもきさせるに留まった。
一般の人も、自分には手に入らない特別な世界という事で、かなりの興味を引いたようだ。
マスコミもみんな来たがっているが、この前俺を怒らせた奴がいるので自粛しているようだ。情報をシャットアウトされたくないのだ。
あまり必要でない情報は熱心に収集されているが、攻撃魔法などの詳細がまったく調査されていないので。
もう米軍が来られない事はわかっているので、調べてきたっていいのだが。俺も含めてうちのメンバーで攻撃魔法を覚えられる奴がいないので、なんかその気もない。
敵対して魔法で攻撃してくるような相手も今のところいないし。転ばぬ先の杖とか、想定外は許されないとかは頭の中にはあるのだが、せっぱつまっていないのであまり気が乗らない。
合田がきちんとした報告書を出してはいるのだが、奴は魔法に関する知識がないし、念話が使えないため、このあたりで使っている言語でしか情報が収拾できない。
冒険者などは色んなところから流れてきた奴がいて、俺が確認しただけでも十数か国語あった。
そいつらがどうしているかというと、やっぱり念話だ。案外とその手の連中は念話をマスターできているので、まだいいんだが。
合田は不幸な事に念話の才能が無いらしい。その点、山崎は才能豊かだ。皆から色々エブリンと呼ばれるくらいで念話もすぐにマスターした。
だが、そこはやっぱり山崎だ。マイペースでどんぶりな奴なので、あまりレポートの役には立っていない。そっちの闘いは合田の孤軍奮闘が続いている。
山崎もリーダーなので日誌はつけているのだが、課業日誌みたいなもので、やはりレポートのたしにはならない。
そして、この山崎にはもう一つの称号? がある。
お店の可愛いネコミミ娘から、こう呼ばれている。
『お兄ちゃん』と。
しかも、ご丁寧な事に日本語で。それを見る度にケモナーの池田は身悶えしているが、いかんともし難い。お兄ちゃん属性に憧れがあったのか?
奴も頑張っているのだが、自然体でただそこにいるだけで勝手にお兄ちゃん呼ばわりされる山崎の天然お兄ちゃんオーラには敵わない。山崎は跡取りの兄貴が1人いるだけなんだがな。
俺の知るだけでも、マサの10代ケモミミ娘が4人ほど。猫2狐1狼1だ。スクードの娘、マリエールにエルシアちゃん。解体場の奴らも全員、山崎なんて呼ばない。
あのロミオを含めて男の子も全員「お兄ちゃん」だ。もはや、お兄ちゃんの達人だ。餓鬼ども、俺の事は相変わらず、「ハジメ~」としか呼ばないんだが。俺はお友達枠なのか?
ギルドの連中もそれを知っていて、山崎を見ると「あら、お兄ちゃん。今日は解体場に行かないの? 子供達が待っているわよ」とか言ってくる。
ラーニャも「お帰り、お兄ちゃん」とか言ったりする。ラーニャがそう呼んでいるというわけではなく、みんながそう呼ぶのでそう呼んでいるだけだが。
むしろ、メイリーの奴がお熱だ。山崎が帰ってくるとダッシュで飛びついていく。
『ねえ! お兄ちゃんには彼女いるの? こっちの世界で暮らすのは駄目かしら!』
とか、真剣な表情で訊いてくる危ない奴だ。
日本語も必死で覚えようとしているので教材を渡してやった。アニメなんかも含んでいる。いや、こいつが日本語を喋ってくれると便利かなと思って。
俺には亜理紗という可愛いのは顔だけという妹が実在するので、妹に憧れる奴の気持ちがよくわからない。絶対に弟の方が可愛いと思うんだ。あいつは、いつも俺の味方をしてくれる。
山崎は体はでかいがのんびりした性格で、しかもさっぱりした奴なので大概の人に好かれる。
特に子供には好かれるタイプだろう。大きな犬みたいな感じを思い出してくれればいいかもしれない。しかも強い。
優しくて強い男への憧れが「お兄ちゃん」という表現なのかもしれない。
格闘表彰持ちで現役のレンジャー徽章持ちだ。その気なら戦闘ヘリで大空の覇者となる事さえ可能だ。そんな強者だが荒ぶったところはまったく無い。子供には好かれるタイプだ。
