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15 宇佐冬華のミッション

「ぐあぁー……しんど」


 夜道を1人で歩いてると、体の重さのせいで思わず声が漏れた。


 夜まで春人がバレーの練習に付き合ってくれたワケだが、本当にひたすら春人との一騎打ちしかしなかった。

 コートの範囲を絞り、1人3回ボールに触れるルールのもとで何時間もぶっ通し。しかも相手は何でもこなす天才。そりゃもうボロ負けでしたね。


春人いわく「まずは勘を取り戻そうか」との事だが、そもそも小中学校の頃に授業で春人と敵対してやってたくらいしか経験がないのに勘もくそもないだろ。

まぁ確かに途中から慣れてきて少しは点もとれたけど、そうなるとまた春人が嬉しそうなツラでギアを上げてくるからタチが悪い。

 しまいには「毎日この練習でも良さそうだね」とか言うし。てゆーか今回は同じチームじゃん。連携とかの練習しないのかよ。


(絶対明日筋肉痛だわ……)


 久しぶりに本格的に運動すると体の鈍り具合を痛感するなぁ。軽い筋トレだけじゃ足りないのかね。

 そんな事を考えてる内にやっと自宅へと到着。いつもより長く感じた道のりに辟易した気持ちを抱えたまま、鍵を開けて扉を開ける。


「あ、おかえりなさい。遅かったですね」

「……あ、あぁ。ちょっとな」


 びっ…くりした。

 そう言えばバレーや体のしんどさばっか考えてて忘れてた。宇佐が居るんだった。

 帰った時に明るい部屋、美味しそうな匂い、「おかえりなさい」という挨拶。拭いきれない違和感とともに、なんとも言えない懐かしさが過ぎる。


「すみません、また冷蔵庫の食材借りました」

「あぁ、そりゃ構わんけど。そろそろ買ってきといた方が良さげ?」

「そうですね。ですが、その」

「金は払うわ」


 言いにくそうにしてる宇佐を先んじて言う。

申し訳ない気持ちは分かるけど、どうしようもない事を気にされても困るだけだ。なので、次に来るであろう謝罪よりも早く言葉を重ねる。


「そんな事はどうでも良いとして、俺明日からもしばらく帰りが遅くなると思うんだよな」

「でしたら私が買ってきますよ」

「悪い、正直助かる。重たいもんとかは教えてくれたら買っとくから」

「その時はお願いしますけど……多分問題ないと思いますよ」


 そう言えば宇佐って去年体育祭とかでも結構活躍してたっけ?なんか女版春人みたいな話が聞こえてきた気がする。

 実際のとこ春人とはかなり差があるだろうけど、まぁ体力も頭脳もハイスペックなワケか。それなら重たいといっても食材の範囲なら問題ないかもな。


「そか、了解。金は置いとくわ」


 財布から万札を一枚抜いてテーブルに置き、ソファに座る。それと同時にドッと疲れを自覚して深く腰掛けてため息が出た。


「お疲れなところすみませんが、2つ程お話したい事があるんですけど」

「あ…………はい」


 後にして、と言いかけて、宇佐が半分以上睨んでるような視線を向けてる事に気付いて慌てて飲み込んだ。

 2つあるのは分からんが、1つはもともと後回しにしてた話だし、さすがに逃げれそうにないから観念するかぁ。


「あれか?烏丸とのテスト勝負のことか?」

「勿論です。私の意見を聞かずに勝手にあんな勝負を受けるなんて」


 表情の分かりにくい宇佐らしくもなく、いかにも怒ってますとばかりに頬を膨らませる様子に苦笑いが浮かぶ。

 実は烏丸との勝負が決まった後、宇佐がそれを止めようと割り込んできた。その場はどうにか止めたワケだが、その怒りの矛先は俺に向けられたらしい。


「勝てるんですよね?それに、勝てないと私はどうなるんですか?」


 宇佐が心配してるのは、負けた事で『宇佐と関わらない』という罰を受けた場合に『居候が出来なくなるのではないか』という事だろう。

 まぁそれが勝負の条件だし、実感はともかく居候なんてかなり深い関わりだしなぁ。


「まぁそりゃ出てくしかないだろうなぁ」

「………………」


 学校では関わらないとか隠してれば良いって方法もなくはないかも知れないけど、それはあまりにも卑怯だし。

 そう思って告げると、宇佐は困ったようなーー気のせいだとは思うが、どこか寂しそうなーー表情で黙り込んだ。


 宇佐は温かい風呂に入りたいなんて理由で食事を作る事を条件に居候してるからな。ここを出て、水しか出ない実家に戻るのは嫌なんだろう。他に頼れる人が居ないから?


