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11.あ~、まぁ今回は笑った俺が悪かった。






「おひゃほ(はよ)う。……ふへっ!?」

「ぷっ」


 まだ寝ぼけ眼のレンの言葉と、何時もとおかしい事に気がついて驚く姿に、悪いとは分かってはいても、思わず吹き出す。

 今のレンの状態で上手く発音出来る訳が無いのだが、それでも抑えきれずに反応をしてしまった。

 俺は笑いを押し殺しながら、せめてお詫びに手鏡をレンに手渡す。


ひゃ()にこれっ!」


 口をあんぐりと開けて、前歯三本が欠け折れてしまっている姿は、まぁ誰であろうともおマヌケに見えてしまう訳で。

 すまん、腹を抱えて笑って良いか?

 冗談だ、本気で怒るな。


「昨夜の事は覚えているか?」

ほふぉ(おぼ)えている。……あれ?」


 空気が抜けたような言葉で話すレンの様子から、どうやら覚えているのは精霊を相手に口喧嘩をしていた所までで、その後の事は覚えていないようだ。

 肝心の精霊との契約の事も。

 つまり歯が欠け折れたのが、俺が魔力回復薬を飲ませるために、無理やりレンの口に瓶ごと捻じ込んだのが原因だと言う事も覚えてないと言う事だ。


「レン、昨日は精霊と契約を無事に成功させれたんだ。

 まずは、おめでとうと言っておく」

「えっ? はのしょうわる(あの性悪)へいれいふぉ(せいれいと)?」

「言いたい事は想像がつくが、歯の治療が先だな」


 本当はレンが寝ている内に証拠の隠滅、じゃなくて治療をしておきたかったのだが、初めての精霊との契約の影響か、それともポーションの連続投与の副作用なのか、レンの魔力が少し安定していない状態だったため、一晩様子を見る事にした。

 今の様子を見る限り、魔力の流れは落ち着いているようだから、今なら治癒魔法を掛けても、変な影響は受けないだろうと判断。

 ちなみに歯を再生するための魔法は意外に高レベルで、【全知無能】でLVの底上げをして行わないといけないのだが。


(無なるものよ、その虚ろを埋め、更なる力を)

(聖なる光よ、かの者に過去の栄光を思い出させたまえ)


 ……ぐぅ! いっ…!

