64.贖罪
国名がそもそも解らない勇者さん
勇者を殺しては居ないが、退けたという事で、一旦いつもの生活に戻ることになった。ただ、マリーにだけ依頼があった。どうやら勇者は国から出ていないようだというのだ。国境の関所などを見ても通行記録がないらしく、ソルデ領で冒険者登録をして其処で活動しているようだという。特に大きな騒ぎは起こっていないが、いちゃもんを付けてソルデ最強の冒険者が瀕死になるような決闘をしたらしく、出来れば早めに出て行って欲しいと要望があるとの事だった。
仕方なく皆が学園に行っている間、私はギルドで待ちぼうけする羽目になった。勿論黒曜も付いてきている。
4時間ほど待つと、レメトゥスがダンジョンから戻ってくる。そこに私は声を掛けた。
「なあ。国から出ろって言ったよな?」
私を見ると、レメトゥスは身構えながらも鬱陶しそうに返事をする。
「だから出ただろうがよ!」
「出てない。此処はトルクス国のソルデ領」
「…は?」
「だから国内なんだって」
「ソルデ国じゃなかったのか…」
まあ召喚されたばかりだ。地理に疎いのは仕方がない。
「ダンジョン都市がいいならシグニスにだってあるだろ。アデネラ領なんかもそうだし。悪いけど、お前はこの国から出禁喰らってんの。他所で活動してくれ。ファムリタも持って帰れ」
「チッ…解ったよ」
少し足を引き摺っているのはボスにでもやられたのか。早く出て行って欲しいからこっそりヒールを掛けた。
意外とアッサリ引いたけどあれか。強いやつには逆らわない、みたいな弱肉強食の世界から来た、なんて事はないよなあ…。ま、お仕事は終わりだ。とっとと学園に戻ろう。黒曜と一緒に転移でクラスに戻る。すると、思いもよらない光景が目の前に広がっていた。
泣きながらアディに怒鳴る女性徒数人、泣きそうな顔のアディは膝をついている。
何があってこうなった???取りあえず泣いている女子から話を聞こうと声を掛ける。
感情的になった女子の言葉は取りとめもなかったが、要するに、アディが亜紀じゃなかった頃、虐めをしており、その事について謝罪の一つも貰っていないのにのうのうと私達のグループで何事もなかったかのように過しているのが許せない。大体そういう内容だった。
あちゃあ…そうだね、悪役令嬢って言ってたもんね。でも、今のアディにはその自覚がない所為で、むしろどう謝って贖罪すればいいレベルでの虐めをしていたのかが解らないようだ。つっても、集団じゃなく、独りでやれる虐めなんてまあ、大した事はないんだろうけど、こちらのお嬢様方は大変繊細に出来ているようで、虐めがトラウマになっていると言う。
事情を知っているシュネーも、どうしていいやら解らずに口を挟めないで居る。でもアディは優しい子だ。自分がやらかした事でなくても、その体がやらかした事なら責任を取る心算で居るようだ。うーん、と頭を捻りながら発言する。
「先に言っておくな?アディが変わる前は呪いを受けていた。呪いが解呪された今、呪われてた頃の事が曖昧なんだ、アディは。それを踏まえた上で、アディの謝罪を聞いてやって欲しい」
嘘よ、と言う声や、なるほど行き成り180度変わったもんな、という声、そんな言い訳はずるい、と言う声。
ざわざわしてきたのでパン、と両手を叩く。
「別に嘘だと思うならそれでいい。アディの両親に聞けば解る事だ。使用人から聞き取りしたって構わない。その上で、それでも解らないなりに謝罪しようとしているアディの気持ちも汲んでやって欲しい」
それまで黙って成り行きを眺めていたアディが発言する。
「マリーの言うとおり、私は一体何人に、誰に、どんな御迷惑をお掛けしたのか記憶が曖昧で思い出せません。ですが、これほどの人数を泣かせて仕舞うほど酷い事をしたのだと、今は思います。本当に申し訳ありませんでした…。以後そのような事がないよう、身を引き締めて過したく思います。重ねて本当にすみませんでした!」