「でもよ、今は頼っても良いヤツが増えただろ?春人も夏希もきっと助けてくれるぞ」


 ただしそれも先日の歓迎会までの話。歓迎会で春人や夏希、姉さんや梅雨まで随分と仲良くなっていた。

 夏希ほど分かりやすくないまでも、割と内心では人を選ぶ姉さんや春人もかなり仲良くしてたところを見ると、あのメンバーにはかなり気に入られてると見て間違いないはず。

 正直1日であそこまで気に入られるのは驚きだったけど。あいつらの基準は長い付き合いの俺もいまだによく分からん。


「……そう、かも知れませんけど」


 歯切れ悪く言う宇佐は、俺に遠慮がちに、いやどこか拗ねるような視線を向ける。

 それに内心首を傾げていると、やはり遠慮がちに宇佐は言葉を続ける。


「ここから出ても……あの人達は助けてくれるんでしょうか?」

「…………は?」


 今度こそ訳が分からず疑問の言葉を溢す。が、宇佐は質問の口調にも関わらず返事は求めていなかったのか、目を伏せて黙り込んだ。

 しばしの沈黙の間、俺は宇佐の言葉の意味を考えてみる。


(ここから出ても……俺の部屋に居る事になんか意味でもあんのか?いや、たまたま成り行きで拾っただけだし、そうとは思えん。ましてやあいつらのよく分からん基準に関係するとも思えないし……)


 うん、やっぱ分からん。意味不明。

 そんな結論を出すと同時に、宇佐が顔を上げた。その表情は何かを決めたようなすっきりした、挑むようなそれだ。


「大上さん、明日の夜に少しお話する時間をください」

「え、いいけど。つかさっきのどういう意味だ?」

「鈍感でニブチンのあなたに言っても無駄です」

「てめ」

「ふふ。ではすみませんが先に寝ますね」

「はぁ……おう、おやすみ」


 おやすみなさい、と一言だけ残して、さっさと宇佐に貸した部屋へと入っていった。

 何なんだと思うも、まぁ明日の夜には分かるらしいから考えても無駄かと思考を振り切る。


「……俺も少し編集したら寝るか」


 先方にはしばらく仕事は難しい事を伝えてるので、今ある仕事を終わらせれば良いだけ。

 春人相手の練習を毎日やる以上、あまり時間も労力も残るとは思えないしなぁ。理解のある依頼者ばかりでありがたい。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 放課後の教室。

 私は、廊下に立って微かに開いた教室の扉の横にこっそりと立っています。


 何の為に?決まってます、盗聴です。


「ねぇ、志々伎君。志々伎君って大上君と仲良いよね?」

「あはは、どうかな」

「なんではぐらかすかは分からないけど、隠さなくても分かってるよ」

「仮にそうだとしても、そうだとは言えないんだよね」

「……なるほど」


 聞こえてくるのは、男子にしては高くて可愛らしい声と、落ち着いた優しげな声。

 球技大会で大上さんと同じチームの、かわいい男s――ごほん、河合大樹さんと、志々伎春人さん。


 昨日の昼休憩の時に、河合さんが志々伎さんに今日の放課後時間をくれないかと頼んでいるのがたまたま聞こえたんです。

 私の勘が高々と吠えました。これは大上くんの話だな、と。


 昨日の一限目のホームルーム、大上くんは見方によっては強情なまでに河合くんの意見をねじ伏せました。

その時の強引さや、周囲に言い聞かせるような話し方に違和感があったんですよね。

 私以外にも同じような事を思ったのか、なんとも言えない微妙な表情のクラスメイトもいましたし。


そんな中で仕方なさそうな、でもすこし悲しそうな表情をしている人が3人居たんです。

 