 流石にLV9はまだ(・・)キツイな。

 指や食いちぎられた肉を再生させるのは、この半分のLV3やLV4の【聖魔法】が使えればなんとかなるし、腕や足が千切れた場合もLV5か6が使えれば繋げる事が出来る。

 だが、完全に失ってしまった手足や、何故か欠け折れた歯を一から再生したり、虫歯を治療するのはレベル7以上の【聖魔法】を必要とする。

 再生と言うよりも、創造に近いからだろうな。

 痛みや苦痛を伴わない様にしようと思えば、更なる高レベルが求められる。


「終わったぞ」

「ん、師匠、ありがとう」

「構わん、レンの歯が欠けた原因は俺にあるからな」

「はぁっ? どう言う事っ!?」

「後で纏めて話すが、其れよりも腹が減ったなぁ。

 朝からレンの治療に魔法なんて使ったから疲れた。

 俺は此処で休んでいるから、朝食は任せたぞ。

 あ〜〜、疲れた疲れた」

「師匠ーーーーーっ!」


 レンがなんか喚いているが、聞こえない振りをして、ハンモックに寝転がりながら読書。

 喉が渇いたのもあって、痛み止めの混ぜた酒を一杯飲んでいたら、朝から酒なんてと御小言を喰らうが、それも無視。

 その代わり今日も此処で一日休養だと伝えておく。

 休みなら、朝から酒ぐらい飲んでも良いだろうってな。


「オッサンくさい」

「うるせえ」


 材料は好きに使って良いと言ったら、朝からどうやら卵を使わないパンケーキを作るみたいだが、まぁ勝手にしてくれ。

 それで機嫌が良くなるなら、安いものだ。

 高価な魔蜂の蜂蜜も、俺が採取したものだから、元手は無料(ただ)だ。

 最初からレン用に採った物で、売る予定もないから懐は痛まん。


 其れよりも、【全知無能】による高レベルスキルの反動で、全身が酷い筋肉痛に見舞われたかのような痛みが、彼方此方全身を襲う。

 天啓スキルのレベルが、固定であると言うこの世の常識を覆す、固有スキル【全知無能】。

 一見して万能に思えるかもしれないが、当然ながらデメリットやリスクは存在する。

 無理やりレベルを引き上げての高レベル魔法の行使には、スキルに任せた物ではなく、精細な魔力制御と、それを支える集中力が必要で、無理をしている反動か、高レベルになる程、頭の中を火かき棒で掻き混ぜられるかような頭痛が俺を襲う。

 更には行使後には、肉体に激痛と疲労が術者の身体を苛む。

 今日一日、休養にすると言うのは、精霊との契約でレンが自覚していない疲労を癒す為もあるし、精霊の力が強いこの地で、一度、精霊魔法を体験させておきたいと言うのもあるが、俺自身が碌に動けないからと言うのも理由の一つだと言える。

 まぁ、気合を入れればオークぐらいは相手に出来るし、昼には体調も良くなるだろうが、スキルの頭痛より、使用後の身体の痛みと怠さが【全知無能】スキルの一番の欠点だ。

 ただ、希望はある。

 この【全知無能】のリスクは、魔力制御を磨けば軽減できると言う事。

 スキルの秘密に気が付いた頃は、レベル6ですら今以上の疲労困憊状態だったからな。

 先程使ったレベル9のスキルなんぞ、最初の頃に行使した日には、行使中に頭の中が焼き切れたかもしれん。


「師匠、準備出来たよ」

「おう、今、行く」


 朝っぱらから、クソ甘いパンケーキを口にした後は、取り敢えずレンの歯が欠けた事に関して事情説明。


「師匠は私を死なせないように必死だったんだよね?」

「お、おう」

「なら仕方ないよ。

 死ぬよりマシだし、こうやって治してくれたわけだもん」


 おぉ~、弟子の心の成長に思わず感激してしまう。

 本当にあんなクソ親父の娘なのかと、疑うばかりの素直さと優しさだ。


「でも人の顔を見て笑ったのは別」


 ……だよな。

 取り敢えず食事の後片付けと、街に行ったら甘味を食べさせる事を約束させられたのだが、たった今、蜂蜜と果実たっぷりのパンケーキを食べた後で、よくもすぐに甘い物の食べたいと思うものだと呆れんばかり。

 ああ、そうそう甘い物とは言えば。


「甘い物を食べた後の余韻を残したいのは分かるが、きちんと歯を磨けよ。

 磨き残しがあって、何か所か虫歯が出来かけていたから、ついでに治しておいたが、将来困る事になるぞ。

 例えば、好きな男が出来た時とかな。

 口臭が臭いとか、言われたくないだろ?」


 ……何故か顔を真っ赤にして怒られた。

 いやまぁ、貴族の女性なら、歯を見られる事が恥ずかしいと言うのが常識だし、庶民だってそう言う感覚の女性はいるのは知ってはいるが、レンの場合、平気で大口を開けて笑ったりしているから関係ないだろうと思っていたのに、何故に其処まで怒る。

 確かに治療のために、普段では見られない口の中の隅々まで目にしたから、気にしない女性でも恥ずかしがるかもしれないし、それを口にするのはマナー違反だと言うのは分かるが、診察の結果を伝えるのは、ごく普通の事だぞ思うぞ。

