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沈黙

「クリスティーナはまだ戻らないのか?」


マックスの言葉は聞こえていたのだろうが

レイフはそれを無視したまま、手にした書類から顔を上げようとはしなかった。



今のレイフに何を言っても無駄だということは

親友であるマックスには分かりきっていたのだが

それでも言わずにはいられないほど、彼の様子は日増しに酷くなっていた。



「あれから、ろくに食事も取らなければ、眠ってもいないんだろう?」



「大したことじゃないさ」



この話は終わりだと言わんばかりに立ち上がると、レイフは窓辺に向かった。

親友の後姿を見ながら、マックスは思案に暮れていた。






復讐のため憎み抜いてきた男の娘と結婚したと聞いたときは

なんてバカなことをしたんだと、親友に詰め寄りさえもした。

だが、復讐でしかないと言いながら、幸せそうなレイフの様子に

最初の目的はどうであれ、この結婚は正しかったんだと

マックスは喜び、心から祝福する気持ちになっていた。



あの日・・・受付から社長室へと案内する短い時間だったが

実際に目にして話をしてみて、彼女こそ親友の心の氷を溶かすことのできる

唯一の女性だということに気づいてからは、それは確信へと変わっていた。



それなのに、あんな取るに足らない誤解のせいで

二人がこのまま分かれてしまうようなことにでもなったら・・・。




「彼女の居場所は分かってるんだろう?」



「ああ・・・彼女が本来いるべき場所にいる」



苦々しい、それでいてどこか諦めを含んだような声に

マックスが眉を顰めた。




「本来いるべき場所?」



「ああ。成り上がりの夫などでは太刀打ちすることすらできない

 大貴族様のお屋敷だ」





父親の死後、親戚を頼って海外に渡ったレイフは

病気がちの母親を抱えながら、奨学金を得て通っていた大学の在学中に

今の会社の基盤となる事業を立ち上げ、その後順調に富を築いていた。




成功し、裕福な青年実業家である彼に足りないものがあるとしたら

それは爵位と家柄だった。

レイフもマックスも、そんなものに重きを置いたことはないし

気にしたこともなかったが、貴族社会において、それは十分過ぎるほどの壁となって

レイフの前に立ちはだかっていた。





自分と同じ世界に生を受け、共に育ってきた相手の元に戻った今

妻は、そここそが自分の生きる場所だと悟ったのではないか

その思いが、レイフを絶えず苛んでいた。

そしてそれを彼女から告げられるのが怖くて

彼女を取り戻しに行くことができずにいた。




彼の沈黙を、逆の意味に取ったクリスティーナが

どれほど傷ついているか、レイフには知る由もなかった。


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