第31話 愛が欲しかったフール
私は生まれた時からなんでも与えられた、お姫様だった。
ホノリスという大国の王女に生まれ、誰からもかしずかれる立場にいた。私は周りの国との関係や国内の情勢を考えて、ホノリスの大貴族に嫁いでそのまま大事にされる未来を約束されていたも同然だった。
だが突然、私達の国で流行病が猛威を振るい、多くのホノリスの人々が亡くなってしまった。貴族もそこに含まれていたし、流行病が去った後、被害にあった村や街には大事な働き手が少なくなってしまった。
働き手がいないと国の経済も政治も回らない。薬も物資も全く足りない中、更に弱った所に流浪の民の侵略。ホノリスは短い間に随分と落ちぶれてしまったのである。
ホノリスの国王である私のお父様は、何とかして国と国民を守ろうと考え出した結果、近くの国に助けを求める事にしたのだった。
ほんの僅かに国土を削る事になってしまったが、概ね他の国はそれなりに力を貸してくれた。流浪の民を撃退する軍を派遣してくれはしなかったけれど。
そんな中、隣国だったアルガイオの使者が魅力的な話をお父様に持ってきたのだ。
ペルディッカスと名乗った彼は、まだ年若いながらも優秀な人物らしい。謁見の間で堂々と提案した。
「我がアルガイオの国王陛下にホノリスの王女殿下を嫁がせてはいかがでしょう?アルガイオと致しましては、ホノリスを侵略しようとする蛮族に対して、我が国の妃の母国を救う為という大義名分の下、軍を派遣する事が出来ます」
そして、ダメ押しとばかりに続けた。
「我がアルガイオとホノリスは長らく国交を断絶しておりました。ですがホノリスの王女殿下がこちらへ嫁ぎ、アルガイオの次代の御子を成されましたら、アルガイオとホノリスの関係は今後明るいものになるかと思われます」
私のお父様はずっと私を国内の大貴族に嫁がせる予定だったらしく、しばしの間悩んでいたが、やがて同席していた私の方を向き、行ってくれるかと問い掛けた。
「はい」
一国の王女だ。国内の大貴族に嫁ぐであろうとはいえ、国の為に尽くすのが王女の役目。
国内の大貴族に嫁いでいたとしても、政略結婚だっただろう。国内から、国外へと嫁ぎ先が変わっただけだった。
その時は、そんな事を思っていた。
絵姿で見た私の将来の夫になる人は、大層整った顔立ちをしていた。ペルディッカス様が言っていた通りだと、顔立ちも良く、穏やかでいい人なのだという。
ペルディッカス様はアルガイオの国王クリストフォロス様の事を、後世に名前の残る賢王となるだろうと褒め称えていた。そして、自分はクリストフォロス様の側でその治世を見るのだと。
もう既に王妃がいると聞いてお父様はあまり良くない顔をしていたけれど、ペルディッカス様からと噂で伝え聞いた聞いたクリストフォロス様の人柄についてはそれなりに安心しているようだった。
お父様に愛されていなかった訳ではない。愛されていたから、お父様は私を国内に嫁がせようとしていた位だった。
私の花嫁行列は一国の王女らしく豪華で派手なものだった。そうして入ったアルガイオの王城の後宮で、私は初めて夫となる人と出会ったのだ。
「はじめまして、テレンティア姫。私はアルガイオの国王クリストフォロスだ。みんなは私の事を陛下と呼ぶから、君もそのように」
「はい。よろしくお願い致します」
薄氷色の瞳と長い銀髪は色からして冷たく見えそうだったが、彼の醸し出す雰囲気で不思議とそうは見えない。絵姿そのまま……いや、絵姿以上の美青年が私の夫となる人だった。
元々美姫と名高かったお母様そっくりの私の容姿は、誰の目から見ても美しいと称えられてきた。最初の方から私の部屋に毎晩通う陛下に、私の魅力が伝わったのかと内心喜んでいた。
隣国の王女とは言え、粗末な扱いを受けないという保証はどこにもない。けれど、不安だらけで嫁いで来た私を陛下は気遣って下さり、優秀な侍女も付けてくれている。
それだけで、私は陛下に心惹かれていったのだ。そもそも夫なのだ。心惹かれても後ろめたさを感じる事などない。
一度だけ目にした王妃は、金髪に桃色の丸い瞳を持つ可愛らしい人だったけれど、女性というよりまだ少女のようだった。
それなら私の元に夜来るのも分かる。
だけれど、一度も一晩中を共にしたことはなかった。
毎晩毎晩やってくるのに、必ず夜中には抜けて王妃の元へ帰っていく。
どうして?私は彼の寵愛を受けている筈なのに。
気になって一度、こっそりと王妃と散歩をしていた陛下を見た事がある。そして、私は後悔をした。
陛下は私にクリストフォロス様なんて呼ばせない。
陛下は自分の事を僕だなんて言わない。
陛下はあんなに柔らかい言葉遣いを、1人の青年のような言葉遣いを私の前でしない。
何より全部、陛下の全部が、王妃を愛していると告げていた。
勝手に王妃より女として優れている気になっていた。けれど違ったのだ。
そして気付いた。
陛下は確かに私に気遣ってくれた。でもそれは、私以外の誰にでも同じ事をしていたのではないかと。
陛下に、クリストフォロス様に必要とされる証が欲しい。王妃ではなく、私を。
それは陛下の子供を懐妊した後も、私の心を蝕んで拭えない。どれだけ陛下に抱かれても、どれだけの時間を経ても変わらない。
私は焦ってしまった。
彼の隣に堂々と立てる王妃になりたいと。王妃がいなくなってしまって、悲しんでいたはずの彼の心情を考える事が出来なかった。
だから、クリストフォロス様が壊れた時、私の報われない彼への愛も壊れてしまったのだろう。
私の独りよがりになってしまった愛をクリストフォロス様が受け入れてくれる訳が、なかったのに。
私に愛された彼女の気持ちは分からない。
そして、若くして亡くなってしまった彼女の気持ちも私には分からない。
きっと私とは分かり合えないと去っていった彼女と、同意見だ。