 だが、流石に子供とは言え、女の子の前歯を欠けさせたばかりなので、黙って聞いておく。

 早く済ませるには、下手に反論しないのがコツだ。


「師匠っ! 聞いてるのっ!」


 くそっ、何故か適当に聞き流している事がバレて、その事に関してネチネチと言われてしまった。



 =========================



 取り敢えずレンがきちんと落ち着きを取り戻した頃、あらためてレンと向き合う。

 もう朝の騒ぎは気にしていないようなので、切り替えの良い所がレンの良い所と言えるので、俺として有難い。と言うか助かる。

 此れが妹のマリーや、知り合いのレティとかだと、御機嫌を取るような事をするまで、機嫌斜めなんだよな。


「朝の質問の繰り返しになるが、昨夜の事はどれくらい覚えている?」

「口の悪い精霊と口喧嘩をした事は。

 彼奴等、人を馬鹿にしやがって」


 どうやら覚えている事や、精霊への印象は変わっていないようだな。

 なら、レンにはどう感じたかはともかく、客観的な視点で何があったかを教えてやるか。

 だがその前に……。


「レン、精霊って言うのは、素直じゃない奴等が多いようだ」

「性格が悪い奴等って事だろ」

「捉え方次第だな。

 ただ、誤解の無いように言っておくが、奴らは総じて純粋なんだ。

 良くも悪くもな」


 だから伝えてやる。

 そして思い出させてやる。

 あの時レンと精霊達との会話を。

 レンの事を良く知っているからこそ、言えた内容があった事を。

 辛い事がある度に、枯草のベットに膝を埋め、一人、森の中で涙を流していた事なんて、頻繁に見ていなければ知り得ない事だ。


「彼奴等はな、特にレンの周りにいた四匹の精霊はレンを見守っていたんだ」

「……ぇ」

「階位の低い精霊は、その階位に応じて知能も低いとされている。

 人間で言うなら幼い子供程度なのだろう。

 そんな奴等が、レンを見ていたんだ。

 きっと彼奴等からしたら、なんでやり返さないんだって、歯痒くて仕方がなかったんじゃないかな」


 精霊はこの世界に住んでいるが、この世界に住んでいないとも言える存在。

 この世界と薄皮一枚違う精神世界に、その存在の中核を置く精神生命体。

 階位の高い精霊ならともかく、階位の低い精霊は、勝手に此方側の世界に個人的な干渉は出来ない。

 気になる存在を見つけたとしても、只、見守るだけ。

 相手がどんなに酷い目に遭い悲しもうと、精霊の存在に気がついてくれなければ、声を掛ける事すらできない。

 とても近いのに、とても遠い場所。

 だから、レンが彼等の言葉に頭に血が上り、感情を爆発させたように、彼奴等も感情を爆発させていたのだろう。

 精霊の力が強い土地と、星祀りの日と言う特別な日、そして精霊との契約を行うための魔法陣によって、レンの前にその姿を見せれる事が出来たからこそ、レンに言いたかったのだと思う。

 ただ、素直じゃないから、余計にああ言うレンを傷つける言葉になっただけで。

 勝手な憶測だが、そもそも興味がなく、どうでも良いと思っている相手の事など、精霊が覚えている訳が無いし、契約に応じる訳がない。


「レンが逆の場合だったら、どう思う?」

「……ん~、わかんない。

 ただ、面白くは無いとは思う」

「そう感じたのなら、それでいい。

 少なくとも、不愉快に思う儘より、相手を良く思った方が良いだろ。

 せっかく契約したんだからさ」

「あっそうだ。契約っ!

 契約したって言うのなら、会える、違った呼び出せるんだよね?」

「はははっ、レンが会えると思ったのなら、そっちで良いんじゃないか。

 魔力で呼び掛けたら、会いに来てくれる。その方がレンらしいと思うしな」

「……、うん」


 屁理屈で、魔法理論も何もない論法だが、間違ってはいないと俺は思う。

 術式も魔法理論も、結局はそのための道具でしかない。

 天啓スキルの恩恵が人生を左右する程大きいとは言っても、それが全てではなく、結局は手段でしかない様にな。


「そう言えば、契約を結んだ精霊の名前は覚えているか?」


 鑑定ではきちんと名前が記載されているとはいえ、当人がそれを自覚しているかはまた別の話で。


「……ど、どうしよう、覚えていない」

「……やっぱりな」


 あんな状況で、しかも強引に魔力を引き抜かれたんだ。

 初めてで慣れない事もあって、意識なんてとっくに吹き飛んでいたのだろう。

 そりゃあ、エルフ達が、儀式や祭事として、大人達に見守られながら行う訳だ。


「水の精霊のシズク。

 そして闇の精霊のホタルだ」

「二人もっ!

