7-10 突然のチェイス
そうこうするに、充分な物品は集まった。換金も済ませたので、不足がちだった資金も潤沢になった。
バネッサには、礼として装飾品をいくつかプレゼントした。もちろん下心はたっぷりと詰め込んで。
『ふ。相変わらず甘い奴め。こんな物で、この私が落とせるとでも思ったか』
そう言いながらも、割合と満更でもなさそうにしている、チョロインのバネッサ様であった。そういやバネッサというのも、どうせ王族の偽名だろう。
『きゃあ』
ふっと振り向くと、女の子が男達に襲われている。まだ子供だろう、その少女は男達に腕を掴まれて怯えていた。
『この狼藉者どもが。我が町にて、このような真似を』
引きとめるまでもなく、バネッサ先生はエブルムから飛び降りるやいなや、男達に飛び掛っていった。
また喧嘩っ早い姫様もあったものだ。慌てて、俺もエブルムから降りる。すでに川島は彼女の後を追っている。だが、俺達の前に数人の男達が立ち塞がった。
「何っ!?」
なんとなく嫌な予感がする。何か、あの邪神派に与していた悪党達と同じ臭いがする。
青山と山崎もエブルムから滑り降りた。鳥どもも唸っている。彼らも先祖の代からの天敵の臭いを嗅ぎつけたのだろうか。
「青山、城戸さんを連れて宿へ。撤収の可能性が出て来た。残りの連中にも、撤収準備させておいてくれ」
「わ、わかった。行きましょう、城戸さん」
「え、ええ」
いきなり、こんな事態となったが、城戸さんはすっと行動してくれて助かるぜ。馬とか乗りなれている人だから、鳥に乗っても機動力が高い。
動物に乗る事に関しては、俺達の中では一番適応力があるだろう。ここで、うだうだ言う奴が一番敵わない。人質を取られたら困る。
「肇、どうする?」
どうする? とは火器の使用についてだろう。さすがにここではな。
「俺がやる。助太刀はお前の判断で」
「了解した」
こいつは素手で戦うのが一番剣呑な奴だ。もちろん攻撃ヘリの使用は、当然含めないが。銃を見せるのは最後の手段だ。
俺は問答無用でファストをかけて、そいつらを殴り倒していった。相手は剣やナイフを抜くまでもなく、倒れていった。
「あっけないな」
構えていたのに拍子抜けした山崎が、あたりを見回しながら呟いた。
「ああ、なんだかよくわからん相手だな。これで俺達もここの連中にマークされちまったかもな。まったく、あのお姫様と来た日には」
そういえば、初めて会った時もこうなんだった。
「さあ追いかけるぞ」
俺はアーラの背に乗ると、川島のピーちゃんを一緒に連れて、ファクラの力で彼らの後を追い始めた。
◆◇◆◇◆
『さあ走れ。奴らが来るぞ』
『ひゃあー』
「うわあ。なんでこうなるのですかあ?」
少女と川島三等陸曹は、半分悲鳴を上げながら走っていた。
『いや、何か知らないが多勢に無勢だ。あんなに仲間がいたとは。ただの人攫いではなさそうだな』
「いや、いや姫様。そんな暢気な事を言ってないで。ねえ、あなた大丈夫?」
『は、はひ、だ、大丈夫です』
あまり大丈夫でなさそうな雰囲気で少女が答える。お姫様は余裕そうだ。少女の足に合わせているとみえる。
「ちっ、こうなったらあまり体力を消耗する前に片付けるか。格闘するには数が多過ぎる」
追っ手は数十人ほどいた。一体、なんなのよ。川島は銃を使う覚悟を決めた。この際だから、仕方が無い。
『待て、待て。更に新手が来ぬとも限らぬ。こやつら尋常ではないぞ。この街で、こんな連中が人狩りしているなど私は聞いていない』
川島は首を竦めて吐き出すように言った。
「こいつら、多分例の邪神派の仲間じゃないですか? 敵に魔法使いがいるとやっかいです。雑魚ばかりなら、私が対応できますが。そのうちに鈴木達が追いついてきますよ。一緒に来ていたのは、うちのメンバーの中でも飛び切りの精鋭ですから」
『そうか。奴も精鋭とやらなのか!』
「あははは」
だが、少女の足に合わせてあるのだ。男たちも追いついてきた。
『いたぞ、あそこだ』
『追え!』
追っ手の声も段々と近づいてくる。
『む、もう追いついてきたようだな』
「ところで、どこに向かっているのですか?」
『ちょっと、そこの袋小路の行き止まりだ』
「ええっ、それアカン奴じゃないですか!」
『大丈夫だ、私を信じろ。子供の頃から、この街は私の遊び場だったのだから』
『馬鹿共め。そこは行き止まりだ』
『追い詰めろ、袋の鼠だぞ』
角の向こうから、そんな声も漏れ聞こえてきた。
「あんな事を言ってますよ~」
『ふ、戯言よ』
(仕方ない。やるしかないかな)
そう川島が決断した時、行き止まりの壁が聳えていた。銃を取り出し、奴らの出鼻を挫こうとした、まさにその時。
『何をしている、こっちだ』
バネッサに腕を掴まれて、その中に引き摺りこまれた。
『おい、奴らはどこへ行った』
『なんだ、いないぞ』
『畜生、どこへ行きやがった!』
『あの娘を連れていかないと、ドヤされちまう』
だが、そこには無情に石の壁が無言で立ち並ぶだけであった。