実際、男爵や子爵に対し、公爵がこのような謝罪をすることはない。身分差があるのだ。暗黙の了解で許される範疇だ。やれ、ドレスにジュースを掛けただの、頭にデザートをぶちまけられただの、鞄に泥を詰められただの。そんなレベルでは公爵という家の優位は揺らぐものではない。それでも地に伏せて謝罪をしてのけたアディに感嘆の声が周囲から上がる。概ねの人が、むしろ謝ったアディの方にいい感情を持ったようだが、首謀者らしき少女は簡単な謝罪では気持ちが晴れないようで、アディに詰め寄る。
「そんな謝罪くらいで!私が貴女にされた事をなかった事になんて出来るもんですか!汚水を掛けられた時も、髪飾りをバラバラにされた時も、パーティーで恥を掻いて酷い記憶になっているのよ!どうせなら私が同じ目に合わせてやりたい…!!」
そう主張する彼女に、むしろ教室の皆が引き気味だ。公爵令嬢からの真摯な謝罪を受けて尚求める彼女は酷く卑しく映っているのだろう。ちょっとありえないわ、だとか、あんなに謝罪されたのにまだ言うのか?だとか。
静かに顔を上げたアディは言う。
「ならどうぞ、そうして下さい。ただ、それで周りがどう反応しようが、私の手には負えません。それでも良いならお好きになさって下さい」
「ひ…開き直るっていうの!?」
「いいえ、貴女がそうしたい、と仰ったので。そうしない限り気が晴れないのでしょう?もう直ぐ学園1年を集めた入学を祝うパーティーがありますわ。其処でも結構ですし、王城で開かれるパーティーでもお茶会でも、お好きな時に仕掛けて貰って結構です」
流石に王城ではないだろう。下手をすれば男爵家から騎士爵や平民に落ちる可能性だってある。アディは国への貢献者でもあるからだ。周りはますますアディに感心し、爪弾きされているのは首謀者になっていく。
「う…ぁあ…!!!ああああああ!!!なんだってこんな女の味方をするの!?どいつもこいつも性格悪いんじゃないの!?貴方達の常識ではドレスに汚水を掛けられても笑って許せる程度の事なの!?もう嫌だ…誰も信用できない…!」
とうとう主催者はその場から逃げ出した。逃げ出したところを、出るタイミングを伺っていた担任に捕まっている。
「ほーい、授業始めるぞー。モルン君は席につきないさいね」
襟首を掴んでいた手を離し、席に着くよう促す。ぶるぶると震えながら、顔を真っ赤にしたモルンは席につく。
クスクス笑いがあちこちで起こった。―こっちの方がトラウマじゃない?先生に仕返しすんのか?だが、よく見るとモルンはアディを睨んでいる。いや、今のはアディの所為じゃない。自分の所為だし、先生だって授業受けろと促しただけだ。あれか。悲劇のヒロイン症候群、だったかな。自分は可哀想、と浸っているのが好きで、心配されて構われるのが好きだから、実際の解決を実は求めていないとかいう。だとすれば相手が悪かった。亜紀は竹を割ったような性格なんだ。
それにしてもこの担任、何が何でも厄介事に巻き込まれるのが嫌らしい。ちょっとその姿勢もどうかと思うんだよな。頼りにならなさ過ぎる。多分誰も先生に相談しに行ったりするヤツはいないだろう。
休み時間、モルン以外の被害者は改めてアディの元へ行き、謝罪を貰えた事で胸のつかえが取れたと感謝しに来た。
それに対し、アディも許してくれる寛容な心に対し、感謝の言葉を伝える。モルン以外は問題なさそうだ。
丁度昼前に戻って来れたので、皆でランチを食べる。ファムリタは居ないって解っててもクセになったシェアルームでまったり寛ぐ。寝転がっても汚れないし、誰も注意しない。そういうトコが利点だ。
黒曜座椅子でお互い食べさせ合いっこ。見苦しいのかちょっとマルクスが眉間に皺を寄せたが、身内以外誰も居ない空間なんだ、許してくれ。昼の雑談は、主にリシュのパン屋開店の話に終始した。外装はどんなのがいい、とか清潔感が大事、とか料理人と販売員は何人くらい必要か、とか、仕入先をどうするのかとか。
とんとんと進む話の早さにリシュが目を白黒させている。大丈夫だ、私が責任を持って成功を約束するからな!リシュは酵母菌の用意と、料理人を育てるとこだけ宜しくな!