 って言うか水は分かるけど、闇って何か怖いような。

 闇って、悪い奴だよね?」


 二匹でなく、二人か。

 種族どころか、人ですらないのに、そう言う所はレンらしいな。

 まぁ、一匹でなく二匹同時になったから、偉い目に遭ったんだが、こうして巧く契約できたのなら、文句はない。

 寧ろ苦労はさせられたが、結果的には礼が言いたいくらいだ。

 俺も、レンのそう言う所は見習うべきかもしれないな。


「レン、それは偏見だ。

 闇って言うのは確かに怖いイメージがあるかもしれないが、闇に善悪はない。

 もちろん、光である聖属性にだって善悪はない。

 だいたい考えて見ろ、聖属性スキル持ちが全部善人だったら、昼間から酒と女に塗れる生臭神官もいない事になるし、貧乏人からも容赦なく金を毟り取る医療術師だっていないって事になるぞ」


 属性はあくまで力の方向性でしかない。

 治癒魔法などで、良いイメージが多い聖属性の魔法だって、人を殺す魔法はあるし、過剰再生で二度と治癒魔法が利かない身体にする事だってできる。

 記憶の探査なんぞ、金持ちの隠し財産を無理やり暴いて盗み出したり、やる気になれば記憶の改竄だって出来る怖い魔法だ。


「そうだよね。

 師匠って、聖魔法使えるのに、大きな胸の人が好きな変態さんだもんね。

 時々意地悪だし」

「お前な……」


 レンにとって身近な例かも知れないが、そう言う認識の仕方はどうかと思うぞ。

 あと、俺は変態と言う訳では無く、ごく普通の健全な人間だ。

 当然、アッチの方も健全ではあるが、誰彼構わずと言うほど餓えてもいない。

 こういう根無し草な生活をしているから、そんな余裕がないと言うのもあるが。


「俺の事は置いておいて、闇は水と同様に、レンにとっても身近な存在だぞ」


 闇は夜でもあり、その本質は安息と休息。そして再生。

 夜が暗いからこそ、多くの生き物は心と身体を休める。

 眠り、休むからこそ心と身体は活力を取り戻し、次の日を生きられる。

 嫌な想いや記憶も、過ぎれば心と身体を苛む。それを闇で覆って霞ませる事で、心を捕らわれずに足を進める事が出来る。

 心を潰されそうな想いも、一晩寝たら意外に落ち着きを取り戻せると言うのも、闇があるからこそ。


 闇の齎す俺の説明に、レンは次第に闇と聞いて強張っていた表情を和らげさせる。

 間違った認識が、レンを怯えさせていたんだろうな。

 レンは本来は臆病な子だ。

 それでも、後が無いから必死に俺に付いて来ただけだし、なんだかんだといっても、自分を守ってくれる大人として俺を認識してくれている。

 だけど、精霊との契約はレン自身に影響を与えるもの。

 先祖返りで、純粋なエルフでないレンにとって、精霊は未知な存在。

 間違った認識によるイメージばかりが膨らんで、不安になったのだろう。

 闇が自分を侵食してしまわないかと。


「レン、俺が導いてやる。

 呼んでごらん、お前の友達になってくれた子達をさ。

 向こうが合いたいと思ってくれたら、きっと会いに来てくれるはずだ」

「う、うん」


 魔力の循環鍛錬の時のようにレンを膝に乗せて、後ろから優しく積み込む様に支えてやる。


同調開始(トレース・オン)