しかも色男だからな。丸坊主の癖に、パッと見てそれがすぐわかる。この世界では髪伸ばしっぱなしで清潔感の無いような奴より、丸坊主にしている色男の方が女の子に受けるのだ。
俺達は極力清潔を保つようにしている。俺が携帯できるシャワーユニットやバスユニットを作って持っているのだ。
アイテムボックスを活用して、お湯が出ない場所でも使えるように市販品を簡単にDIYで改造したものだ。
水回り商品を単体で大人買いしていくので、ショールームの人には不思議がられたが。トイレ各種もね。面倒なんで、買いきりにしたレンタルトイレを使う事が多い。
結局女性陣にも渡しておいた。本当は異世界生活の現状を知ってもらうために、体を拭くだけで済ませてもらおうと思ったのだが、まあいいかと思って。
お湯の供給はアイテムボックス頼みなので、川島と一緒でないと使えないが。だが昨日は結局使えなかったのだろう。
お姉さんが部屋でやらかした粗相の始末は、アイテムボックスを利用して上手に片付けたらしい。部屋に入るなり、思いっきりぶちまけたそうだ。
消臭剤が無いか川島が聞きに来た。ちゃんと持ち込んでいる俺も俺だが。何がいるかわからんので、ありとあらゆるものを持っている。
財力に物を言わせた、人間スーパー、あるいは人間ドラッグストアと化している。
オムツにベビーパウダー・レトルトの離乳食・化粧品に生理用品・サニタリー用品・清掃道具各種と。
外国人が喜んで買っていく日本土産や、手品セットなんかも持っている。手回し式の洗濯機は子供達に受けた。物干しロープや洗濯ハサミも好評だ。
この世界では、意外と日本製の便利グッズが受けている。こっちの人を日本のそういう店に連れていってみたいもんだ。
というわけで、午前中はお客さんが寝ているので川島の他に護衛として完全武装の青山を残して解体場へ行った。無線で連絡は取れる。
「お兄ちゃん~」
さっそく山崎に子供達が群がっている。
とりあえず、俺はプラスチック製の野球セットを取り出した。ピンポン玉をでっかくしたような中空ボールとプラスチックのバットの組み合わせ。
みんなで楽しく遊んだ。獣人の子は張り切ってホームランをかっとばしている。いつもは魔物の血に塗れた場所が、今日はライン引きで線を引いたグラウンドに変身だ。
ご飯はバーベキューにした。意外な事に今まで1回もやってなかったんだよな。思いっきり野菜も食わせてやったぜ。こいつら、油断すると肉ばっかり食いたがる。甘いカボチャとか玉葱は大人気だった。
子供達のお昼寝中はミーティングに当てた。無線機で青山と連絡を取ったが、城戸女史は起き上がったものの今日は出かけられそうもないようだ。何をやっているんだ、あの人は。
チビ達がお昼寝から起きたので、今度はミニエアホッケーを出してみた。こいつは重量1.6kgで電池を入れれば動くんで発電機がいらない。
充電式の電池を使用して、アウトドアで使う携帯用の太陽光発電シートで充電できる。
お手軽なセットだが、みんな熱中した。ここのチビ達が、この世界の住人の中で自ら電池を充電して機器を使う初めての人間になる。まあオモチャだけどな。
解体まで付き合って、アンリさんに簡単にまとめた栄養学の冊子を渡した。チビどもの食事が偏らないようにと思ってだが、さすがによく理解できないようだった。
今度、指導員を連れてこないといけないだろうか。どっかの業務隊から連れて来られないかなどと考えをめぐらせた。やっぱり民間人よりは銃を扱える人間を連れて来たいのは人情だ。
経験則から食事の内容は偏らないようにしているそうだが、子供達は好き放題やっているからな。
夜中に「かっけ」のような症状で足が痛くなったりする子もいるようだ。その話を聞いたので急遽栄養食品を食べさせておいたが、あくまで緊急措置だ。
別作品ですが、「おっさんのリメイク冒険日記 ~オートキャンプから始まる異世界満喫ライフ~」
http://book1.adouzi.eu.org/n6339do/
も書いております。




