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閑話6

●ファムリタ


 自由がない。

 学園へ行く以外はほぼ王宮にある特別室に監禁されている。これでは黒曜様との街歩きイベントが消化出来ない。


 最近は、教会の祈りの場に連れられて行く事も多くなった。なんでもあたしの中にある瘴気が活性化すると、人間ではなくなってしまうという。人間じゃあないなら何になるのか訊いて見たら、魔物か悪魔だという。


 聖女になるあたしが魔物に!なる訳ないじゃん、光魔法持ってるんだよあたし。でも監視役が酷く真剣な顔で言うので付き合ってやっている。あれでも心配なんてしてくれているのかしら。


 王宮の部屋へ戻ると祈りの場よりも神聖な空気に変わっていることもある。そうすると、胸の奥のほうにある何かが縮こまってほんのちょっぴりづつ分解されていく。これの事かしら。瘴気瘴気と五月蝿く言われているもの。感情が高ぶると辺りに放出されるもの。あたしには見えないんだけど、黒い瘴気があたしを覆うようにぶわっと体から放出されていると皆言う。


 なんで、聖女のあたしからそんなものが。眩い光が放出されるなら理解出来るけど、どうして瘴気なんか。


 皆嘘を吐いているんだ。あたしが聖女だから羨ましいんだ。そう考えるとしっくり来る気がした。

 王宮へ軟禁されているのは、そういう輩の差し向けた刺客からあたしを守る為。祈りの場は、あたしが聖女なんだから拝めと言われているようなものじゃない。

 そう思って祈りの場で、他の皆と同じように祈ってみた。


 あたしと黒曜様が早く結婚できますように

 あたしと黒曜様が早くラブラブになりますように

 あたしと黒曜様が…


 ピシャアン!と音を立てて、あたしの直ぐ傍の床に白い雷が落ちる。吃驚(ビックリ)して顔を上げると、女神像の顔がまるで怒りを(たた)えているように見えた。


――(なんじ)、我に祈りを捧げるに(あた)わず。雑念及び下らぬ願いのみをこの場で我に捧げる事はあってはならぬ。愛し子の願いにより、この場に在る事は(ゆる)したが、祈ることは(ゆる)さぬ。汝の身を振り返り、ただ反省せよ。


 託宣(たくせん)、と言うのだろうか、教会中に声は響いた。あたしに向けられた言葉だと誰もが理解しているようで、皆あたしの存在がある事を、(ゆる)して下さる様に一心に祈っている。

 なによ、それ。仮にも神の言う事なの?心が狭いにも程がある。


――不快である。()()くこの場から失せる事の出来るよう、力を貸してやる。故に今日を限りに此処へ来る事を赦さぬ。


 ぱあっと強い光が私の全身を包む。胸の奥の何かがどろりと溶けて光へ吸い込まれていく。それは強烈な痛みを伴い、あたしは悲鳴を上げた。


「いやぁあああああ!」


 最後にバチンと音がして、胸の奥に何かロックのようなものが掛かったのが解った。感覚を研ぎ澄ますといつも胸の奥にあった何かがごっそりと消え、欠片も残っていない。そして発生出来ぬよう代わりに封印のようなものを感じる。


 なんなの。体を巡らせていた魔力のように思っていたソレがない。

 なんなの。禁忌魔法だと騒いで、私が力を手にする度に封印される。

 なんなの。封印とやらを受け入れてやったのに、ずっと見張られている。

 いつもならそれらを発散するようにぶわっと広がったナニカの存在はもうない。

 ただじくじくと溜まる不満が膨れようとしては抑え込まれる。


 どうして私はこんな所にいるんだろう。

 これが聖女の扱いなのか。


――(なれ)は愛し子でもなければ聖女でもない。身の程を弁えよ。そしてこの部屋から出て行くがいい。


 ざっといつもの男があたしを小脇に抱える。そのまま女神に礼を示すと、聖気に満ちた部屋へ戻された。


「ねえ、いつまであたしを監禁するの」


「この部屋に居るのは嫌かい?」


「違うわ。自由がなさすぎると言ってるのよ。ねえ、あの女神はあたしが聖女じゃないって言ったわ。邪神なんじゃない?」


「違うよ。お前さんが余りに愚かで忠告をしたくなっただけだろう。部屋から出せないのは、またお前を利用して馬鹿をする輩から遠ざける為と、お前が馬鹿をしでかさないように、だ」