 何時も以上に時間を掛けて丁寧に、レンの魔力に同調する。

 俺の魔力がレンを圧迫しているのか、僅かに呼吸を乱し、顔を赤く上気させ、目をトロンとさせてはいるが、声を掛けて意識を魔力の流れに集中するように注意してやる。

 精霊の魔力の波長は、今まで出会った精霊、そして昨夜の出来事でだいたい把握できている。

 なら、後はマネてやるだけだ。

 以前に出会ったエルフが精霊魔法を放った時の感覚を。

 普段とは違う慣れない魔力操作に、レンだけでなく俺も呼吸が荒くなり、ジワリと汗が滲んでくるが、今の所はイメージ通り。

 苦痛も、苦しさも、慣れていないだけの事だ。


「レン、呼び掛けてごらん」

「うん、シズク、ホタル、会いたい。

 会って話をしてみたいから、顔を見せて」


 子供特有の高く澄んだ声と共に、レンの身体の中で練った魔力が、引き出されてゆく感覚に、声が届いたと手応えを感じる。

 後は、レンの魔力を糧に此方側の世界に顕現できれば。


「ヨンダ?」

「コノ、ブレイモノガーッ」


 ごすっ!


「うごっ!」


 突然、何の予兆もなく姿を現した二つの光珠。

 だが、その一つがレンの真正面に現れて、レンに話しかけて注意を引いたかのように、もう一方が僅かに遅れてレンのお腹の直ぐ前に現れるなり、レンの顎を下から突き上げるように体当たりをかましてくれた。

