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紺碧の瞳

「お嬢様!どちらにいらっしゃるんですか?」


・・・ばあやったら。

もう私が部屋にいないことに気が付いたのね。

ちょっとくらい息抜きさせてくれたっていいじゃない。



「お母様はそんなことなさいませんでしたよ」

ばあやの口癖が聞こえてきそうだ。

私は、上手く屋敷を抜け出せますようにと祈りながら、廊下を急いでいたが

等身大はあろうかという美しい貴婦人の肖像画の前でちょっとだけ立ち止まる。


肖像画の中のお母様は、確かに非の打ち所のないレディに見える。

でも、私が生まれたのと同時に亡くなってしまわれたんだもの

どんな方だったのかなんて、分かるわけがない。


お父様も「お前は見た目はアイリーンそっくりなんだがな」

と、私を見ながら溜息をつくことが多い。

でも、私は知っている。そう言いながらお父様の目がいつも笑っていることを。

そう、私の性格はお父様にそっくりだった。



「ご主人様はお嬢様を甘やかしすぎなんです」


私がなにか問題を起こすたびに、お父様に文句を言うばあやだけど

そのばあやだって、私の頼みを断れた例がない。

口煩いばあやが、本当は誰よりも優しいことに屋敷の誰もが気づいていた。



私は幸せだった。

お母様はいなくても、私を愛し、守ってくれる人たちに囲まれて。

この幸せは、生涯続くもの。そう信じて疑わなかった。







屋敷を抜け出したと言っても、広大な敷地を抜けて

本当の外の世界に出ることは、深窓の令嬢であるクリスティーナにとっては

夢の中ような話だった。


だからせいぜい広い庭園を散策するとか、裏庭にある温室に行って

あれこれ想像を巡らせるくらいが関の山で。

今日も、お気に入りの薔薇を見たら戻ってくるつもりだった。

数日前に蕾をつけた薔薇の綻ぶところを、見逃したくなかったから。





温室に入ってすぐ、彼女は自分が一人ではないことに気が付いた。


「そこにいるのは誰?」



長身の男が、ゆっくりと振り返った。

いつも庭や温室の手入れをしてくれている庭師とは似ても似つかない

裕福さが見て取れる服装をした男が、ニッコリと微笑んだ。



でも・・・目が微笑んでいない。

氷のように冷たい視線に、彼女は背筋に冷たいものが走るのを感じた。


服装よりも印象的だったのが、その容貌だった。

黄金色の髪、紺碧という言葉が相応しい、見るものが引き込まれてしまいそうな

美しい瞳に整った顔立ち。

年のころはクリスティーナより10ほどは上だろうか。

誰だろう?こんな美しい人なら、1度会えば忘れっこないし

貴族社会は存外狭いものだ。こんな印象的な人の存在を知らないハズがない。

クリスティーナは彼の出現を訝しく思っていた。



「やぁ・・・君は、この家のお嬢様かな?」


さっきの氷のような視線は幻覚だったんだろうかと思うほど

優しさをたたえた瞳で、彼が微笑みながら私に聞いた。


「人に物を尋ねるときは、まず自分が名乗るものだと教わらなかったの?」


生意気な物言いにも気分を害した風もなく

それどころか、面白そうに笑ってから、彼が慇懃無礼にお辞儀をして見せた。



「これは、失礼をいたしました。

 私は・・・・・」



「お嬢様!どちらにいらっしゃったんですか?」



ばあやの声がそう遠くない距離から聞こえてきた。

彼女が温室にいると目星をつけて、追いかけてきたんだろう。



「続きは、邪魔が入らない時に」


「待って!」


せめて名前くらいは聞いておきたかったクリスティーナが呼び止めると

温室のドアを出て行こうとしていた彼が戻って来た。

そして彼女の手を取って口付けると、その紺碧の瞳が彼女の瞳を捉えた。




「また会おう、クリスティーナ」




彼が温室を出て行ってしまった後も

ばあやが息せき切って到着して彼女の名前を呼ぶまで

クリスティーナは呆然とその場に立ち尽くしていた。




私の名前を知っていた・・・あの人は、いったい誰なの?

その答えは、意外な形で彼女にもたらされることになるのだが

この時の彼女に、それを知る由はなかった。

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