諸刃の剣
「やけに機嫌がいいな」
親友であり、忠実な部下でもあるマックスの言葉に
レイフが眉をあげる。
「そうか?」
さして普段と変わったことをした覚えはなかったが
長年苦楽を共にしてきた相手の目は誤魔化せないということか。
コーヒーを運んで来てくれた秘書の髪の色がふと目に留まる。
その視線の先を追ったマックスが、ますます分からないと言いた気に首を振り
彼女が部屋を出て行くのを待ちかねたように口を開く。
「おいおい、いつから赤毛が好みになったんだ?」
「ああ・・・妻と同じだなと思っただけだ」
「ははっ、ブラックジョークだな」
大笑いしたマックスだったが、レイフの表情を見て
ジョークではないことを悟ったらしい。
「・・・・・本当なんだな?」
「ああ」
「この野郎!親友にも報告できないほど急いで結婚したってわけか?
誰なんだよ、その幸運なレディは」
書類から目を上げることもなく
まるで日常の取るに足らない出来事を報告するかのように
レイフが呟いた。
「クリスティーナだ」
「クリスティーナ?まさかとは思うが、スペンサー伯爵令嬢のことじゃないよな?」
それは、質問というよりレイフが否定することを願っている
嘆願のようだった。
無理もない。クリスティーナの父を破滅させること。
それだけを目標に、レイフが生きてきたことを
一番よく知っているのがこのマックスなのだから。
「その、まさかだ」
「レイフ!お前、自分が何をしているのか、分かってるのか!?」
紺碧の瞳が、凍てついた冬の海のような冷たさをたたえてマックスを見据える。
「分かってるさ。これ以上ないほどにな」
そう。スペンサー伯爵を文字通り破滅に追いやっただけでは
復讐は完了しない。
伯爵の掌中の玉である一人娘。
彼女を手に入れ、伯爵に最大の屈辱を味あわせること。
そのためだったら、レイフは悪魔に魂を売り渡すことさえ厭わなかっただろう。
それが、諸刃の剣であることに
この時はまだ、レイフ自身気づいてはいなかった。