 昨晩も思ったが、どうやら受肉していなくても、自分達の意思である程度、触れたり触れさせられなかったり出来るようだ。


「…ぁ、…あ、なにが……おこった……の?」


 そしてやられたレンとしては、戸惑うばかりだよな。

 おそらくレンから見たら、目の前に水色の光を放つ光珠が現れて、声を掛けてくれたと思ったら、いきなり下から顎に衝撃を喰らった訳だから。

 レンにとって、突然現れたように見えた精霊達だが、俺は魔力の感知で出現位置は分かってはいた。

 だが、まだ其処まで魔力を扱えないレンからしたら、堪ったものじゃないはず。

 そしてレンの顎を突き上げた当人と言うか精霊は、顔が無いから分からないが、何やら機嫌が悪いのは何となく伝わってくる。

 黒い光と言うのもなんだか、自然界では有り得ない黒い光珠だと言う事は、おそらく闇の精霊のホタルか。

 精霊達に色があるように見えるのは、精霊契約した事で、此方の世界に顕現した時の力が増して、当人達が持つ属性が強く表れている証拠なのだろう。


「ああ、多分、さっきのレンの言葉を聞いていたんだろ。

 怖くて、悪い奴って言うのをさ。

 いきなり問答無用に悪者扱いされた上に、勝手に怯えられたら、そりゃあ怒るだろう」

「ソウダッ! ブレイダッ!」


 何か、俺の言葉に乗ってくるが、だからって、いきなり問答無用に殴るのはどうかと思うぞ。

 まぁ精霊に、そう言う理屈が通用するかは別だろうけどな。


「取り敢えず、レンが悪いから謝っておけ。

 いきなり殴られて、言いたい事はあるだろうが、レンだって偏見で嫌な目は散々見て来ただろうから、問答無用に決めつけられる気持ちは分かるだろ?」

「ゔっ、で、でも」

「まずは謝る。

 言いたい事があるなら、それからだ」


 喧嘩をするのもある意味、成長には必要な物だが、お互い言いたい事を言い合っていたら、何時まで経っても終わりはしないし、実りも少ない。


「知らずに悪者扱いして、ごめんなさい」


 しぶしぶだけど、それでもやはり自分の言葉に陽がある事を認めれるレンを、頭を撫でて褒めてやる。

 謝られた当人と言うか精霊は、当然とばかしに揶揄うようにレンの前をふよふよと浮いてはいるが、もう片方の精霊を見る限り、元々ああいう存在なのだろう。

 そして、流れる沈黙。


「あれ? そっちは何も無いの?」

「ナンデ?」

「嫌だって、いきなり人の顎をガツンと」

「ヒツヨウダッタカラ、シタダケ」


 まぁ、階位の低い精霊なんて、そんなものだよな。

 仕方ないので、レンを宥めながら落ち着かせる。

 そもそも種族が違えば常識も変わってくるのだから、人間と精霊の常識も違って当然。

 とにかく、一応レンが謝った事で、向こうも不機嫌な気配を放つ事を止めている事を教えてやる。

 たぶん、階位の低い此奴らは、凄く単純なんだ。

 幼い子供のやる事に、一々目くじらを立てても仕方がないのと同じだ。

 そう言うものだと言う事を知らないのだからな。

 なるほど、エルフ達においても、精霊との対話が重要視される訳だな。

 常識や考え方が違うから、細かな意思疎通に齟齬が生じやすい。

 かと言って、頭が悪い訳では無い。

 ちゃんと此方の言葉を理解できるし、考える頭もある。

 だからこそお互いを知る事によって、……と言うか、契約者が精霊の考え方を理解して、上手く付き合える思考を身に付ける必要があるのだろう。

だから、先人達に倣って、レンに精霊との会話を促してやる。

 内容は任したぞ。

 一方的って、あのな、俺が決めても仕方ないだろうが。

 ほれほれ、何を話して分からないとか言って恥ずかしがっても仕方がないだろうが、普段の俺に対する横暴さは何処になりを潜めたんだ。

 あっ痛てっ、叩くなっ。


「ねぇ、私、昨日の事、殆ど覚えていないんだ。

 肝心な貴女達の名前を教えてくれた事を。

 だからね、もう一度、名前を教えて。

 師匠からではなく、二人から聞きたい。

 私はレン。本当はレオニダスって言う下の名前もあったけど、もう捨てた。

 虐げるだけで私を救ってくれなかった名前(かめい)なんて、要らないもの。

 師匠の弟子のレン。それで十分に幸せだから、私は只のレンなの」


 レンの言葉は俺にとっては嬉しい半分、物凄く寂しい言葉。

 売られたのでもなく、捨てられたのでもなく、捨てた。

 たぶん、それがレンにとっての真実。

 鑑定でもレンの名前の項目には、家名はない。

 奴隷としての売買契約が成立したからと言うのもあるのだろうが、レンの魂がそう決めて世界がそれを認めたからこそだと俺は思っている。


「「……」」


 二人の精霊が、レンの言葉にどう思っているかは分からない。

 先程のように感情が伝わってくることもなく、レンの顔の前で、ただ静かに浮き続けている。