その1人が志々伎さん。あとは高山先生と、


「言えないっていうのは、根古屋さんもなのかな?」

「いーや、あたしは別にぃ」


 同じく教室の中にいる根古屋さんです。


「良かった。……というか、よくあの根古屋さんがこうして時間をくれたよね…」

「帰ろうとしたら春人に無理矢理巻き込まれただっての。それでも秋斗の話じゃなかったら無視してたし。てか発端のアンタがそれ言うかー?」

「あ、ご、ごめんね……でも、やっぱり根古屋さんも大上君と仲良いんだね」

「まーねぇ。周りいわく、腐れ縁の悪友らしいけど」

「あはは……志々伎君に根古屋さんか。すごい交友関係だね、大上君は……」


 それは私も思いました。2年生にして学校屈指の人気と知名度ですからね、このお二人は。


「んで?そんな話がしたかったんなら帰るぜあたしは」

「あ、あぁごめん。ちょっと大上君について聞きたい事があってさ……」

「まぁそうだろうな」

「うん……本人に聞くべきなんだろうけど、知っての通り全然相手にしてくれないし……」


 申し訳なさそうな河合さんですが、確かに大上さんの様子からして難しそうでした。

 それが分かってるからか、根古屋さんも反論はないようですし。


 そこで訪れた少しの沈黙を、志々伎さんが破ります。


「それで、何が聞きたいんだい?」

「あ、うん。なんで大上君ってあんな風に振る舞うのか聞きたくって」

「あんな風?」

「えっと、何と言えばいいかな……なんかこう、自分から嫌われ者になりにいってるような」


 それですよ。やっと私が盗聴してでも聞きたい内容に入りましたね。


 あの大上さんの言動は、私からすれば確かにそうとしか思えないものでした。

 ですが、そのメリットが分かりません。さらに言えば、退学しても良いという発言さえありましたし。


 残念ながら、きっと河合くんだけではなく私も聞いたところで彼は教えてくれないでしょう。

 そしてそれを知っているのは、本人以外ならこのお二人のはず。


 本来なら私自身が聞きたかったのですが、お二人や大上さんと関わりの少ない私に教えてくれるかは分かりません。お二人に気に入られた、と大上さんは言いますけど、その理由だっておそらく……いえ、それは後回しです。

そんな訳で悩んでましたが、ホームルームのこともありますし、河合さんならあるいは。


 そんな我ながら小賢しい考えで、私は今盗聴してます。

卑しい?知ったことではありません。どうしても気になるんです。人に迷惑をかけない範囲でなら、手段を選ぶつもりはありませんよ。え、掛けてます?


 何故かって?……そう、ですね。何故、なんでしょうか。

ただ、とにかく知りたいだけ、だと思います。ええ、きっと。


そんな事を考えていた時でした。

2つの小さな溜息が微かに聞こえて、一拍。



「それを知って、どうしたいんだい?」

「なんでそんな事を聞きたいんだよ?」



「ぅっ……!」

「っ……!!」


 思わず買った体が強張ってしまうような声が耳を叩きました。2人の目の前に居た河合さんからは小さく悲鳴が上がってます。

少し離れた場所にいる私まで思わず悲鳴が漏れそうになる程の、威圧感のある声でした。


 遅れて鳥肌が立ち、元に戻るどころか未だに背中がゾワゾワします。沈黙が痛い、とこれほどまで痛感した事はありません。や、この人達怖すぎません?


「……お、大上君は恩人、なんだ……!悪い噂ばっかりだけど、そんな人じゃ、ないはずだよ……!だ、だからその噂を消したいんだ…」


 そんな空気の中で、河合さんが声を詰まらせながらも言い放ちました。

 すごいですね……かわいいけどやっぱり男子なんですね。


 しかし、返ってくる言葉に彼は黙ることになります。


「あのな。噂はウソじゃないぜ」

「っ……!!」


 根古屋さんの冷たい声。空気の重たさが止まることを知りません。


「考えてみ?真っ赤なウソなら、春人のやつがほったらかしにしてると思うか?」

「……それは…………、っ!」

「おっと……行っちまったか」


 バタバタと足音が聞こえたかと思うと、勢いよく私のすぐ横にある扉が開かれて河合さんが飛び出していきました。

 手を必死に振って走る彼は、私に気付かないまま廊下を駆け抜けていきます。それにしても、走り方かわいいですね……今言う事じゃないでしょうけど…


「――それで、宇佐さんはなんでこの話を聞きたかったのかな?」

「はぁ?」

(っ?!)


「何言ってんだ春人……いや、そーゆーコトね」

(え、ウソウソ。ちょっと待って。ずっと物音立てずに立っていただけですけど私。バレる要素ゼロのはずなんですけど。なんでなんで)


 そんな私の考えをゆっくりと否定するかのように、静かな足音が近づいてくるのが聞こえてーー


「やっほー宇佐さん。いきなりだけどアドバイスしとく。春人相手にかくれんぼは辞めといた方がいーよ?」

「……はい、以後、必ず、絶対そうしますね」


 ニカッと、綺麗な顔立ちでありながら無邪気な可愛らしさが滲む笑顔で根古屋さんが私の肩に手を置きました。

 そんな同性でも見惚れるような笑顔に、しかし私は肉食獣を前にした草食動物の気分にしかなれませんでしたが。なんかもう怖いんですよこの2人。


「まーまー、ちょいと入りなよ。宇佐さんが良いならだけどさ」

「……えぇ、そうします」


 そうは言ってもここで逃げては意味がありません。

エスコートするように肩を優しく押して促す根古屋さんに逆らわずついていきます。そのさりげなさや立ち振る舞い、この女性ちょっとイケメンすぎませんかね?


