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50 母襲来

 いい加減に蝉の魂の叫びがうるさくて仕方ない今日この頃。

 仕事も余裕を持ってこなせており、宿題も夜に冬華に誘われたのでサボる事なくこなしていたので先日終わった。

 そんなワケでだらだらと暇を満喫していると、唐突にそれは訪れた。




「久しぶりねぇ、秋斗〜」

「か、母さん?!」

 

 チャイムが鳴り、夏希あたりが来たかと思って確認もせずに扉を開けた先には、我らが大上家の母、大上千秋がニコニコと笑って手を振っていた。


「最近顔出してくれないから寂しかったのよ〜?」

「あ、あー、悪い。色々立て込んでてさ」

「ふぅん?そうなんだ〜」


 チラと視線を巡らせながら頷く母さん。


 うわぁやらかしたぁ。

 そう言えば冬華の事何にも報告してねぇじゃん俺……怒るかな?怒ったら怖いんだよな母さん。

 さてどうにか誘導できないものか。とりあえず外に連れ出したいところだが。


「ちょうど良かった。俺も飯食いに行くとこだったし、母さんもどっか昼飯でも食いに行こうか。財布だけ取ってくるから待ってて」

「あらそう?でもね、その前にちょっとお邪魔するわよ〜」

「へ?あ、ちょっと待っ……たないですよねぇ…」


 まぁ誘導なんて出来るとは思ってなかった。

 冬華を超えるザ・マイペースの母さんだしなぁ。


『え、え、えっ?』

『あら〜、かわいい子ねぇ。ちょっと撫でても良いかしらぁ?』

『えっ、や、あのっ……きゃっ?!』

『か〜わい〜い!』


 リビングから聞こえる声に現実逃避がてら天井を仰ぐと、不意に方にポンと手を置かれた。

 振り返ると、見慣れた顔が4つ並んでる。


「ふふっ、いきなり正念場だね、秋斗」

「あづぁー……早くエアコン効いた部屋に行かせろー」

「おはようアキくんっ!連れてこられましたっ!」

「……バカアキ、あんた母さんに報告し忘れてたのね…」


 楽しげな春人。気怠げな夏希。ご機嫌な梅雨。呆れてる姉さん。

 梅雨の発言からして、恐らく母さんが巻き込んで連れてきたんだろう。

 そして姉さんの発言から予測すると、要件は恐らく冬華の事か。


 まぁそうだよなぁ。一人暮らしをさせてもらっといて、事情があるとは言え勝手に居候させてりゃ怒るわなぁ。

 いっつもニコニコしてる母さんは、怒ったら目だけ笑わない笑顔で淡々と説教する。

 あれ子供の頃からマジで怖いんだよな……反論しても理詰めで追い詰められるし。


「ほら、さっさと行こーよ秋斗ぉ。どーせ千秋さんのやる事なんて読めないんだしさー」

「いや今回はさすがに分かるだろ。怒られる心の準備くらいさせろ……!」


 夏希、お前は暑いから入りたいだけだろ。ちょっとだけ待ってお願い。


「えっ、アキくん怒られるのっ?!」

「そうねぇ。確率で言えばそれが一番高いとは思うわね」


 心配そうにする梅雨の頭を撫でながら、姉さんは苦笑いを浮かべる。


「どうですかね、千秋さんですよ?案外顔見に来ただけなんて事は……」

「「ない」」

「そ、そうなんだね……」


 希望的観測を呟く春人を姉さんと口を揃えて否定したところで、やっと気持ちが現実に追いついてきた。

 まぁ逃げても何の意味もないし、リビングで混乱してる冬華をほったらかしにするのもさすがに申し訳ない。


「よし、行くか」

「あ、あたし麦茶でいーよ?」

「……マジでその余裕を分けてくれ」


 普段なら肩の力を抜いてくれるくだらない応酬も、母さんの説教を前にしては効果は薄いらしい。あーやだなー帰りたいなーいや家ここかー。


「あら、やっと来たわねぇ。ほら秋斗、お茶くらい出しなさいよ〜?」

「あ、あのっ、私が入れますんで」

「……ふぅん、そ〜お?じゃあお願いしようかしらぁ。あ、もちろん秋斗も手伝うのよ?」


 リビングに入るやいなや、お茶の用意を命じられる。

 それにしてもさすがに6人も入ると狭いな。キッチンから眺めてるだけでちょっと暑苦しい。


「って……なんだこのスペース」

「秋斗の家なんだし、秋斗がソファに座れるようにね〜」


 お茶を持ってリビングに戻ると、テーブルを囲んできっちり座ってる母さん達。

 残る席……というかソファだが、一応二人用だけど小さめのソファだけが空いていた。

 ここに冬華と座れ、って事か。この為にお茶の準備に行かせたな……


