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悲しきかな底辺薬師



 ライヒェンのギルドは、色々足りていないと思う。


 何度か使いで行ったことのある王都のギルドと比べるからいけないのかもしれないが、建物は古いし、掃除はしてあるけれど、良く見ればあちこち補修してある。


 ギルドの職員も少ない。たぶん正式な職員は10人もいないんじゃないだろうか。

 有事の際はギルドの登録者に頼りきりだ。薬師の手が必要ならばわたしにも召集がかかると最初に説明されている。


 依頼や問題が少ないからなのか、それとも領地からの支援金が少ないのか。

 わからないけれどティオーヌが奮起したくなるのもわかる気はする。


 普通のギルドならば酒場が併設されていたりするのものだが、ここにはそれもない。というか、たぶん酒場に続いていただろうと思われる扉は固く閉鎖されている。おかげで、酔っ払いなんかに絡まれたことはない。そういう意味では安全だけれど、人も情報も集まる酒場がないと活気に欠けるのも確かだ。







「酒場なぁ……、爺さんが切り盛りしてたんだが、何年か前に辞めちまったんだ」


 納品の確認をしてもらう間の雑談として話題にしてみたら、ダリウスが教えてくれた。


「新しいギルド長が『酒場なんてクズの集まる場所だ、ギルドの酒場で問題が起きる前に閉めろ』って命令してきてなぁ……。爺さんが怒っちまって大変だった……」

「え?でも、ここギルドですよね?それをギルド長が…?」


 わけがわからなくて目を丸くしていると、「あー…」とダリウスがちょっと遠い目をした。


「ギルドってぇのは、基本は平民主体だろ?」


 魔石鉱脈がオルカディスで見つかった際、国は領都からやや離れた場所に転移門を設置した。そこは人と魔石の流通の場として栄え、ライヒェンという町を形作り、やがて商人たちがギルドをつくりたいと願い出た。


 王都からの人も物も溢れかえって大混乱の中。そんなときにギルドをつくりたいという希望は領都側にとっても都合が良かった。だが、その商人たちは王都の息がかかった人間だった。

 気づいた時には既に時遅し。ライヒェンのギルドは国の意向を汲む組織となっていた。


「魔石が採れなくなったせいか、ほとんど手を引いたけどな。ギルド長だけは別だ。王都に屋敷を持っていて、たまにしか来ねえ。また鉱脈が見つかったときのためだろうが、後生大事に代々引き継いでいるやがんだ。名ばかりのギルド長ってぇもんだから、酒場なんて無くていいとか平気で言っちまうんだよなぁ」


 これだからボンボンは困る、と顔を歪めて言い切ったダリウスは確認し終えた蜜飴を箱に戻し始めた。

 説明しながらも淀みなく仕事ができる男だ―――――じゃなくて。


「………あんまり聞きたくなかった………」


 底辺領地の落ち目ギルド……さらにその下があるなんて誰が予想できるだろうか。

 このギルドがいまいちパッとしないのは、肩書だけのギルド長が現状もわからずあれこれ口出ししてくるせいもあるってこと?


 ……確かにそれは嫌だろうな。


 現場を知らず、書物を読んだだけで出来る気になっている上役ほど役に立たないものはない。

 ―――――と、先輩がブちぎれてたことがある。「理論上可能だけれど現実に実現不可能な要求をしてくる知ったかぶりの頭でっかちのバカクズども」とか言ってたっけ。


 口の悪い先輩を懐かしく思っていたら、ダリウスが更なる発言を落とした。

 

「もっと言えば、うちは領都の古い貴族からも嫌われてんぞ。昔の恨みとかあるんだろうな」

「ええ?でも、ティオーヌさんは貴族に蜜飴を販売しているんですよね?」

「そりゃ若い貴族相手だ。一定の年代以上とか、固く教育されてたりすると無理だ」


 これ以上ないと思っていたら、更にその下が存在するだと……!?

 どんだけ問題抱えているんだよっ……!