 レンの目を、心の奥を覗き見るかのように、真っ直ぐと。

 短かったのか、それとも長かったのか、それは人によっては違いが出るような時が過ぎた頃、変化が訪れる。

 二人の精霊は、その光珠を再びふよふよと、遊ぶかのように空を舞い始め。


「シズク。

 ……ノドガカワイタラ、ヨベ。

 アト、カオヲ、アラウトキデモ、カマワナイ。

 ウスヨゴレタ、レン、ミルニタエナイ」

「えっ、そんな事で呼んで良いの?」


 レンの問い掛けに答える事なく、水色の光珠は、スッとその存在をこの世界から消す。

 その代わりと言ってはなんだか、もう一人の精霊がそれに答えてくれる。


ゴハン(魔力)モラエルカラ、カマワナイ。

 アト、ホタル。

 ヨル、トイレニイクトキ、コワイユメミソウナトキ、ネムレナイトキ、ワレヲヨベ。

 レンノウメキゴエ、ミミザワリダカラナ」

「え、えーと、あっ、ちょっと待ってって、……消えちゃった」


 言いたい事を言ったら、とっとと自分達の世界に戻って行ってしまう辺り、実に自由奔放の精霊と言えば精霊らしい行動に、思わず苦笑がしそうになる。

 レンはレンで、どう反応したら良いか困っているが、まぁそう悩む事はない。

 アイツら、本当に素直じゃないよな。


「レン、相手がそれで良いって言っているんだから、有難いと思って、呼んでやれば良い」

「で、でも、本当にそんな事で呼び出すのって。

 それにあいつ等、また人の事を見るに堪えないとか、耳障りだとか言って」


 つまらない事で呼び出すだなんてと思う反面、そっちでご立腹なのか。

 二人の精霊も困ったものだが、ある意味似たり寄ったりだな。


「言っただろ、精霊は素直じゃない奴等が多いってな。

 それくらい頻繁に会いたいって意味と捉えたらどうだ?」

「え~~~、どうやったらそう捉えれるって言うのさ」

「それに見苦しいって言うのは、汚れた顔より、綺麗で可愛い顔を見たいって事だろうし、耳障りって言うのは、誰だって子供が苦しむ声は聞きたくないものだ。

 それが気に掛けている相手なら、尚更だろ?」


 首を傾げるレンだが、素直じゃない人間は子供の頃から見て来たからな。

 貴族なんてものは、立場や誇りが邪魔をして素直な言葉を言えない連中が多い。

 それに比べたら、あの二人の精霊の言葉くらいは可愛いものだ。


「ぁ……、師匠、今、可愛いって」

「それがどうした?」


 何かいきなりモジモジし出したが、レンの弟子にした事で、散々、幼女趣味性的思考者(びょうき)扱いされた上、誤解を解くために弟子にした時は男だと思っていたと言ったら、綺麗で可愛い子をどうやったら間違えるんだと言われるくらい、レンの容姿は整っている。

 その辺りはレンの女に見えない様にしていた努力が実っていて、俺がそれに騙されただけなんだが、とにかく栄養失調の風貌から脱しつつあるレンが、可愛い部類である事には違いない。

 まぁそれだけの事で、そもそも子供は可愛いものだ。

 憎たらしい言葉を言おうと、捻くれた態度を取ろうともな。

 取り敢えず、何故か急に妙にヘラヘラ笑うレンの頬を掴んでやってから。


「いひゃいっ!」

「くだらない事で笑っていないで、お前はちゃんと精霊達との会話と行動を思い出してみろ。

 言葉こそ素直じゃない所はあるが、レンを思いやる言葉ばかりだったぞ。

 精霊魔法は、精霊との対話と契約が基本の様だ。

 つまり精霊と仲良く出来るかどうかだ。

 その精霊の気持ちを、レンが理解してやろうとしないでどうする。

 友達になるんだろ?」


 昨夜もそうだが、やはりあの二人の精霊は、レンの事をよく見てきた精霊だ。

 水の精霊の言葉には、レンが水で苦労しない様にと言う想いが込められていた。

 子供にとって水汲みは重労働出し、身体の小さなレンなら尚更だったはず。

 少しでも作業量を減らそうと、水を使用する事を控えてしまうのは自然の流れと言える。

 だが、そんな生活が身体に良い訳がなく、そんな生活をあの精霊はレンを見守る事で知っているからこそ、気兼ねなく水を使えるようにと思っての言葉だと捉えられる。


 闇の精霊もそうだ。

 レンみたいな小さな子が、火を扱わせて貰える事は少ないと言うのもあるが、油や蝋燭が勿体ないからと持たされていなかったようだ。

 昼間でも暗い建物の中での作業、夜の足下すら見えない中、さぞや不便だっただろう。

 今でも家族の下で虐待を受けていた日を夢に見てしまい、魘される事が多いレン。

 だが、闇の精霊の力を借りれれば、闇を昼間の様に見通せる事も出来るし、悪夢を見ない様に、心を落ち着かせて、深く眠らせる事も出来る。


「レン、本当にレンが怒るような言葉通りの意味なら、そもそも精霊は力を貸そうとしてくれないだろうし、契約にも応じてくれなかったと思わないか?

