13 一難去らずにまた一難
球技大会のチーム分けを終えて時間が経ち、昼休憩になった。
一時的に変な空気になった教室も春人のおかげでいつもの賑やかさを取り戻してる。そんな賑やかさから逃げるように席を立った。
「秋斗ぉ、どこ行くんだよー?」
「ぅげ……」
素早く立ち去るつもりだったのに読んでいたように先回りして扉に寄りかかる夏希。
話しかけられると同時に教室中――主に男子――からの視線が突き刺さり、無意識の内に溜息がこぼれた。
「話しかけんなって……」
「却下だっつったろー?」
小声で訴えかけるもサラリと受け流された。結局またズルズルと一緒に居るパターンか、と再び溢れる溜息。最近溜息増えた気がする。
視線も痛いし、とりあえず教室を出るか。夏希が寄りかかる扉を掴んで開けようとすると、それよりも僅かに早く扉が勢い良く開いた。
「おっと」
予想外のタイミングで扉が開いたことで少し体勢を崩れかけた夏希を見た訪問者が、目を丸くしながらすぐに綺麗な角度で頭を少し下げた。
「おや、これは失礼した!根古屋さん、怪我はないかな?」
「あぁ、大丈夫」
素っ気ない夏希に訪問者は「それなら良かった!」とハキハキとした話し方で告げ、会釈だけしてすぐに教室へと足を踏み入れる。
その姿を目で追う夏希を見ていると、視線に気付いた夏希が何?とアイコンタクトで返してきた。その視線を受けて、俺は訪問者へと視線を向ける。
「こいつ誰?」という意味を正しく受け取った夏希が耳元に少し近付いて口を開く。
「あぁ……烏丸な。自分の価値観が第一で、素直を通り越して愚直。まぁいわゆる変わり者だな」
「ふーん。その手のやつは2組に入れられると思ってたわ」
「教師からすりゃ扱いやすい秀才だからな。生徒からの評価とは違うんだろ」
秀才っつーと、頭は良いのか。
そんで生徒からは微妙な評価ってことね。簡単な説明だから細かくは分からないけど、価値観がどうこうってとこが引っかかってるとかかな。
せっかく秀才な上にクールな感じの綺麗めな顔してるのに、あんまモテないのかな。
てか今気付いたけどえらい見られてない?てか睨まれてる。
何故?と思って夏希に聞こうとすると、夏希の顔がすぐそこにあった。あぁ、これか。
(………またやらかした……夏希が距離感近いのに慣れすぎてるんだよな)
いつも近いから気にしなかったわ。気をつけないとなぁ。そう思いながらそっと距離をとると、集まる視線が減っていった。
なんかこういうのめんどくせ、と何度目か分からない溜息をついていると、キョロキョロと人を探していた訪問者――烏丸が目的の誰かを見つけたらしく目を少し見開いた。
なんとなくその視線を追おうとして、烏丸の視線が今なお動いている事に気付く。しかも、だんだんと俺の方に。
「あの、大上さん。弁当ありますよ」
烏丸の視線がほぼ俺と重なるかというタイミングで、今度は夏希と反対側から小声で話しかけられた。ちなみに今の烏丸は掛けている眼鏡からはみだしそうな程目を丸くしてる。
またもや面倒くさいことになりそうな予感を振り払い、声の方に視線を向けた。
「宇佐……学校で話しかけるなって言ったろ…」
「でもお弁当渡さないといけませんし」
「家で渡せば良かったろ?いや弁当はありがたいし、小声なのも一応は助かるんだけどさ」
弁当持ってきたなどと周囲に聞かれたら絶対ややこしい事になるし。でもこの空気の中で言わなくてもいいじゃないすか……
しかも何で今手渡そうとするの?小声で伝えた意味なくない?「一緒に食べますか」とか言いながらもう一個の自分の弁当見せてくるの辞めてくんない?