 なんか高い所に座る気分になれない上に、おそらく説教の原因であろう冬華とくっついて座らされるのはどうにも気が乗らない。

 とは言えどうしようもないので座るしかないんだけどね。


「「…………」」


 冬華もやはり気まずいのか、なんともいえない沈黙を保ってる。

 ソファに座り、これから弁解をしないければならないので口を潤う為にお茶に口をつける。


「で、冬華ちゃんと結婚するのかしらぁ?」

「「ぶふっ!」」


 同じことを考えていたのか冬華も俺と同じくお茶でむせていた。


「げほっ、いや何言ってんの母さん!?おかしいだろ!」

「こっちの台詞よぉ?普通は秋斗から報告に来るところを、わざわざ来てあげたんだから〜」

「いやそこじゃない!てかそこについては本当にすんません!じゃなくて、結婚の前に付き合ってもねぇから!」

「え……じゃあまさか体だけのぉ……?も〜秋斗、何考えてるの!まったく、男の子なんだから!」

「こっちの台詞だ何考えてんだ母さん!?」


 開幕からロケットスタートだな!あとやっぱり俺の周りは話聞かないヤツばっか!


「まぁそれは冗談としてぇ」

「冗談……冗談にしちゃタチ悪すぎるだろ」

「今日は二つ、お話をしに来たのよ〜」


 にこにこと笑う母さんは、しかし少しだけ部屋の温度を下げるように纏う空気を変えた。

 やっと本題か、と溜息をつきたくなるが、同時にあまり見せない真剣な雰囲気の母さんに無意識のうちに背筋が伸びる。


 それにしても二つ、か。

 無断で居候させた件と、もう一つ?なんだろ、姉さん達を呼んだんだし、そこらへんが原因か?なんか怖いんだけど。

 

「あ、あぁ……で、話ってのは?」

「ひとつ目はね、謝罪なの」


 謝罪ね。ですよね。居候の件を謝れと。

 冬華もその答えに至ったのか、横で背筋を伸ばして顔を強張らせて待ち構えている様子だ。

 しかし俺は待ち構えはしない。経験則からして、ここは先手を打つべき!


「母さん、悪かっーー」

「ごめんなさい、秋斗」

「た!………え?」


 頭を下げると、俺の謝罪を跨ぐ形でテーブル越しに聞こえてきたのは母さんの謝罪。

 疑問符が脳を占め、つい顔を上げると母さんも俺と同じように頭を下げていた。

 視界の端では困惑した様子の志々伎兄妹と夏希、驚いたように目を瞠る姉さんがいる。


「……本当はもっと前から言うべきだったんだけどね。でも、きっと当時の秋斗には本当の意味で伝わらないと思ったの」


 普段の間延びする話し方ではない、真剣味を帯びた母さんの口調に、少し気圧される。


「秋斗には辛い事を押し付け続けてしまったわ。親として失格でしょうけど、それでも謝らせて欲しいの」

「………え?いや待って、何で?ちょ、とりあえず顔あげてくれって」


 口を開いて気付いた。今俺混乱してるわ。


 それを察したのか、母さんが顔を起こして俺を見据える。

 そこににこやかな笑顔はなく、口を一文字に引き締めていた。

 落ち着くのを待ってるのか、口を開こうとはしない。


 ふと見ると、姉さんは答えに至ったのか表情を変えていた。

 驚きか、申し訳なさか。なんとも言えない表情は、しかし姉さんらしくない弱々しさ。


 いやどゆこと?余計に混乱するわ。

 全然意味分からん上に、これまで『逃げてきた』相手にこんな表情されたら戸惑うだろ普通。


「……私も、謝るわ。ごめんなさい、アキ」

「っ、だからッ!何の謝罪だよ!?頼むからやめてくれよ2人とも!」

「……あ、秋斗?」


 どうやら俺は混乱どころか取り乱してるらしい。

 横から冬華が驚いたように呟いてるし、梅雨も目を丸くしてる。


 くそ、落ち着け、落ち着けって。あぁダメだ、落ち着いてくれない。むしろ荒れ狂ってる気すらする。


 そんな俺を他所に、母さんと姉さんは静かに俺を見据えて、同時に口を開いた。


「「お父さんの事よ」」

「……っ」


 言葉が詰まった。

 まさか、このタイミングでこんな話が飛び出してくるのは思いもしなかった。


 何年も触れなかった話題。

 母さんも姉さんも、何より俺自身が避けてきた、でも忘れられない過去。


 それを、今更、何で。


「秋斗が一番辛かったのに、守ってくれたのに。私の弱さのせいで傷つけてごめんなさい」

「アンタが傷ついてる時に、向き合えずに逃げてごめんなさい。傷つけて、ごめんなさい」


 母さんと姉さんは、そう言って静かに頭を下げた。

 