「馬鹿をしでかすって何よ!あたしは黒曜様に逢いたいだけだわ!!」


「その黒曜様のすぐ傍に居る聖女にお前は良くない感情を持ってる。近づかれると困るんだ」


「なによそれ…たったそれだけの事で!?出して!あたしをここから出してよ!!」


 監視員は侮蔑の視線であたしを射る。


「なあ、屋根の在る場所で暮らせるのは誰のお陰だと思う?衣服は?食べ物は?ここから出るって事はその全てが失われる事になるが、それでも放り出して欲しいって言うなら上に掛け合ってやってもいい」


「それは…」


 見窄らしい格好で下民に囲まれて働き、漸くほんの少しの賃金を得る生活に戻るという事か。

 あたしは顔を真っ赤にしながらブルブル震えた。


「聖女に感謝しなよ。今のその、外には出られなくとも何不自由ない環境があるのは、あの方のお陰だよ」


「誰が!!!マリーなんかに!!!!!あの女が黒曜様を独占する為にあたしを外に出さないのね!?黒曜様があたしを選ぶのが怖いんだわ!」


 監視員は首を振る。


「あのお二人は女神直々にお認めになった婚約者同士だよ。今更他の誰にも興味を抱いたりしないよ。不敬が過ぎるようなら始末しろと王からも言われている。君はどんな道を選ぶんだろうね」


「マリーの憐れみで施されたものなんて…、い、要らない、わ。その代わり自由をくれるのね!?」


「そう。なら上に掛け合ってやる」


 下民と共に働くか、スラムへ流されるか。そんな以前の状況を思い出し、呼吸が荒くなる


「ま…待って。待って…取り消す、わ。取り消します。此処に居させて」


 侍女が2人分のお茶と軽食を持って現れ、サーブすると戻っていく。

 所詮あたしは貴族のままのあたしなのだ。庶民と一緒に働く事は苦痛以外の何でもない。見張られて貴族のような暮らしを受け入れる方がマシだ。


「そう。解った」


 少し面倒そうに顔を歪めて男は消えた。


「――なんで…」



 あたしは、此処に居るんだろう。





●ロスク


 まさかの学園での再開。体つきもすっかり健康的になったマリーが俺に声を掛けてくれた。

 吃驚(ビックリ)したと同時に、またマリーを慕う俺の中の心がばくんと騒ぐ。隣に居る、親しげな男は誰だろう。

 異常に綺麗な顔をしている。マリーのいい人なんだろうか。


 授業になると、生徒の半分をマリーに取られてしまう。まあ、そりゃあ俺はまだクラスAなのにマリーは特殊クラスにまで上がっているんだ。俺だってマリーに教わりたい。


 そういういろいろな事は置いておいても、一つだけ、確認したいことがあった。


「黒曜君」


「なんでしょう」


「俺と1本勝負で手合わせしてくれないか」


「…かまいません」


 少し生徒に場を開けてもらって、俺は黒曜へ挑む。


 ギリギリで2度、黒曜の剣を防いだが、力が違いすぎる所為で手が痺れる。次は受けられないだろう。


「ハッ!!」


 肩に行くようなフェイントを掛けてから胴に薙ぎ払いを仕掛けるが、剣を絡め取られて投げられる。そのまま返す刀で喉元にひたり、と()えられる。


「…1本、君の勝ちだ。正直教えを請いたいよ」


 黒曜はふ、と表情を緩ませると俺に耳打ちした。


 ――マリーは渡さない。

 ああもう恥ずかしいったらない。全部解ってたって事だ。俺より強い人間が、マリーをサポートしてくれる。願ったり叶ったりじゃないか。そう思うのに、勝手に涙が一筋流れた。


 ――ああ、マリーが幸せなら、もうこの気持ちには(しっか)りと(ふた)をしよう。





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