 

「えっと…、そういう話、わたしが聞いちゃってもいいんですかね……?」


 こんなところで話しているくらいだからみんな知っている話なのかもしれないが、わたしは新参者である。できれば浅いお付き合いで旨いところだけ攫っていくような関係でいたい。


 そんなわたしの願いなど当然知らぬダリウスはニッと口角を上げて笑って見せた。


「まぁ、ただの愚痴だと思って聞き流してくれ。うち(ギルド)で、小奇麗な格好した集団が我が物顔でうろついていたら、ギルド長が顔出しに来てるんだなって判断できればいいからよ」


 面倒そうなので、遭遇したくない。

 今度から、窓の外からギルド内を確認してから足を踏み入れることにしよう。








「ところで、薬関係の依頼はありませんか?」


 無事に納品が終わったので尋ねてみたのだが、ダリウスは渋面をつくった。

 書類をめくり、トントンと指でこめかみ辺りを叩く。


「花蜜を売ってほしいって依頼はあるが、相手の素性が知れてねぇからなぁ……。前あった害虫駆除は取り下げられてるし…。お、南の森に魔蟲が出るってヤツの調査依頼があるけど、どうだ?」


 わたしはゆるりと頭を横に振った。ダリウスに視線を固定し口元には笑みをたたえ、目だけで訴える。



 薬師の仕事を寄こせ。



 口に出すと厚かましくなるので、ここは奥ゆかしくいこう。

 強面のおっさんでありながら人の機微を読むのに長けているダリウスは、何も言わず再び書面に向き直った。


「……嬢ちゃん独自の薬とかありゃあ話は別なんだが…」

「はぅっ……!」


 痛いところを突かれたっ……!

 思わず胸を抑えて項垂れる。


 そのとき、ダリウスの頭上がゆらっと揺らぎ、イルメルダの姿が現れた。


 相変わらず擬態能力が凄い。周囲に合わせて擬態する魔獣がいるとか魔獣バカが言っていたことがあるけれど、イルメルダは間違いなくそちらに分類されると思う。


 それはさておき、そんなイルメルダがわたしを見据え、こてりと首を傾げるその風情。

 まるで、ヤる?ヤっちゃう?と訴えかけているよう―――――いやいやいや、まさかねぇー。

 ……と、思っていたら、ダリウスを見下ろしながらイルメルダが細い脚をすり合わせ始めた。


 まさしく、酒場で傍若無人な酔客相手にバキボキ指を鳴らす用心棒の如く……!


 ブンブンと勢いよく首を横に振った。


「どうした?嬢ちゃん」


 訝し気にダリウスが聞いてくるが、それどころではない。ぷるぷる、ぷるぷる、頭を振る。

 わたしの様子をじっと見つめていたイルメルダだったが、必死の様子に気持ちが通じたのか、やがてその気配は揺らぎ、ふぅっと空気に溶けて見えなくなった。


 こんな些細なことでいちいち昏倒させられてはたまらない。

 そのうち、「魔蟲のルインと接触すると気を失う」とか言われて危険人物に認定されちゃうぞ……!

 バカバカしくも現実に訪れる可能性のある薄ら寒い未来は置いておいて。


 はぁぁ――――っと息を吐いた。



 ……おっさんもイルメルダも悪くないのだ。

 ただ、わたしが図星を突かれてショックを受けただけなのだから。



 薬師として致命的なことに、わたしには売りに出せるレシピが無い。


 学園の薬師科……そこでは、器具の扱い方や傷薬などの基本的な薬のつくりかた、材料の採取方法、保管方法、薬効、薬師の在り方、決してやってはいけないこと等を叩きこまれる。

 要は、本当に基本中の基本。

 裏を返せばそれ以上は教わることなどできない。まぁ、その最低限の授業内容を叩き込まれるだけで数年かかるから余裕なんてないせいもある。


 才能と運と金があれば未知のレシピを作り出したり、古代のレシピを復元させたりするだろうけれど、普通は師の元や職場で何年も働いてレシピを受け継ぐか、金を貯めてレシピを買い取るのだ。


 わたしが就職したのは、何人もの薬師を抱える商会だった。

 王宮の研究棟とは比べ物にはならないが、それでもしっかりした研究室なんてあって、わたしのような弟子がたくさんいた。その分、色々煩わしいことも多かったけど。

 神子様の治癒術人気で職を失わなければ、仕事をして給料をもらいつつ、薬のレシピを得ることができるはずだったのだ……。


 就職先決まったからって、魔獣大好きバカの研究とか手伝うんじゃなかった……!

 報酬に釣られてつい……!




 後悔先に立たずとはこのことである。



 思わず、ぐぬぬと唸ったが、安心してほしい。唸り声が周囲に漏れたりはしない。

 ポイントは、顔は笑みを保ったまま、奥歯を噛みしめて喉の奥で低く唸ること。

 思う存分叫ぶのは家に帰ってからで十分。


 たぶん心配そうな蜂に囲まれるけどな!




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