不穏な動き
砦に案内された私たちは、アニエス様に王妃様と王太后様からの手紙を渡した。アニエス様はそれらに目を通していたが、表情は徐々に硬くなっていった。
「エストレ辺境伯夫人、何か問題でも?」
「ああ、私のことはアニエスと呼んで欲しい。私もアンジェと呼んでもいいだろうか?」
「ええ、構いませんわ」
「うむ、実はな……」
王妃様からの手紙は私たちと陛下が会えるよう手配を要請したもので、王太后様のは私たちが陛下に会えなかった場合、アニエス様の手を貸してほしい旨が書かれていて、それは想定内だった。
でも、アニエス様の話は私たちの想像を超えていた。
「陛下を暗殺すると……?」
「うむ。王妃様からの手紙には、陛下に仇成そうとする者がいるから警戒して欲しいとあった」
「そんな……誰が……」
そう言いかけて、一人の人物が頭に浮かんだ。
「まさか……ベルクール公爵が……」
「それはわからぬ。リードホルムより陛下の隊列を秘かに見守っているが、斥候の話では距離を置いて正体不明の一団が後を付いてきているらしい」
「後を?」
「うむ。人数は十人程度で商団のように見えるが、どうも、その、動きがな……」
「商人ではないと?」
「証拠はないがな」
そう言って断定を避けたアニエス様だったけれど、彼女も辺境伯夫人として十年以上は経過している。穏やかな気質の夫の代わりに馬を駆り兵を率いるアニエス様がそう言うのだ。何か思うところがおありなのだろう。
「それに、我が領内でも見慣れぬ商隊が通過している。表向きはリードホルムの酒を、購入した貴族に届けるためだというが……」
「その貴族とは?」
「デスタン公爵だ」
「デスタン公爵って……」
デスタン公爵はジョアンヌ様が嫁いだ先だ。近年商会を立ち上げて力を入れているとも聞く。
「デスタン公爵は酒の取り扱いに力を入れていると聞く。他にもラグナードとも交易を進めていると聞くし」
「そうですか。それで、その商隊のチェックは?」
「当然全て確認済みだ。今は特に陛下がいらっしゃる故、厳重にな。ただ……」
「途中で入れ替わる可能性があると?」
「そう。私が懸念しているのは、途中で積み荷と兵を入れ替えることだ。国境は厳しく確認するが、そのせいもあってその後は野放し状態だからな」
商団の積み荷のチェックは国境では厳しく、細かいところまで調べられる。領を跨ぐ際にもチェックはするけれど、国境でのチェックを終えている場合は割と緩い。チェックするだけの人員も足りないし、時間もかかるからだ。その点を考慮しての国境での厳重な確認なのだけど。
「陛下は明日にはこの砦に到着なさり、一泊される予定だ」
「では」
「ああ、その時に目通り出来るように手配しよう。それで、どうなのだ? 内々にした方がいいのだろうか?」
「そ、れは……そう、ですね。出来れば内密にお願いしたいです」
オーリー様がいるから、ここは目立たないようにした方がいいだろう。王妃様には陛下を守れと言われたけど、陛下の御考えはわからない。拒否される可能性もないとは言えないし、だったら人に知られない方がいいだろう。
「わかった。では部屋を用意しよう。砦ゆえ居心地はよくないかもしれぬが野宿よりはマシだろう」
「ありがとうございます」
どうやら陛下にうまく会えそうだ。だったら明日に備えて今日はゆっくり休もう。宿屋ではどうしても危険だから気を張りっぱなしだったけれど、ここなら滅多なことはない筈だし。
「アン様、少しよろしいでしょうか?」
アニエス様との簡単な晩餐を終え、湯あみしてホッと一息ついていた私の元に、ジョエルとオーリー様がやってきた。オーリー様はルイとして変装したままで、今のところ誰一人としてオーリー様だと気付いた者はいない。その魔術の完成度は凄いなと思う。
「ずっと術を掛け続けて、お疲れではありませんか?」
ご自身の変装だけでなく、私たち一行にも認識阻害の術を掛けっぱなしなのだ。私はそちらの方は殆ど出来ないので、その負担の程度がよくわからなかった。
「ありがとう。でも術自体で使う魔力はそれほど多くないからね。これくらいなら負担にもならないよ」
「だったらいいのですけど……無理はしないで下さいね」
「アンジェは心配性だなぁ。でも、ありがとう」
その笑顔からすると問題なさそうだけど、変装の魔術は顔色も誤魔化してしまうので心配なのだ。
「手を」
「アンジェ?」
こういう時は治癒魔術を使うに限る。どんなに誤魔化しても治癒魔術をかければ負担の度合いが知れるだろう。それでなくても馬と馬車での長旅だから、疲れは溜まっている筈だし。今だって遮音の術を使っているのだ。
そっと力を送ってみたけれど、さっきの言葉は嘘ではなかった。魔力は直ぐに止まったので、疲れもないらしい。そこは一安心だ。
「それで、何か御用が?」
「ああ。明日父上に会うだろう? 父上を狙っている者がいるようだし、私も一つ策があってね」
「策、ですか」
「ああ。父上がお許しになるのなら、私が影武者になろうと思ってね」
「影武者に?」
突拍子もない提案に、思わず声が裏返ってしまった。