「………、な……っ」


 終わった事、辛かった、今更、逃げたのは、そんな事、やめて、分からない、なんで。

 頭の中がぐちゃぐちゃで、心の中はぐるぐるして、言葉は喉よりも手前の何かに詰まったように出てこない。


 唐突に、心の奥底から精神を撹拌させたかのようにぐちゃぐちゃだ。


 無意識の内に、助けを求めるように春人と夏希を見れば、春人は目を閉じて、夏希は静かにテーブルに目を伏せている。

 その横の梅雨は真剣な目で俺を見ておりーー気付けば逃げるように視線を逸らしていた。


「……っ、はっ……はっ……」


 静まり返る部屋に、俺の呼吸音だけが聞こえる。

 それもどこか遠くから聞こえてくるように、なんとも現実感がない。

 

 母さん達が謝る理由は、よく分かった。言いたい事も、伝わった。

 春人達が何も言わない理由も分かってる。ここは俺が、俺だけで答えるべき時だ。


 きっと。許せば良い、のだろう。


 目を逸らし続けてきた。触れずに避けてきた。何もなかったように、母さんと姉さんに接してきた。

 それは気にしてなかったからか?許せていたからか?


 いや、違う。そうじゃない。


 そもそも俺は謝られる立場だと思っていなかったんだ。

 俺のせいで家族が壊れた。

 そのきっかけに、誰も触れようとしないから、触れようとしないでくれたから。

 だから怯えながらも、俺も触れずに、何もなかったように過ごした。


 でも、心の中に根付き、積もり、増していく恐怖や罪悪感に耐えきれず、逃げた。


 なのに何で今?しかも何故俺が謝られてる?

 2人の謝罪を否定して、俺が謝れるべきじゃないのか?

 だがもしもそうすれば、2人の真剣な謝罪の行先はどこに向かえば良い?受け取るべきなんじゃないのか?


 だが、俺はそれを受け取る価値が俺にあるのか?




 パァンッッ!!



「っ!?」


 渦巻く思考をぶった切る乾いた音。

 反射的に顔をむけると、手を打ち合わせた体勢のままの冬華と目が合った。


「……えと、すみません、思ったより良い音が出ました」

「え……や、別に……」

「……はぁ。私だけ完全に置いてけぼりですよ。まぁそれは仕方ないとしても……」


 途切れた思考はそのまま動きを止めており、体まで固まってしまった俺に向けて、冬華は合わせていた手をまた開いてーー


「むぐっ?!」

「らしくないよ。落ち着いて、秋斗」


 俺の顔を挟み込んだ。

 唐突にも程がある奇行に、目を見開く。

 

「きっと今がすごく大切な時で、ここが秋斗にとって重要な場所になってるのは分かるよ」


 静かで、落ち着いた口調。

 毎日耳にする冬華の話し方そのままに紡がれる言葉。

 それは、止まった思考をゆっくりと導いてくれてるかのよう。


「でも、だからこそ肩の力を抜いて。いつもの秋斗みたいに自然体のままでいいの」


 彼女が常とする無表情に優しさが滲む。

 柔らかくも真っ直ぐな透き通った瞳は、荒れ狂ったり心を柔らかく落ち着かせてくれてるかのよう。


「……落ち着いた?それなら聞きたいの…」


 穏やかな雰囲気からスルリと困ったような気配を溢しつつ、彼女は上目遣いで首を少しだけ傾げた。


「ねぇ、何で今私ってここに居るの?場違いじゃない?どうしよう、ちょっと気まずいよ」

「それこそ今聞いちゃう?」


 せっかく良い事言ってくれたと思ったらこれだよ。なんなのこのマイペース娘。


「だって、話についていけないのに秋斗は1人で慌ててるし」

「いやそれは悪かったけど。多分普通なら後で聞くもんじゃないの?」

「じゃあこっそり簡潔に教えて?ほら、待たせたら悪いし早く早く」

「こっそりっておま……!はぁ……だいぶお前のマイペースには慣れたつもりだったんだけどなぁ」


 天を仰ぐ俺に構わず、冬華はただでさえ近かったのに更に詰め寄って耳を寄せてくる。

 いやね、今更こっそりもクソもないし。え、マジで今説明すんの?後じゃダメなの?


 でもまさかの母さん達も待ってるんだよなぁ。てか何気に梅雨も詳しくは知らない話だったなこれ。


「はぁ……簡潔に、ねぇ。まず昔父親がDV野朗になった」

「えっ……!」

「小学生の俺や姉さん、母さんは大人の男である父親の暴力に逆らえなかった」

「………そんな」

「だから鍛えて父親をボコボコにした」

「急展開?!」


 割と珍しい冬華の口を開いて固まる間抜けツラに、少し笑う。笑えたことに、少し驚いた。


「で、俺にボコボコにされた父親は逃げるように離婚した……暴力ばっかの父親の目を覚まして、ただ話がしたかっただけなのに、むしろ取り返しがつかなくなった」


「………俺が、家族を壊したんだ」


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