「や、やぁ、宇佐さん!いやぁ久しぶりだね!」
頭を抱えたい衝動を我慢してると、烏丸も我慢の限界が来たのか宇佐へとーー宇佐だけに話しかけた。俺はスルーの方向でいくらしい。正直助かる。
「最近は勉強に力を入れていてね!あまり来れなかったし、お話が出来なくて寂しかったかな?ごめんね!元気だったかな?」
わざとらしいくらい明るい口調で話す烏丸に内心感心する。
宇佐の悪評が広まり、かつ猪山達が周囲を牽制してる状況で、こうもフレンドリーに話しかけれるとは。猪山達を恐れていないのか、悪評すら関係ないという気持ちの強さか。
おまけに先程夏希へと謝罪の後も、他の男子と違って「あわよくば」とばかりに話を長引かせずにすぐに離れた事もだ。
それに加えて、今のこいつの嬉しそうな顔、他のクラスまで宇佐目当てでわざわざ来る事を考えるとーー
「はっはぁ、分かったぞ。なぉ夏希、烏丸って宇佐のこと好きなんじゃね?」
「……それ、学年どころか学校中が知られてるから。多分知らないの秋斗くらいだろ」
渾身の推理を夏希に小声で伝えると、ものすごい呆れられた顔で見られた。
俺と夏希の間の空気が固まる。その間も健気に話しかける烏丸の声だけが俺達の耳を通り抜けていった。
「……あの、烏丸さん。後にしてもらえますか?」
「おっと、拗ねてしまっていたか!申し訳ない!これからは定期的に来るから許して欲しい!」
「違います。とりあえず、今は帰ってください」
「はは!これは重症みたいだね!まずはゆっくり機嫌を良くしてもらおうかな!」
……いや聞き流すにしては印象強すぎるなこいつ。
それにしてもすげぇメンタルしてんな。迷惑そうな宇佐に構わずどんどん距離を詰めていく。圧のある眼鏡だなぁ。
まぁ俺としてはナイスタイミングなんどけども。宇佐と烏丸に視線が集まる中、そっと素早く宇佐の手から弁当をいただく。どさくさ紛れ作戦成功。
「あの、今は大上さんに話しかけてるんで」
「……はい?大上?」
あれ、作戦の意味は?つかここで話振るか普通?
宇佐が俺の方を向き、それを追うように烏丸も俺を見る。そのまま手に持つ弁当へと視線を移して目を細めて……どこの小悪党だと言いたい顔で俺を睨んできた。
「まさか、この、底辺のクズに、かい?」
心底見下しているといった視線。陰口や、たまに直接罵声をぶつけてくるヤツは居るけど、ここまであからさまに態度や言葉に表すヤツも珍しい。
「こんなド底辺に、なんで宇佐さんともあろう人が話しかけるんだい?あぁ、なるほど!この底辺に注意をしようとしたんだね!」
まぁ、分かりやすいヤツは嫌いじゃない。こうもはっきり言われるといっそ清々しいし、なんならちょっと笑える。
そして理解したわ。これが夏希の言ってた『自分の価値観が第一』って部分か。確かに生徒からは良い目で見られないだろう。
「でも、宇佐さんがそこまでする必要はないさ!放っておきなよ!関わるだけ損さ、こんな底辺なんてね!」
「うるさいです」
彼女の冷たい美貌をそのまま冷気に変えたような声音と視線をもってスラスラと回る下を一刀両断した。
猪山の恫喝や根津の粘着質な圧力などとは比べ物にならない。夏希の鋭い威圧に匹敵する冷たい迫力に、烏丸はもちろん教室中が凍りついたように停止した。
「う、るさい?」
「はい。今、私は大上さんに話しかけています。邪魔しないでください」
……どうやら、宇佐は怒ってるらしい。
横で楽しげに肩を震わせている夏希はスルー。今そこに触れると収拾がつかなくなる気しかしない。
では宇佐はというと……俺だって怖くて話しかけれねぇわ。
「……は、はは」
音の消えた教室の中。
絞り出したような乾いた笑い声をこぼしてから、メガネは再び俺を見てきた。
「……おい、底辺くん」
「なんだ?」
「貴様、宇佐さんに何をした?」
うーん、なんとなくそんな感じの事を言うとは思った。なんとなくそうかなとは思ってたけど、こいつ典型的な人の話を聞いてない、もしくは自分の感性に当てはめ直すタイプだわ。
となれば、利用しない手はない。
