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Wood Chip Bullet  作者: kattern@GCN文庫さまより5/20新刊発売
Episode.2 The myth of AK
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第5話 南へ

 監獄特異点(ポーター)こと八代特異点(ポーター)との接続点は、ヤスクールの中央から少し北の位置にある。

 近くにはそこそこの規模の街があり、俺たちは座標指定で一旦そこに飛ぶと、現地の万事屋に頼み込んで言い値で馬を買い付けてもらった。


「私、馬なんて乗ったことないわ」


 葦毛の馬を前にして青ざめた顔をしていう相原。

 向こうで車だって自分で運転したことないような都会っ子。

 その顔が絶望に染まるのは、なんだか見ていて胸のすくものがあった。


「大丈夫だっての。異世界万事屋として、俺がここはちゃんとエスコートするから」


「やめてよ落馬とか。まだ嫁入り前なんだから」


「しねえよ」


「体!! 健康!! 大事!!」


「はいはい、いいから先に鞍に乗ってくれ」


 ここに来る前に着替えろと言ったのだが、これが刑事の正装だと、黒スーツ姿を改めなかった相原。彼女は、そのタイトなスカートの扱いに難儀しているようで、鞍にいつまでたっても股を上げることができなかった。


 えぇい、鬱陶しい。


「いつまでもたもたしてるんだよ!!」


「仕方ないじゃない!! スカートが引っかかって、なかなかこう、上手いこと登ることができないんだから……」


「ったく、だから動きやすいズボンとかにしとけって言ったじゃねえか」


「馬に乗るならそれならそれでそう言っておいてよ!! って、ちょっと、何その手、どうするつもりなの!?」


 鐙に足を掻けたまま硬直する相原。その尻に、俺はそっと手をあてた。

 どっこいしょ。掛け声と共に彼女を無理くり押し上げると、スカートが破れるのも気にせず、俺は彼女を馬に跨らせた。


 どうだ、これでスカートでも、動きやすくなっただろう。

 なんて顔をしている俺の頬を相原の手が張り倒した。


「いっ、いきなり何するのよ、この変態!!」


「お前がいつまでたっても馬に乗らないからだろ、この運動音痴!!」


「ちがいますぅー!! 服が相性が悪かっただけで、別に、運動音痴とかじゃありませんー!!」


 絶対に運動音痴だこいつ。

 ダメだな。銃の扱いにしてもブロンズだし、こいつに戦闘能力を期待するのはやめといた方が無難だろう。


 いざとなったら、記憶操作の魔法を使って――。

 いや、うん、それはいざという時まで取っておこう。


 ちなみに、渡界に際して、相原は異世界犯罪担当の刑事ということで、八代ポーターから銃を所持しての渡界を許可されていた。


 対して俺は一般人ということで、最低限の護身用という名目で「Coltパイソン」を一丁と、弾丸六発のみの持ち込みを許された。

 これが、相原と一緒でなかったら、免許の有無を問わずに持ち込み禁止だったことだろう。

 それを考えれば、御の字というものだ。


 まぁ、セミオートの「Cz75」が使えないのは残念だけれども、もともと俺の得物はこっちだからな。


 それに、木屑の弾丸ウッド・チップ・バレットについては、渡界検査で特にお咎めを言われなかった。


 最悪なんとかなるだろう。


「ちょっと、馬が暴れると怖いから、早く乗って欲しいんだけど!!」


「はいはい、そう思うなら、馬を刺激しないように少し大人しくしてろ」


 俺はそう言って馬の鞍――相原の少し前へと、ひょいと鐙も使わず乗ってみせた。


 耳元で、すごい、と、相原の口から感嘆の声が漏れるのが聞こえた。


 なんだよその反応。

 そんな感じに可愛げのある反応ばっかりだったなら、俺だって男だ、もう少しサービスモードでお仕事させていただくのにさ。


 振り返ると、なによと、ジト目がこっちを見てくる。

 なんだろうねこいつのこの妙に偉そうな感じは。

 マイリトルシスターの毒舌は、笑って許すことができるんだけど。生理的にこの口から出てくる言葉を、俺はどうも受け付けられないようにできているらしい。


「それじゃ、お前さんは俺の胴をしっかりと掴んでろ」


「えっ? うっ、うん――?」


 飛ばすぜ、と、言って、俺は馬の腹を軽く蹴った。

 ヒヒンと小気味よく嘶けば、葦毛の馬の上体が少しだけ浮く。手綱をしっかりと引いてやれば、馬は、ぱからぱからと、街の入り口に向かって駆け始めた。


「ちょっ、ちょっと待って!? これ、早くない!?」


「飛び出すな、車と馬はなんとやらだ。うるさくしてると舌噛むぞ」


「そうかもだけれど――このペースでどれくらい行くの!?」


「そうさなァ。一日もあれば、着くとは思うけれど」


「一日ぃ!?」


 全然早くないじゃないのよ、と、言いかけて黙る。

 案の定、相原は舌を噛んだらしい。


 だから言ったじゃないか。

 ざまみろだな。


 まぁ言わんとせんことは分からんでもないが、山を越えるほうがお前さんのそのタイトなスカートには難しいだろうし、なにより危険だ。

 国境になるくらいに峻険な山なんだ。素人がどうこうできるものではない。


 とすると、豊野はもしかして登山などの経験があるのだろうか。


 いや。

 たぶん、海の底のAK47を回収する、魔法使いが同行しているのだろう。

 彼か彼女か知らないけれど、優しくエスコートしてもらっているに違いない。


 おそらく商談はヤスクールの南部――アニ国との国境に最も近い都市で政府要人を交えて行われることだろう。素人の足で山を越えるのに最低でも五日はかかる。

 出立したのが一昨日だから、ちょうどその都市で鉢合わせという形になるか。


 いいね、スパイ映画の展開みたいで。

 ハードボイルド小説好きとして、ちょっとノッてきている自分がいるよ。


「ねぇ、やっぱり、歩いて行くことにしない? それか、別の移動手段にしよ?」


 ようやく舌が落ち着いたのか、不安げな感じに後ろで相原がつぶやく。


「却下」


 無慈悲に、俺はこの生意気娘の申し出を断ってみせた。


 途中の荒野には、コヨーテも多くいるし、気性の荒い原住民だって住んでいる。


 徒歩で移動なんてしたら、そんなのをいちいち相手にしなくてはならない。そしてなにより、もたもたしていたら豊野の奴とヤスクール政府の間で、AK47の取引が成立してしまうだろう。


 場所さえ教えてしまえば、彼らはそれをなんとしてでも回収するだろう。

 そうなったらもう何もかもがおしまいだ。


 取引が成立する前に、豊野の奴をその記憶ごと始末する――。


「記憶と共に異界の地に眠れってか」


「……なに言ってるの? ちゃんと捕まえるのよ!! 捕まえて、武器を密輸しようとした罪を償わせるの!!」


「冗談だよ、ちょっと、格好つけて言ってみただけさ」


 俺はそれだけ言うと手の中の手綱を操ることに神経を集中させた。

 あぁ、なんだろう、イラついている原因が分かって来た気がする。


 この女、こういうシチュエーションでも、ちっともサービス的な要素が見当たらなくって、俺ってばそれでイラついてんだろうな。

 もっとこう背中にむにゅっとくるものがあればいいんだよ。

 それなら楽しい楽しい小旅行になっただろうによ。


「はぁ、おっぱいおっぱい」


「なによそれ!? セクハラ!? 訴えるわよ!? 刑事舐めてんの!?」

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