 あの二人の精霊は、レンに力を貸す事に、友達になる事に応じてくれた。

 口ではなんと言おうとも、それが事実だ。

 それをまずは受け入れ、感謝してやれ。

 その証拠に、呼んだらすぐに会いに来てくれただろ」

「……ぁ、…う、うん。

 そうなのかも」


 俺の言う事も分かるけど、いまいち納得できないと言った表情を見せるレンだが、それでいいい。

 色々な見方があると知った上で、自分で悩み答えを見つけて貰いたい。

 俺のは所詮は他人事の言葉だし、精霊魔法を使える訳では無いから、精霊との正しい付き合い方なんてものは分からん。

 結局、レンが自分で探して行くしかないんだ。

 ただ、レンが一時的な感情任せで、自分の可能性を閉ざしてしまわないように、見守ってやるしか出来ん。


「だから、今日は大人しく休んでろ。

 自覚はしていないかもしれんが、昨夜から色々あり過ぎて、身体も心もレンが思っている以上に疲れているはずだ。

 と言うか、明日から鍛錬の内容も増やすし、また容赦なく採取しながら道無き道を歩かせるから、休むなら今の内だぞぉ~」

「うげっ」


 幼い頃から扱き使われている事に慣れているレンに、休めと言っても素直に休めんだろうから、こう言うのが一番か。

 精霊の力の強い土地。

 契約した精霊がレンを気にして、此方側を覗いていた事。

 好条件が揃っていたとは言え、初めての精霊召還と対話だ。

 疲れていない訳がない。

 異界とも言われている精霊達が住まう場所とこの世界を繋ぎ、精霊を現出させ留めておく。

 そのどれもが魔力を要する。

 継続鑑定で見ていた限り、昨夜程ではないがジワリジワリと目減りして行くのを確認出来たし、あの二人の精霊がああ云う形で急に帰って行ったのは、おそらくレンの魔力が半分を切ったからだろう。

 まだ、まだレンにとって、これ以上は負担になると思ったからこそ。

 今のレンでは魔力制御が未熟で、魔力を上手く渡せずに大半が大気へと霧散してしまっている。

 だがそんな当人の事情など関係なしに、精霊達が必要な魔力を強制的にレンから吸い出してしまうため、結果的に負担になってしまう。

 例え、相手が魔力をさほど要しない、最下位の精霊だとしてもだ。

 だがまぁ、魔力の循環を初めて、まだ半年程度という事を考えたら、それでも上等だ。

 今後は明確な魔力の使い道がある分、誘導の仕方次第では、より良い効率の良い鍛錬が出来る。

 あやふやなまま鍛錬するより、実践と言う目に見える成果が表れる訳だからだ。


「良い子に休んでいたら、晩飯に美味い飯と甘い物を出してやるぞぉ」

「其処まで子供じゃないやいっ!」


 いや、子供だろ。

 と思いつつも、其処は口にしない。

 精霊契約の成功を祝して、お祝いしてやろうと思ったのに、まぁいい。

 せっかくやるなら、街に行ってからの方が美味い物を飲み食いできるだろうからな。

 っと、本人は元気なつもりでも、やっぱり疲れているのか、レンの焦点が怪しくなって来た。

 やはり、強制的に魔力を引き出される事に、身体も心も慣れずに悲鳴を上げている証拠だ。

 眠そうにしながらも、まだ何か強がっているレンを無視して、レンの小さな身体を抱き上げ。

 お姫様抱っこをしたまま、ハンモックへと放り込み、その緑の髪を一度くしゃとしながら頭を撫でてから。


「おやすみレン。

 昼寝をするには、今日は涼しい良い日だぞ」






ここまで読んで戴き、ありがとうございます。

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