俺の考えを読んだのか、先程まで笑いを堪えていた夏希が目を見開いて勢いよく俺を見る。それに首肯で応えてやると、予想外な事に夏希は止めようと俺の口を塞ごうと手を伸ばしてきた。
「ちっ、秋斗待っ――」
「いいから。頼む」
その手を掴んで笑いかけると、夏希は「ぅぐ」と女子らしからぬ呻き声を最後に黙り込んだ。自由人のこいつがこうも簡単に退くのは不思議だが、大人しくしてるくれるなら良いか。
「話を聞いているのか?!しかも根古屋さんに手を出そうとして!最低だな君は!」
明らかに夏希が先に動いたんだけど、こいつの『価値観』はあくまで俺が悪なんだろう。
目の前の事実よりも優先される思考により曲解を導く。こういう奴には言うだけ無駄だ。
「悪い悪い。で、宇佐に何したかだったっけ?見て分かるだろ?」
そう言って烏丸に見せつけるように目の前で弁当を軽く左右に振る。すると、案の定烏丸は『曲解』を導いてくれた。
「そうか……宇佐さんを脅して弁当を作らせたのか!最低だな貴様は!噂に聞いていた以上だ!」
真っ直ぐに俺を睨み、見下す烏丸の顔はクールな秀才とは思えないものになってる。
その代わりに好青年ぶりはちょっと残念な感じになってるけど、まぁ小悪党感のある顔も意外と似合ってるし言わないでおく。
「噂か。有名になったもんだな。ちょっと恥ずかしいわ」
「そうだね!恥じるべきだよ!」
ひねりのない、勢いのある返し。
……個人的には嫌いじゃないタイプだ。やばいこの空気感で笑っちまいそうだわ。
「何を笑ってるんだ!」
やべ、もう笑ってた。「悪い」と謝ってどうにか真顔に戻す。
「我慢ならないよ!こんな底辺を宇佐さんが気にかけるなんてね!」
「だよな。ぜひ宇佐を止めてやってくれ」
「さんを付けるんだ底辺!」
「宇佐さん」
「よろしい!」
「ぶふっ」「ぶふっ」
我慢出来ない……!てか俺と同時に夏希も吹いてた。
「笑うな!ちっ、全く腹立たしい男だな」
「そう言うなよ。俺はお前の事嫌いじゃないぞ」
「やめろぉっ!寒気と悪寒と嫌悪感が走る!」
打てば響くなぁ。しばらくやってたい。
「……それならば、信じてはいなかったけど、あの噂も本当だという事か」
「ん?どの噂だよ?」
「高山教諭と禁断の関係を築いているという噂だ!」
「………はぁ?」
烏丸の反応で楽しんだり、禁断の関係って言い回しを会話で使うの珍しいな、とか言ってる場合じゃない。
――全く身に覚えがない上に、恩人の高山先生に迷惑がかかる、最悪の発言だ。
一瞬即座に拳を握り締めてしまったが、いち早く理性がそれよりも良い方法を訴えたことで、その拳を振りかぶる事はなかった。
「……ふざけんなよ。俺があんな美人とよろしく出来る男に見えるか?」
「見えないね!」
あぁ、相手がこいつで良かった。
単純、愚直。俺を見下し、ついでに声がデカい。こいつを使って火消しをして、そのまま撤回させれば良い。
「だろうよ。メガネのくせにくだらん噂に振り回されんなよ」
「メガネは関係ないだろう!だが、貴様が高山教諭を脅しているならば辻褄は合う!」
「合わねえよ。アホかお前は、今すぐメガネ外せ」
「メガネは関係ないだろう!!」
くそ、反応が好みのせいでイマイチ真剣になりきれない。とは言え、この件はこの場で潰しきらないと。
しかし烏丸の『曲解』は『俺が脅す』方向に導かれた。それだと別の形で先生に迷惑が掛かる。あの完璧教師がこんな嫌われ者に脅されたなんて汚点にしかならない。
「お前の勘違いだっつってんだろ。こんな俺でも敬意を払う先生くらい居るってだけだ」
「信じられないな!君は宇佐さんも脅してるじゃないか!」
あーなるほど、宇佐への誤魔化しが仇になってたのか。ちょっと不味いな、一度こうだも思われると、言っても聞かない厄介さしか残らない。
(……仕方ない。あんまりやりたくはないけど、背に腹は変えられんか)
夏希、春人。助けてくれ。
そんな意味を込めて2人に視線を向ける。
「………………」
あれ?おい、夏希。なんで怒ってんの?ほっぺパンパンだよ?