「……で、春人よぉ。いつから気付いてたんだよ?」

「最初から、かな。しいて言うなら、昨日の昼休憩からだね」

「はぁ?はっ、相変わらず意味分かんねーわお前」


 ついていけないとばかりに軽く笑って肩をすくめる根古屋さんですが、私は全然笑えませんよ。

 河合さんとの昼休憩の会話が私に聞こえて、それで盗み聞きする為に隠れていることをあの時点で予想していたという事……ですよね。


 いやちょっと高校生の域を出ているというか、ほんのり人間辞めてませんか?

確かに大上さんの言うように、ある種のボケですよこれ。普通じゃないです、ツッコミ待ちですよこんなの。しかもツッコミ辛いですし。


「それより、宇佐さん。聞きたかったのは河合くんと似た内容だとは思うんだけどーー宇佐さんはなんでそれを知りたいのかな?」

「……!…………」


 先程と同じ威圧感。思わず身構えて、逸らしたくなる目を根性で固定して……ふと気付きます。それからは、不思議とさっきよりも怖くありませんでした。


 それはきっと、目の前の志々伎さんの表情のせいでしょう。


(……やっぱりですか)


 疑問だった点、そうじゃないかなと思ってた点が繋がり、おかげで肩の力が抜けました。


「……そうですね。ムカつくから、ですかね」

「え?」


 あれ、志々伎さんの目が丸くなっちゃいましたね。

そんなに意外でしょうか?勝手な予想ですが、あなたや根古屋さんも似たような思いをしていると思いましたが。


「……あの人、勝手に助けといてほったらかしですよ?自分は借りを返させろとか言うくせに、こっちからは受け取ってくれませんし。ちょっと身勝手すぎませんか?」

「………」

「しまいには勝手に勝負受けて追い出そうとしますし。いえ、それ自体は別に良いんです、もともと無理を言って居候まがいの事をさせてもらってますし。ですけどきっとあの人縁を切ってこれまでもらった恩のお返しも受け取る気ないですよね?ムカつきもしますよ、そう思いませんか?」


 一息に吐き出すと、ポカンとしてる志々伎さんと根古屋さん。あれ、話聞いてますか?


「……それだけです。もしかしたら、仲の良いお二人からすれば腹立たしい理由かも知れませんけど」


 さて、言いたい事は言いました。

 そういえば威圧感はいつの間にか消えていましたね。まぁあんな『期待するような表情』で威圧感を出されても、怖いというより腹立たしいだけでしたが。


 私をーーいえ、大上さんに踏み込もうとする人を試したんでしょうね。それでいて、そんな人を待ってる、のかも知れません。

 

 それにしても、もう話す事はないんですけど……いつまでこの沈黙は続くんでしょうか。


「……ぶフッ」


 と思いきや、それを破ったのは根古屋さんでした。


「あは、あはははははっ!宇佐さん、なになに、そんなキャラなの?!」

「どんなキャラか知りませんが、私はこういう人間です」

「あははっ!すっごい面白いじゃねーか!絶対秋斗が苦手なタイプだこの子!あはははははっ!」

「それ、多分褒めてないですよね」

「ふふっ、あはははっ……いや、とても褒めてるよ宇佐さん。ふ、あはははっ!」


 え、っと。なんか根古屋さんだけじゃなく志々伎さんまで笑い出したんですけど。

 さっきの威圧感なんてどこへやら。2人してツボに入ったように笑いの勢いが増していく一方。どうしろと。笑えば良いんですかね。


「えっと……そこまで笑われると普通に腹立たしいので、今すぐ止めてくれませんかね?私、大上さんほど優しくないので普通に怒りますけど」


 そう言って止めようとしたら、何が琴線に触れたのか、逆にもっと笑い始める2人。


 はぁ、大上さん。多分初めてですね、あなたに共感したのは。

 この2人、確かに腹立ちます。


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[良い点] 毎回読み応えある内容で面白いです。最後まで頑張って下さい
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