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最後の森と小人さん ~やっつめ~

 揺蕩は、《たゆたう》と読みます。ワニは古典的な《たゆとう》という言い回しが好きなので、あえての平仮名です。

 誤字てはありません。詳しくは活動報告をどうぞ。


「散開っ、一撃離脱で敵を攪乱するっ! 広さを使え、捕まるなよっ!」


 応っ!! と、辺境伯騎士団は、横に広く陣形を作る。

 密集は作らず、速さをもってフロンティア軍に切り込んでいった。

 正面を避け、密集であるフロンティア軍の斜めから切り込み、手当たり次第に剣や槍を振るう。

 一頻り切りつけ、相手が応戦に出ると離脱し、再び切り込んでいった。

 数を逆手に取られ、数百からなる騎馬の縦横無尽な動きに、フロンティア軍は翻弄され、数の優位を生かせない。

 辺境伯騎士団は、つかず離れずな絶妙なラインを維持し、範囲的な攻撃魔法を使わせてくれない上、単騎で動き回るため、矢の的としても狙いにくい。

 応戦している横っぱらに突っ込んで来られたり、数で動いているフロンティア軍を思うがままに掻き回していた。


 同士討ちになりかねない近距離へ突っ込まれては剣先も鈍るし、躊躇するフロンティア騎士を、単騎の辺境伯騎士は次々と切りつけていく。


「これは良いっ、振れば当たるっ、一人でも多く道連れにするぞっ!」


 剣を構えてフロンティア軍の隙間を縫い、辺境伯騎士団長は、烈火の如く駆け抜けた。

 対面で止まる事なく、ただ駆け抜けるだけ。それだけで、多くのフロンティア騎士に負傷者を出せる。

 フルプレートの騎士らであろうとも、その凄まじい速さで切りつけられたら、ただでは済まない。

 運が良くて落馬、悪ければ甲冑の境目が切り裂かれ鮮血が辺りに飛び散る。


 一方的な攻防に、ロメールは僅かに狼狽えたが、すぐに檄を飛ばした。


「止めろっ! 進行方向に壁を作れっ!! 奴等は単騎だ、それだけで良い!! 厚く囲えーっ!!」


 言われて、フロンティア騎士らの動きが変わる。

 真っ当な戦闘を予想していた所に起きた混戦で、いささか頭に血が上っていたようだ。

 ロメールの指示どおりに、駆け回る辺境伯騎士らを懐の中で囲うフロンティア軍。

 ここにきて、ようやく数の優位を生かし、次々と辺境伯騎士団を屠っていく。

 今まではフロンティア軍の動揺から隙をつけただけ。それを立ち直られては駆け抜ける事は不可能。

 しかも単騎で動き回っていた辺境伯騎士団は、速度を出さなくてはならない事もあって、かなりの疲労が生まれていた。

 

「ちっ、もう少し狼狽えてくれてたら助かったんだが。そうもいかないか」

 