そして、肝心のモルンがちょっと良くない方向に走り出した。
アディが校舎の外を歩いていると上から花瓶が降ってきたり、階段を下りていると、細い紐が仕掛けてあったり。
殺傷系は頂けない。流石に過去映像を録画し、校長へ提出した。初犯という事で停学3ヶ月を言い渡されたモルンは納得できない、自分は仕返しをしているだけだと喚くが、アディは命を脅かされたり、怪我をするような悪戯はしていない、と私が言い切った。だって汚水と髪飾りだよ。怪我するわけない。勢い良く泣き始めたモルンだが、同情するものは皆無で、その事もショックだったのだろう。家に帰される頃には魂が抜けたようになっていた。
あのまま家に篭ってても何も反省しないだろうな、と思いつつ帰っていくモルンを見送った。
クラス内では、あんな人だとは思わなかった、だの今迄可哀想な子だと思ってたのに、だの、モルン株がストップ安だ。
3ヵ月後、モルンは無事に戻ってこれるんだろうか…。無事に戻ってきたとして、今度はクラスの皆にハブられた可哀想な私、を他のクラスに言いに行くのだろうか。
元はアデライドがやらかしたオイタとは言え、これはちょっとないなーと思う。
私はアディさんを応援してますから、とわざわざ女生徒がたむろしてしまっている。
アディはちょっと引き攣った笑みで、でも元々は私が悪いから、と言ってさらに味方の結束力を上げてしまっている。うーん。黙って悲劇のヒロインしてた方が良かったんじゃない?モルンさん。
一応帰りに王宮へ寄って、きちんと勇者が国から出たのか確認する。2人連れで関所を通ったところを確認したそうだ。良かった。
晩餐では、今日あった事を話し、アディが呪いに掛けられていた、という設定で口裏併せにOKして貰う。
晩餐後、何気なくグレモリーの水晶を見ると、信じられないものが映っていた。場所は王宮前。帰ってきた勇者と私、黒曜が互角に打ち合っている場面だ。時期は…そんなに遠くない。2ヵ月後くらいか。2ヶ月で何をやったらこうなるんだ…。
呆然としながら腕を切り落とされる自分の映像を見て、黒曜を呼ぶ。最初から映像を見直すが、何も変わっていない。肩を貫かれる自分の姿に、黒曜は目を瞠った。――さて、どうしようか。
相手の取る手によっては、早い時期からレベル上げをしても意味がなさそうだ。地道な努力でのレベル上げではこうはならない。悪魔や邪神との契約で能力を上げて貰ったという方が納得できる。ギリギリまで引っ張って、3日くらいをレベル上げに費やしてみればどうだろう。
そう考えた瞬間、水晶の映像が変わった。相変わらず勇者は強くなっているが、私達が少し押している展開になっている。黒曜に考えた事を話し、直前でのレベル上げに同意して貰う。
王にもケイタイで二が月後くらいに勇者が戻ってくる事を知らせ、直前の休みを公休にして貰うように頼む。
了承して貰い、ケイタイを切ったが、なんとも言えない気分で眠りに付くことになった。
虐めって本来単独犯じゃなくて数人で結託してやるから酷い状態になりがちですが、幼い頃のお茶会で、単独でそこまで問題になる事は、流石のアデライドさんもやらなかったようです。
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