「………………」
ちょ、おい、春人。なんで「そうなんだね」みたいな微笑ましい顔してんの?
(待て待て、こいつら肝心な時に手伝ってくれないのかよ!)
「底辺!次の中間試験で僕に負けたら学校を去れ!」
「……え、ごめん聞いてなかった。もっかい言って?」
「底辺!次の中間試験で僕に負けたら学校を去れ!」
「……あ、ごめん。ちょっと耳が……もっかい言って?」
「底辺!次の中間試験で僕に負けたら学校を去れ……ってさすがに聞こえてるだろう!何回も言わせるな!」
いや愕然としてて聞いてなかった。1回目だけ。悪ノリしたら3回も言ってくれるあたり、基本的に律儀というか真面目なヤツなんだろうなぁ。
それにしても、よく俺って退学を薦められるよな。みんなどんだけ学校に居て欲しくないんだ。今日だけで2回目だぞ、すごくない?
しかし2つとも勝負するとなると面倒すぎる。烏丸の方だけでも上手く切り抜けたいところだな。さて、試してみるか。
「……いや、さすがに退学は重いだろ?宇佐と高山先生と二度と話さない、関わらないとかでどうだ?」
「さんを付けろ!……して、続けたまえ」
「はいはい。お前は俺が宇佐、さんと話したりすんのが気に食わねえんだろ?あと高山先生を脅してるのとか」
脅してないけど、こいつの『曲解』に合わせて話をしないとどうせ無駄口を挟んでくるからここは合わせておく。
「なら、そこらへんを賭けの内容にしてくれ」
さて、どうだ?こんなんで退学とかはさすがに割に合わないしここらへんで納得して欲しいんだが。
烏丸は俺が気に食わないから『曲解』まで用意して絡んできてるんだ。だったら、こいつが絡んできた理由をそのまま条件にすれば良いと思うんだけど。
数秒ほど黙って悩んでいた烏丸はひとつ頷いてみせた。
ふぅ、良かった。まぁこいつも冷静になって退学はやりすぎだと思ったのかも知れない。多分根はそこまで悪いヤツじゃなさそうだし。
とは言え、もうちょいふっかけつつ、一応棚ぼたで勝った時の話もしておくかね。じゃないと本当にただの無駄骨だしな。
「んで、俺が勝ったら?」
「あり得ない!」
「そうかも知れんけど、それ言われたら賭けが成立しないだろ」
「む、そうか。ならば、君が宇佐さんと話す価値があると認めてやろう!」
い、いらねぇ。どんだけこいつの中で宇佐は価値が高いんだ。拗らせてる猪山並に好き過ぎだろ。
「いらんわそんな許可。それより、高山先生とのくだらない噂を完全に消せ。さすがにあんな美人で優秀な教師にそんな噂があると可哀想だろ?」
「全くだな!……確かにそうだな、あの女傑がこんな底辺に脅されるなんてあり得ないか」
「お?気付いてくれたか。んじゃその噂が嘘なのを取り消してくれるなら勝負を受けるって事にしようかな」
何故か急に話が良い方に転んだぞ?ラッキー。
「せこいな君は!ただ、そうだな。僕も高山先生に失礼な事を言ってしまったからね。どちらにせよ噂は消すよう尽力しよう。しかし、僕が勝てば2人には話しかけるなよ!」
「あぁ、もちろんだ」
よっしゃ!勝ち負け関係なしでふざけた噂が消してくれるのは助かった。ここだけは押さえておかないとヤバかったし、無条件でクリアなら文句なしだ。
ふっかけてみるもんだな。烏丸が単純で根が素直なおかげだろうけど。
「底辺の君になんぞ負ける訳がない!むしろ次こそは僕が学年首位に立ってみせよう!」
「おぉ、すごいな。頑張れよ」
「ありがとう!」
「おう。………で、メガネは普段何位くらいなんだよ?」
「貴様如きでは僕の事は知らないか!学年3位の烏丸紫苑だ!覚えておくんだな!」
「ほっほー……マジか、すごいじゃん」
「ありがとう!」
秀才ね……いやマジで秀才だったわ。さて、学年3位相手か……
うん、勝てないなこれ。前提条件変えてて良かったぁ。
感想、誤字報告ありがとうございます!m(_ _)m
嬉しさとテンションでもう一話書き上げ終わってしまいました…!




