7-11 巫女の血
『ふう。なんとか撒いたな』
「ここは一体?」
『ああ、王族だけが使える避難用のシェルター通路だ』
「こんな路地裏に、そんな物まで用意してあるのですか……」
平民、いや一般国民である自分には想像もつかない、この世界の王族の厳しさに思いを馳せたが、その割にはこのお姫様と来た日には。
これも王族の御忍び用の設備だよね。このお姫様の事が、何かちょっと好きになってしまった川島だった。
『しかし、弱ったな。あの連中がうろうろしているから、すぐには出られないぞ』
「ご安心を。こういう時の通信手段があります。今頃準備してくれているはずだけれど」
そう言いながら、川島が取り出したものはスマホだった。今は圏外。じーっと見つめる川島。
『何だ、それは』
「通信の道具です。今、設備を展開してくれているはずなので待っています」
『ほーお』
珍しそうに覗き込むバネッサ。
「あ、来た来た」
アンテナが3本立ったのを確認して、嬉しそうに着信記録から肇に電話する川島。
「おーっす、肇ー」
「おい、どこにいるんだ。気配を追っていったら、行き止まりだったし。取り急ぎ携帯電話中継車を引っ張り出してきたとこさ」
これが今回持ち込んだ、目玉の新兵器だ。震災などで携帯会社が使用したりするものだ。
「こっちは全員無事よー。その行き止まりの中に隠し扉があったんだよ」
「うわ。忍者屋敷かよ!」
さすがに呆れたようだ。どう見ても下町の汚い小路なのに、何故そんなものがあるのか。
「迎えに行こうか?」
「うん。さっきの奴らがまだ血眼になって探してるわ」
「じゃあ、そこを動くなよ」
「了解ー」
スマホを仕舞い、一息吐く川島。
『なんだって?』
「ここで待ってろって」
『そうか。ところで、お前。名前は?』
『サ、サリアです。助けてくれてありがとう』
これが、彼らとサリアの出来事であった。偶然か、あるいは運命に引き寄せられたものなのか。
◆◇◆◇◆
「さってと、どうする肇」
うろうろしている、あの連中を見ながら山崎が聞いてきたが、俺は間髪を入れずに答えた。
「ぶちのめす。どの道大立ち回りはやらかしちまったんだ。これが済んだら撤収だ。一旦引くぞ」
「まあ、しょうがないな。じゃ青山、お前はバックアップを頼む」
「わかった」
愛用のライフルを片手に、手頃な場所を見繕って陣取る青山。殴りこみ担当は、なんでもありの俺と武闘派の山崎だ。援護が青山。
「おい、いい天気だな」
例の壁の前でうろうろしている見張りの連中に声をかけた。
『何だ、お前らは』
「こういうもんさ」
そういって、俺は跳びかかり、そいつをのした。もう1人もさっさと殴り倒す。携帯を取り出すと、川島を呼び出した。
「おい、いるのか?」
返事の代わりに、壁がグルっと回って3人が姿を現した。だが、俺を見るなり、その少女は言った。
『あなたは、選ばれし者?』
「どういう事だ? 説明してくれ。君は何故俺達の事を知っている」
俺達の宿で、バネッサを含めて全員が集まっていた。
『わかりません。一目見ただけで、そう思った、いやわかったのです。理屈ではなく、私の体に流れる血がそうさせるのです』
「君の?」
どういう事だ。
『私の家系は、代々神々に使える巫女の家系でした』
「神々という事は、特定の神に仕えるのではなく、関係なしに巫女の役割を果たすという事かい?」
少女は頷いた。
『正確には、巫女なのは私の母で、私自身はそういう教育は受けていません。でも母から話は聞いていたし、ただわかるのです』
なんという。そんな話は聞いた事がなかったぜ。
「バネッサ」
『いや、私もそんな話は聞いた事がないが。なにぶん、私も若い。王女などというものは、いずれ他国に出してしまうものだからな。そうたいした話を知らされるわけではないのだし』
「そうかあ」
どうしたもんかな。俺はチラと山崎を見たが、奴も思案顔だ。その沈黙を破ったのはバネッサだった。
『なあ、肇。その子はお前達の国へ連れていってやってはどうだ? その方が安全だ。この子は親が死んでしまって、今は1人だそうだし。しばらくほとぼりを冷ましたほうがいいだろう。その間に、あの連中の事を調べさせよう』
それも確かに一考だな。もし、この子が俺達と係わり合いがあるというなら、日本に移動は可能かもしれない。迷宮神使は、この子の有用性を認めるだろう。
「わかった。そうするか。山崎、予定通り撤収しよう」
「了解。じゃあ、みんな撤収準備だ」
「じゃあバネッサ、行方不明者の捜索は頼んだぜ」
『わかった。1か月ほど経ってから来い。それくらいが丁度いいだろう。ほとぼりも冷める』
「そうしよう。魔物達の世話を頼むよ」
『ふふう。それは頼まれなくてもな!』
一応、ラオに必要な物はもう渡してあるので心おきない。守山にラオを連れて帰るのはお預けだな。




