婚礼
「汝はこの男を夫とし、病める時も健やかなる時も終生愛することを誓うか?」
神父様の声が、遠くに聞こえる。
私が、いえ、お父様もおじい様も洗礼を施された教会。
そしてスペンサー伯爵家に名を連ねる者たちが
婚礼の儀式を執り行い、葬儀が行われてきたこの教会で
私はたった今、嫁ごうとしている。1週間前まで、顔も知らなかった相手のもとへ。
伯爵家の一人娘として生を受けた以上
いつかこういう日が来ることは分かっていたつもりだった。
だがまさか、自分を愛しているどころか、好きでもなく
いや、むしろ憎んでいるらしい相手の元へ嫁ぐことになるなんて。
お父様がお元気だったら
きっと反対されたに違いない。
そのお父様は今、病院のベットに横たわっていらっしゃる。
意識がないのが幸いというものだろう。
娘が、愛のない結婚をしようとしているなんて知ったら
お父様のことだ、お医者様の制止など振りほどいてでも
ここへ来ようとしただろうから。
伯爵家の婚礼だというのに、参列者は新婦側の最前列に座るばあやだけ。
「私には、祝ってもらいたい家族も友人もいないのでね」
式に呼ぶ人数について尋ねたとき
新郎となる男が冷たくそう言い放った。
だったら、新婦側も誰も呼ぶまい、私はそう決心した。
どうせ、形だけの結婚なのだもの。
嘘の誓いの証人は、少ない方がいい。
晴れの日だというのに、屋敷は朝から重苦しい雰囲気に包まれていた。
亡き伯爵夫人が身に纏ったという、繊細でありながら豪奢なドレスに身を包んだクリスティーナは
プリンセスと見紛うほどの美しさだった。
「麗しの我が妻のご機嫌は如何かな?」
軽いノックの後、返事も待たずにドアが開かれ
正装した男が部屋へと入ってきた。
「婚礼の前に新郎が新婦にお会いになるなんて!」
慌てて止めようとしたばあやを軽く押しやると
男がクリスティーナの顎を捕らえ、自分の方を向かせた。
「ほう・・・・これは、これは」
クリスティーナの顔に、そしてウェディングドレスを纏った全身に目を走らせながら
男が感心したように呟いた。
「美しいとは思っていたが、これほどとは。
私は、思わぬ拾い物をしたようだ」
拾い物・・・私がどんな女でも結婚するつもりだったけど
外見も貴方のお眼鏡に適った・・・そう言いたいのね。
苦々しい思いで男から目を逸らすと
顎に添えられていた指に力が加えられ
強引に目を合わせられる。
初めて会った日、思わず惹き付けられたあの紺碧の瞳が
私の瞳を覗き込んだ。
「私から目を逸らすんじゃない、クリスティーナ」
「それは、命令なの?」
「ああ・・・・そう取ってくれて構わない」
優しさの欠片もない声。
数時間後、私はこの男の妻になるんだ。
脇腹をそっと肘で押されて
私は、神父様が私の答えを待っていることに気が付いた。
「No 」
そう言える物なら、どんなにいいか。
でもそれが出来ないことを、私も、そして横に立つ男も知っていた。
「・・・・・・・誓います」
ああ、神よ。
貴方の前で嘘の誓いをする私をお許しください。
ギュッと目を瞑った私に、夫となった男の唇が重ねられた。
ほんの一瞬だったのに
生涯、この男のものだという刻印を押されたような気がした。




