8-26 家へ
それから俺達御一行様は、十分満足するまで守山司令部の中を練り歩き、多くの通行人の顔を驚愕に染め上げた。
またある者(油断している奴)は、ラオのペロペロ攻撃を受ける羽目になった。俺とラオはもう御機嫌という他はない有様で、鼻歌が止まらない。騒ぎを聞きつけた山崎達も一緒に同行している。
「なあ、肇。そろそろいい加減に止めにしておかないと、後が怖くないか。ちなみに俺達は、ここの駐屯地の住人でもあるんだがな」
「おっと、そういやそうだったな。まあ十分遊んだし、このくらいにしておくか。また合田の様子も見に行かないとな。これが池田だったならお見舞いにラオを連れていくところなんだが」
「ところで、そいつはどうするんだ?」
池田が興味深そうにラオの背中を撫でながら訊いてくる。
さすがに駐屯地住まいなので預かりたいとは言い出さない。新しく豊川から引っ越してきた四人組で一室だから、今は合田の分のベッドは空いているんだが、さすがにラオには小さかろう。
「ああ、俺の家だよ。庭はあるし、近所にヘリの発着場に使うつもりで買った土地があるんだ。元はゴルフ練習場だから、こいつが好きなだけ走り回れるくらい広いぜ」
あいにくと、今は草野球チームのホームグラウンドになっているがな。こいつって仕込んだら球拾いくらいできるだろうか。
俺も時々野球場オーナーとして、草野球したりしているのだ。ホームランは打たないようにしているが。俺が振り抜いたら、どこに飛んでいくものか、わかったもんじゃないからな。
「そうか、いいな。休みの日にそいつと遊ぶのなら、俺も呼んでくれよ」
「ああ、そうしようか」
俺は山崎達と別れを告げて、守山を去った。コースターバンの中で奴に話しかける。人間の言葉をよく理解できているようなので、つい人間にするように話しかけてしまう。
「やあ、お前と二人っきりだな。もうすぐ、俺の家だぜ」
「グルルル」
奴も御機嫌そうに軽く唸った。どうやら、この『異世界』はお気に召したようだな。サリアと例の卵達以外では、このラオが数少ない異世界からのお客さんなのだ。
いつもの運転しなれた慣れた道を走らせていく。一つ違うのは、自分の乗用ワンボックスではなくて、マイクロバスのボディを持った巨大なバンだという事だ。しかも、その乗客と来た日には。
俺は家の前にコースターバンを止めると、後部扉を開いてラオを降ろした。さすがにラオやアーラのような、人には危害を加えたりしない奴でなければ家には連れてこられないが。
奴は周りを見渡し、鼻をすんすんと鳴らして、おそらくは向こうの世界よりは排気ガスくさい空気を嗅いだが、特に気にならないようで、鼻面で俺を押した。
「早く家に入れて~」といった感じだ。野良猫のようなお客さんを、うちの子に迎える時のような儀式だな。
一軒家の場合、大概は猫様の方でそのように住人になりたがるのだ。うちの奴は俺が拾ってきたんだがな。猫に関しては、もっぱら亜里沙が担当だったのだが、魔物に関しては俺の独壇場だ。
片側の門を開けてやると、のっそりと器用に体を滑り込ませた。別に車の出入り口からなら、そんな真似をしなくても楽々入れるのだが、やはり正規に門を潜った方が気持ちいいだろうと思って。
だって、勝手に入ってくるだけなら野良パイラオンにだってできるんだからな。
さすがに我が家に野性のパイラオンが入ってきてしまったら叩きだすのだが、生憎と基本的にこいつらは迷宮の魔物だからな。あのバネッサみたいな奴にでも飼われているのでなくば、一般にはいないものなのだ。
「母さん、淳は?」
「美樹ちゃんとデートじゃあないの? まだ帰ってきてないわよ」
「そうかー。それでさあ、ちょっと母さんに合わせたい奴がいるんだけど」
俺はちょっとニヤニヤしながら待った。本物の猫じゃないから、多分、猫アレルギーは出ないと思うんだけどなあ。
そして、縁側からサンダルを履いて出てきた母親は、彼女を見るなり「にゃあ~ん」と上目遣いで可愛く鳴くラオを見て一言。
「うちは猫を飼えないわよ」
「え、リアクションそれだけー?」
息子の期待を裏切るとは母親にあるまじき暴挙だ。俺はちょっと不満そうな顔でラオの頭をもしゃもしゃと撫で回した。
「もう、あんたのやる事に驚いていたら母親業なんて務まらないわよ。それにしても大きな猫ね。どうせ異世界で拾ってきたんでしょう」
「いや、本当の猫じゃあないんだけどな。魔物だから母さんが触っても大丈夫じゃない? こっちへ来る時は検疫の魔法もかけてあるんだしさ」
それを聞いたお袋は奴の方へ顔を向けたが、あいつめ、後ろ足で首筋をかき、前足で顔を洗っていやがる。
「やっぱり猫じゃないの」
うーん、そうなのかもしれない。猫科の生き物って、たとえ猛獣でも、どいつもこいつも仕草なんかは猫っぽいのだし。




