7-8 姫騎士
翌朝、俺達はギルドに向かった。そこにはバネッサが待っていた。
『酷いぞ、肇。ラオを連れていってしまうなんて』
いや、あいつの飼い主は俺なんだがね。まあ預かってもらってる手前、そういう事は言わないけど。バネッサの中では、「この子はもう私の家の子」なのかもしれない。
「まあ、そう言うなよ。ラオが新しいお友達と遊びたくてついてきたんだから。少しいたら国に帰る予定だ。また預かってくれよ」
『本当か?』
一転、嬉しそうな顔でご機嫌を取戻したバネッサ。本当にこいつパイラオンが好きなんだな。
きっと子供の頃に毎晩もふもふしてやがったんじゃないかな。いいとこの御嬢っぽいし。ボディガードも兼ねたペットだったんだろう。今はボディガードはいらなそうだ。
「ついでにエブルムとかも預かってくれないか?」
『ああ、いいぞ。あいつらも賢くて、しかも戦えるしな。それに腕のいいベテラン探索者や貴族の子弟などは喜んで乗りたがる』
何気に動物(魔物)好きだな、こいつ。
「それよりバネッサ。ちょっと話を通してもらいたいんだが。俺達は実は人探しに来ているんだ。行方不明の国民を探しにね。家族から捜索願いが出ている。俺達は国の役人みたいなもんでさ」
俺だけ違うけどね。他は全員、正式な国家公務員だ。
『ほお、そうなのか』
彼女の少し驚いた風な表情は、主に俺に向いていた。ラオ! 何故お前まで同じような顔をして見る?
「あ、いや。俺は違うんだ。俺は元役人だ。そいつらは古巣の仲間でな。そっちの姐御は、国の偉いさんだ」
おい。そうだろう、そうだろうと言うような顔はやめろ。そして、ラオ。お前も何故そんな安心したような顔をする。こいつも、もうバネッサに飼い慣らされつつあるな。
「お前らも爆笑しているんじゃねえ!」
川島達に文句だけはつけておく。
『あはは。それで、どうしろというんだ?』
「そういう感じでここのギルドで頼んでみたいんだが、あまり大っぴらにできない事情もあってな。お前、ここで顔が利きそうだし。あと、人探しをしてくれる情報屋、信頼できる所をどこか知らないか?」
バネッサは考え込むようだったが、徐に口を開いた。
『そうだな。肇だから協力してやってもいいけれど、その時は事情を話してもらうぞ』
「ああ、だが他言は無用にしてくれ。信じてもらえるかはわからないしな」
『ほお?』
少し興味深げな表情を見せるバネッサ。まあ、こいつになら言っても大丈夫だろう。
「とりあえず、ギルマスに話を通してほしいんだ」
『まあ、ギルマスもお前と知らない仲じゃない。いいだろう』
おう。そのためにギルマスにも色々と貢いできたんだし。
「というわけで話はついた。とりあえず捜索の依頼をしてみよう」
俺達は、勝手知ったる態度ですいすいとギルドの内部に入っていってしまうバネッサの後を、いいのかなと思いつつも付いていった。
『おやバネッサ様、今日はいかような用件で』
執務室の机から立ち上がった初老のギルドマスターは些か恭しいといえなくもない態度で話しかけてきた。
『ああ、そう改まらないでくれアドラン。実は、こっちの肇がギルマスに折り入って話があるとかでな』
『ほう。それは、それは』
彼は俺を値踏みするかの如く眺め回し、そしてニヤっと笑い、俺達にソファに座るように促した。
『話とやらを聞かせてもらおう』
「実は、この国で俺達の国の人間が行方不明になった。俺達は国から頼まれて探しにやってきたという訳だ」
『その者達は、何か立場のある者とか貴族とかなのか?』
「いや、普通の人、一般人だが。それが何か」
何故そんな事を聞くのだろう。俺は若干の違和感をおぼえながらも、彼の返事を待った。
『なるほど、黒髪黒目の人が住む国では、そうなのか。で、それはどこにある、なんという国だ』
あ、知っているのか。マルシェ王国やエルスカイム王国で起きた出来事を。俺達が選ばれし者であると思っているのか。
「日本。遠い遠い、あまりにも遠い国からやってきた。俺達の事を知っているのか?」
『噂くらいはな。姫様、本来ならばこの話、お父上に聞かせておくべきかと思いまするが、私は時期尚早であるかと』
な、なにー。姫様だと!?
「これ」がか? 一体どんな国だ。ジェイクのヤツもいたが、あれはあれで、それなりの理由はある。
王たる者は時には軍を率いて戦わねばならんのだからな。今までこの世界でも、そんな姫はいなかったじゃないか。姫騎士、姫騎士なのか?
「バネッサちゃん。姫騎士なの!?」
俺よりも早く、わくわく顔の川島が尋ねた。
『いや、特に別に。って、なんだ。お前ら全員揃って、何故そんながっかりした顔をする! ラオ、お前まで何故』
やっぱりラオはうちの子だったよ。飼い主と気持ちは一つだね。
「そんなもの、この状況で普通は期待するだろう!」
『いや、単に探索者なだけだが。パイラオンとか探しに行くのに都合がいいだろ』
なんて奴だ。どこまでパイラオンが好きなんだよ。それは朝から待っているはずだわ。
「お前が可愛いのは認めるが、お姫様でそれだけ荒っぽいんだから。ちゃんと姫騎士をやれよ」
『それは、どういう理屈だ。爺、こいつらは一体なんだ』
『彼らは、選ばれし者と世間では呼ばれております。世間といっても、邪神派やそれに対抗する王達の間ですが。今のところ、彼らに味方する者は、クヌード・ダンジョンを擁するマルシェ王国。それにアレイラを擁するエルスカイム。彼の国のギルドからの親書が届いておる』
なるほどギルマス達が手を打ってくれていたのか。しかし、大っぴらにはできないと?
それと、爺だと? この爺さん、このじゃじゃ馬のお守り役か。何かの事情があって、ここに預けられていたようだな。
『選ばれし者? あの伝説の彼方の。この肇が?』
酷いな、それはお互い様だろうが。
「お前こそ、姫だと?」
『ふん。私は姫といっても第7王女。もっとも、第6王女まではとっくに嫁にいった。第8王女から第16王女までもな。この国の姫など、国のための道具でしかない』
一体何人、姫がいるんだよ。そして、お前の場合は貰い手がないのだな?
「それよりもギルマス。この国では、我々は存在がバレるとまずいのですか?」
『そうさの。この国は、閉鎖的な考え方だ。大昔の伝説などと取り合ってはくれぬ。国が邪神派についているわけではないが、奴らの仲間も入り込んでいるだろう。それに対して国が行動を起こすという事はまずあるまい。むしろ、伝説の勇者の名を騙る胡乱な奴らとして排撃されよう』
「もう。そのうちに二つの世界が滅んでしまいますよ……」
うっわあ。俺達御一行は全員もれなくガクっと頭を落とした。それを面白そうに眺めていたバネッサが口を開く。
『おい、面白そうな話じゃないか。もっと聞かせろ』
この国の関係者で、まともに話を聞いてくれそうなのは、こいつだけか。仕方が無いので、俺は話の続きを始める事にした。




