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5-15 牢屋エレジー

 俺達が案内されたのは、王宮の中でもはずれの、何かうらぶれた感じの場所だった。単にそれは王宮の中でという但し書き付きの話だが。


 充分王宮の一部である事は主張されるだけのものではあったのだが、所詮は牢屋であった。


 俺は、ほら、あの老人とかが乗る4輪の電動車に乗って、みんなと一緒に向かっていた。

「あんたね、仮にも陸上自衛隊でレンジャー徽章付けるところまでいった男が~。恥を知れ」


「いや、これ案外快適だよ。一旦、乗り出すとなかなか降りられなくなっちゃいそうな魔力があるんだ。うん、魔力のせいだな。あ、コタツと何か似ている!」


 だが川島は無情にも、青山に向かって、くいっと顎で指し示した。レンジャー訓練の相棒によって、俺は一般社会に無事復帰した。


「頼むから世話を焼かすなよ、マイバディ」

「はっはっは。いや、傷病軍人さんの中には、こいつの御世話になっている人だっているかもしれないぜ。大概は即車椅子だけどな」


 さすがに全員、苦笑いする。情勢次第では冗談事ではすまない。ダンジョン魔物との交戦や、ダンジョン広域化において大怪我を負った自衛官はいなかったが、この先はどうなるかわからない。


 そういう意味において、俺達がその最前線だ。いつ、そんな目に合うかわからないのだ。俺も冗談で、練馬にドラゴンをぶちまけてきたわけじゃない。


 しかし、気を抜き過ぎているかな。まあ、王様とご歓談も大事な仕事なんだけれど。

「頼むから、真面目にやってくれよな」

「へえへえ」


 そんな俺達のやりとりが面白いのか、案内の兵士達はにこにこしながら先を歩いている。

『ここです、どうぞ』


 すると、何か泣き声のようなものが聞こえてきた。そして……

「出してくれえ~。お願いだー……」

「助けてくれー、こんなところはもう嫌だ~」

 紛うことなき日本語の響きを耳にした。


 すると、案内の兵士が、

『ずっと、あんな調子でして。言葉もわからなくて、閉口しておりました。死罪にするような罪でもありませんしねえ』


 この人は念話使えないのか。俺はすすり泣く声に半分気を取られながら、兵士に訊いてみた。

「あいつら、何をやったのです?」


『それは、えーと。無銭飲食に住居不法侵入など、であります』

 あー、食うに困ったか。言葉も通じなくて、金も無いんじゃな。


「あ、あのお、あなた方は? にっぽんじん、ですよね?」

 なんだ、せっかく救出に来た同胞に対して、その頼りない訊き方は。


「俺達は自衛隊異世界スクワッド、俺がリーダーのレ……もごもご、何をする」

 後ろから青山に取り押さえられた。最近俺に冷たくないか、マイバディ!


 そして、いつの間にか自衛隊服に着替えてきた山崎と合田が、敬礼して言った。

「我々は陸上自衛隊です。政府の命令により、異世界漂流中の日本人の方を保護する任務についております。ご安心ください。あなた方はすぐに釈放されますし、日本に帰れますよ」 

 

 それを聞いて、おっさん2人は崩れ落ちて泣き出した。見ているほうが呆然としてしまいそうな号泣だった。俺は恐る恐る聞いてみた。


「あの、これ食べる?」

 俺が差し出したものは、コンビニおにぎりとペットボトルの日本茶だった。


 おっさん達は、ごくりと唾を飲み込んで、俺にまで食いつきそうな目をしていた。

「待った、これで手を拭いてからね」


 俺はスナックとか喫茶店とかで出てくる熱々のおしぼりを出した。おっさん達は顔や手を拭いてから、脇の下まで拭き始めた。川島が若干顔を引き攣らせていたが、他の連中は微笑ましく見守った。


 泣きながら、夢中で梅干しのおにぎりに被りつくおっさん達を横目に見つつ、山崎と川島が彼らの釈放手続きを取っていた。


 俺はシャワーを牢屋内に設置して、色々サービスに努めた。

「悪いが、お風呂は日本まで我慢してくれ。帰るのは明日にする。ちゃんと連れて帰ってやるし、暖かい布団で眠れる。家族にも会えるから」


 おっさん達はシャワーを浴びながら、言葉が止まらないようだった。

「もう駄目かと思った」

「殺されるかと思った」

「本当に来てくれたのか」

「自衛隊だ。日の丸だ」


「ああ、お湯なんて何ヶ月ぶりだろう。将樹の奴はどうしているだろうか」

 おっさん! 今なんて言ったあ。


「おい、将樹さんを知っているのか」

「あ、ああ、あいつを知っているのかい?」


「というか、本来俺はここにあいつを探しに来たんだよ。俺の元上司があいつの叔父と同期だったらしくて」

 ふと、奇妙な沈黙が落ちた。


「そうか。あいつは、6か月前にふらっと、うちの会社に来てな。口数の少ない気弱そうな奴だったが、悪い奴じゃなくて。どっちかっていうと、可愛がられていたな。生意気な若い奴じゃなくて、生真面目で実直そうな感じが、おっさんばっかりの会社ではうけていたよ」


 そう言って俯き、沈黙した。もう1人のおっさんが、言葉を継いだ。


「そんな、ある日の事だ。4トントラックで、ダンジョンに納品しにいったんだが、小便がしたいと将樹が言ったんでトラックを止めたんだ。だが、あいつらが、魔物が現れた。トラック並みのサイズで、いっぱいいたんだ。


 そして、あいつは、将樹は引き摺りあげようとした俺達に向かって笑ったんだ。恐怖に震えるその表情で、怖くて涙を流しながら。『行けー!』と怒鳴りつけながら、ドアを閉めて。

 あいつが抑えてくれていなかったら、俺達は逃げられなかっただろう。


 あいつがどうなったか俺達は知らない。悲鳴も聞いていない。だが、あの状況を見れば。

 だが、すまん。何もわからないのが現状だ。社長になんて言ったもんだか。

 なんか訳ありで、あいつの親父に頼まれて、引き受けたらしいんだが。今となっては、どうにもこうにもなあ」


 振り向いたら、みんなが凄い顔をして、こっち見ていた。えー、なんていうか、そのお。

 気が重い、っていう表現はこういう時に使うものだよな、そんな空気が充満していた。


 そして、おっさん達は宛がわれた部屋で轟沈していた。

 俺達は、夕方に軽く一杯やりながら、相談していた、第1師団師団長には、どう報告したものやら。


「ねー、鈴木。このあとは、どうするのー」

 なんか投げやりな川島の問いかけに、同じく投げやりな俺が答える。


「決まっているじゃん。あのおっさん達を送り届けたら、捜索活動だよ、こっちのダンジョンで心ゆくまで。いや、向こうでになるのかな。どう思う山崎隊長」


 奴の頭の中では、明さん捜索&遺族への報告のコンボが再生されていることだろう。苦い顔をしたまま、応えは無く、思案に耽った。


「だよねー」

 川島も半分死んでいた。キッツイなー。おい、ちょっとは突っ込めよ。誰か、この重い空気なんとかしてくれ。


 はあ~。俺も溜め息しか出てこない。今宵、幸せなのは、あの釈放されたおっさん達だけだな。


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