プロポーズ
あの日――レイフがクリスティーナの父を尋ねて来た日
出かけようとしていた彼女は、玄関で客に対応していた
執事のアルバートの後姿に声を掛けた。
「お客様なの?」
「これは、お嬢様。はい、アンダーソン様がご主人様にお会いになりたいと仰って」
『アンダーソン』その名前を聞いた途端、クリスティーナは
パッと笑顔になった。
温室で初めて会った日から、彼とは3度ほど顔を合わせていたのだ。
友人のパーティで「偶然」出逢った時など、二人はダンスを踊り
その後も互いのことしか目に入らない様子で何時間も話し込んでいるところを
その場にいた人たちに目撃されていた。
「レイフ!いらっしゃい。今日貴方にお会いできるなんて思わなかったわ」
レイフも優しい笑顔を彼女に向けて言った。
「私は、君に会えたらいいなと思って来たんだが」
レイフの視線に、頬が熱くなるのを感じていたが
それを悟られるのは癪だったクリスティーナはつんと澄ましてみせた。
「あら、お父様に会うためにいらしたんでしょう?」
分かっているよと言わんばかりに微笑んだレイフが
ふと真顔になって彼女を見つめた。
「訂正しよう。私は確かに君の父上に会いに来た。だが・・・」
蒼い瞳。
どうして私はこの瞳に見つめられると
彼以外の何も考えられなくなってしまうんだろう。
実際、執事のアンダーソンがそっとその場を離れたことにも
クリスティーナは全く気づいていなかった。
「だが・・・なんなの?」
彼の答えを聞くのが怖いような
それでいて、どうしても聞かなければならない気がしながら
クリスティーナはそっと呟いた。
「分かってるんだろう?」
彼女の顎に指をかけ、上向きにさせると
レイフがゆっくりと彼女の顔に自分の顔を近づけていった。
唇が触れ合おうかという、ギリギリのところで彼が囁く。
「いくらそうしたいと願っていたとしても
今は、時も場所も相応しくない。そうじゃないかな?」
なんてこと。
こんな、いつ使用人が通るか分からないエントランスで
まだ知り合って間もない男に、キスされそうになって
しかもそれを止めたのが自分ではなく相手だなんて。
真っ赤になったクリスティーナは、パッと踵を返すと
レイフを振り向きもせずに口早に告げた。
後ろで、彼が笑みを噛み殺しているとも知らずに。
「お父様のところへ、ご案内しますわ。ミスター・アンダーソン」
「お父様、レイ・・・いえ、アンダーソンさんがお見えになってよ。」
「おお、レイフ。よくいらっしゃった。
さぁ、入りたまえ」
クリスティーナに向かっても、レイフのことを褒めちぎっていた父は
にこやかに彼を迎え入れた。
「じゃあ、私はこれで失礼しますね」
先ほどの動揺が収まらない彼女は、急いで父親の部屋から
出て行こうとしたのだが、レイフの一言に足を止めた。
「いや・・・今日は君にも聞いてもらいたいことがあるんだ」
私に?
レイフは、お父様とお仕事の話をしたいのではなかったのかしら?
訝しげに父親を見ると、彼も不思議そうな、しかし笑顔を絶やさずに
娘に同席を勧めた。
「お前もそこに座りなさい、クリスティーナ
レイフの話を聞こうじゃないか」
お父様はあの時、レイフが私にプロポーズでもすると
思ってらっしゃったのではないかしら。
プロポーズ。
その言葉は、クリスティーナの胸に深く突き刺さった。
そう・・・・プロポーズには違いなかったわね。
そこに、愛情などというものは欠片もないということに
あの日彼は気づかせてくれた。それだけのこと。




