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第24話 愛を捧ぐフール

 アウレリウス公爵に連れてこられてから三日程が経った。とは言っても、私が目を覚ましてから数えた日数だから、本当の事は分からない。もう少し経っているかもしれない。


 部屋は急ごしらえだったらしく、アウレリウス公爵と会話した後から見知らぬ侍女が数人やってきてベッドから何から全て掃除をしていた。


 アウレリウス公爵とセウェルス伯爵とは三日前に会話してから会っていない。私の周りにはアウレリウス公爵の手の者であろう、侍女が交代で控えているだけ。


 特に何かを命令される訳でもなく、この部屋にいた。


 最初の頃は出された食べ物にも警戒していたが、侍女が目の前で毒味をしたので恐る恐る手を付けている。暇つぶしにとでも言わんばかりに刺繍する為の道具や、私達の世代の令嬢が好みそうな本などが侍女から渡されたので、それを使って時間を潰していた。


 囚われの身とは言え、私に対する扱いは丁重だった。ただ、私がここから脱出しようとする事以外は。


 これがファウスト様なら何か良い案を思い付いたのかもしれないが、私にはどうすればいいか分からない。


 いや、むしろどうやったらここから出ればいいのかなど、考える方がおかしいのかもしれない。


 だって、私を捕らえたのは私の実家と同じ派閥のアウレリウス公爵だ。しかも、私の婚約者であるセウェルス伯爵も私がここにいる事を知っている。


 お父様は、アウレリウス公爵家に私が滞在している事を知らされている。それに、派閥の中心であるアウレリウス公爵に文句は言えない。


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 ここから脱出しても、私は一体どこへ行けばいいというのか。


 時は一刻一刻と過ぎてゆく。

 私はどうしていいか分からないまま、途方に暮れた。




 それから三日経った頃に、アウレリウス公爵は私の前に姿を見せた。そして連れてきた人物を見て、私は目を見開いた。


「ご無沙汰しております。クラリーチェ嬢。今日は貴女の侍女を連れて参りましたよ」

「アウレリウス公爵……に、ビアンカ?」

「ご無沙汰しております。クラリーチェ様」


 ビアンカは相変わらず無表情で、私に対して礼をとる。何故ここにビアンカが来るのかという私の疑問が顔に現れていたのか、アウレリウス公爵は説明してくれた。


「クラリーチェ嬢もお1人だと退屈だと思いましてね。気が知れた侍女ならば慰めにもなるかと思い、こうして連れて来たわけですよ」

「……どうしても……、私を家に帰すおつもりはないのですね……」

「ええ、勿論。それに、彼女もこちらの方に滞在して頂いておりましたから、レオーネ卿にはずっとクラリーチェ嬢とビアンカ嬢はアウレリウス公爵家で娘のオリアーナと仲良くしていると説明していますよ」


 ニコニコと穏やかにアウレリウス公爵は説明するが、その内容は私を突き落とすようなものだ。

 思わず手を握り締めるけれど、私がアウレリウス公爵に太刀打ち出来るわけがない。諦めてアウレリウス公爵を睨み付ける事しか出来なかった。


「レオーネ卿にはセウェルス伯爵と貴女の婚姻を早く結ぶようにこちらから圧力を掛けています。この国でとても力を持つ公爵家の後押しですよ。すぐに貴女は幸せな花嫁になるでしょう」

「……そんなの」


 嫌だ。幸せなんかじゃない。


 花嫁、と聞かされてファウスト様が浮かぶ。

 まだ、彼に何も伝えられていない。何も言えていない。想いに答えられていない。


 それなのに、私はこのままセウェルス伯爵と結婚していいの?


 言い(よど)んだ私が次の言葉を発さないと思ったらしいアウレリウス公爵は、ではそういう事でとビアンカを置いて去って行く。


 アウレリウス公爵から遣わされていた侍女は、アウレリウス公爵と共に部屋から出ていった。

 ビアンカと2人きりになってから、私はそっとビアンカに声をかける。


「ビアンカ……。ビアンカも捕まっていたのね。無事でよかったわ」

「ええ。クラリーチェ様もご無事でなによりです」

「夜会の日、イオアン……オリアーナ様と会った?」

「ええ。オリアーナ様とフィリウス侯爵家のサヴェリオ様とお会いして、3人でクラリーチェ様を探しておりました」

「そう……迷惑を掛けたわね……」


 イオアンナはフォティオスお兄様に伝えてくれただろうか。私に関わらないでほしいと。

 いや、もうアウレリウス公爵の手の中に落ちてしまった私とフォティオスお兄様が関わるのは無理だろう。


「オリアーナ様と2人でいた所を私は連れ去られたのです」

「え……」


 思わず固まった。

 ビアンカは穏便に連れてこられた訳では無いの?


「それは……どういう事かしら?」

「サヴェリオ様が庭の方を探されるという事で、私とオリアーナ様は夜会が行われている会場へと向かおうとしました。その途中で私達は攫われたのです」

「オリアーナ……様は、無事なの?」


 震える私の声に、ビアンカはゆっくりと首を振った。


「分かりません。……ただ、私が捕まった時、大層驚かれたような顔をなさっていました」


 私、なんでイオアンナが無事だと思い込んでいたのだろうか。

 いや、アウレリウス公爵にとってイオアンナは大事な娘……という感情は無かったにしても、無くすことは出来ない大切な駒である事は間違いないだろう。


 例え私のように軟禁されていたとしても、酷いことはされていないに違いない。


 ……とすると、フォティオスお兄様が心配だが、アウレリウス公爵はわざわざ反対派のフィリウス侯爵家の嫡男を捕らえるだろうか。


 私みたいに同じ派閥の者であれば、このような世間に広まったら不味い後暗い事は隠し通せるが、むしろ反対派の人間は嬉々としてアウレリウス公爵の評判を追い落とそうとするだろう。


 とにかく、フォティオスお兄様も、イオアンナも無事であってほしいとここから願うしかない。


「ビアンカ。手伝って欲しいの。ここから一緒に逃げましょう」


 外の状況がここでは分からない。

 それに、私はこのまま結婚する訳にはいかない。ファウスト様に会うために。想いを伝えるために。


 私の決意の篭った言葉に、ビアンカは淡々とした調子で答えた。


「レオーネ男爵家に帰った所で、貴女はどうなさるのですか?誰も待っていないというのに」

「……え?」

「レオーネ男爵はクラリーチェ様とセウェルス伯爵が結婚する事を望んでいるのですよ。何故帰る必要があるのですか?」


 いつものようにビアンカの栗色の瞳がジッと私を射抜く。

 いつもと違うのは、その瞳が優越感に浸っていた事くらいだったーー。

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