 そう憎々しげに吐き捨てると、辺境伯騎士団長は空を見上げる。

 彼の視線の先には、幼女を抱えた蜜蜂が旋回していた。

 いきなり始まった戦闘に驚いているのか、その姿は、幼女を降ろせる所を見つけようとしているかのように右往左往している。


 フロンティア軍は突撃してきた自分達に眼を釘付けにされ、あの蜜蜂に気づいていない。


「あれを降ろすな。降りようとした所に切り込むぞ」


 単騎戦法の理由は、これだった。


 本来であれば、何隊かに分けて戦うべきなのだが、それには数が全く足りない。

 ならば、相手の動揺を誘う奇策で戦場を攪乱するしかないと辺境伯騎士団長は判断した。


 それは功を奏し、混戦状態を生み出す事に成功する。

 蜜蜂の動きに合わせて戦場を作り、あわよくば金色の王を奪還して、アンスバッハ辺境伯と合流を果たしたい。


 非常に確率の低い賭けだが、その可能性が僅かでもあるなら諦めない。


 そう覚悟を決めて、再び切り込もうとした辺境伯騎士団長の耳に、けたたましい蹄の音が聞こえた。

 振り返った彼は、信じられない面持ちで後方を見る。

 そこには、カストラートの御旗を先立てる大軍と、その先頭を駆ける馬の一頭に、アンスバッハ辺境伯の姿があった。


「援軍だ..... 援軍が来たぞぉぉっ!!」


 両手の拳を振り上げ、絶叫する辺境伯騎士団長。それに鼓舞され部下らの雄叫びも加わり、優位を保っていたフロンティア軍の攻勢が覆される。


「魔法はつかうなっ! どこにチィヒーロがいるか分からないっ!!」


 ロメールが断末魔のように悲痛な声で叫ぶ。しかし、多勢に無勢。範囲的な攻撃魔法が使えないとなると、圧倒的にフロンティア側が劣勢となる。


 そのロメールの声に反応して、ポチ子さんが高度を下げた。

 だが目敏く察知した辺境伯騎士団が一斉に駆け込み、そこへ戦場を作る。

 それに倣うかのようにカストラート軍の先駆けも突っ込んできた。

 

 猛烈な勢いに押され、フロンティア軍の陣形を崩されると、それを見た蜜蜂は、すぐにまた高度を上げた。

 ロメールとドルフェンには、小人さん部隊の護衛カエルがついている。守護を纏う彼等に被害はない。

 

「大事ございませんかっ?」


 常にロメールと共にあるハロルドが、押し寄せる敵を捌きながら声をかける。

 彼にもまた、護衛カエルがついていた。ゆえに文字通り肉壁となり、敵の攻撃を防いでいる。

 燃えるような真っ赤な髪を振り乱し、敵の返り血で深紅に染まった白い甲冑。


 その姿は、まさに鬼神。


 空間を歪めるほど迸る怒気は、対峙するカストラート兵士を圧倒していた。

 

 だが、攻撃魔法が使えないとなると、さすがのフロンティア軍も、数の暴力に為す術がない。


 魔法で守りに撤しつつ、ジリジリと追い詰められていく。


 勢いに乗った一万以上の敵は、ここぞとばかりにフロンティア軍へ押し寄せた。

 護衛蜜蜂達も奮闘はしているが、相手の数が数である。数十匹の蜜蜂では焼け石に水だった。

 幸いなのは護衛カエル達の守護範囲が広い事。

 以前、キルファンへ向かうときにも掛けて貰った守護の膜が、前衛のフロンティア兵士全てをカバー出来ていた。

 たが、それでも数の暴力は抑えきれない。


「チィヒーロ..... どうすれば」


 煩悶に顔を歪めたロメールの横を、何かが駆け抜けた。

 はっとする彼の左右を、次々と駆け抜けていくのは、様々な大きさのカエル達。

 そして、さらに上空を多くの蜜蜂が飛んでいく。数十、数百。みるみる間に戦場を埋め尽くす魔物達。


「何が起きて....?」


 驚嘆に有り得ないモノを見る面持ちのロメールの上を、一際大きな影が旋回する。

 その影はぶわりと風を纏い、ロメールの目の前に降り立った。


 それは見慣れた魔物。人間大の蜜蜂。


「クイーン....?」


 いや、違う。後ろ姿でも分かる。彼女はクイーンではない。こんな巨大な蜜蜂が他にいる訳はないのだが、別人だと断言出来る。


 慣れとは恐ろしいモノで、ロメールはクイーンやポチ子さんの見分けがつく自分に驚いていた。


 いきなり現れた魔物の大群に、カストラート軍は、大きくどよめく。

 諸外国から魔力が失われて幾久しい昨今、既に辺境かフロンティアにしか存在しない魔物の事など、話にしか聞いた事がない者が殆どだろう。


 蠢く魔物らに眼を奪われ、その後方から現れた軍勢に気づいていないロメールへ、誰かが声をかける。

 

「フロンティア軍の指揮官の方か? 私はマルチェロ・フォン・フラウワーズ。キングの願いにより助太刀に参った。金色の王は御無事か?」


 突然の援軍。


 訳が分からないまま、ロメールはかいつまんで話を聞く。

 カストラート軍は魔物の群れを前に、凍りついて微動だにしない。


 ようは、クイーンからの要請があったらしい。

 蜜蜂らはクイーンと思念で繋がっている。小人さんの窮地を察したクイーンがモルトに救援要請を出した。

 しかし、魔物な彼等は地理に明るくない。以前にモルトの森へ行くのにも小人さんに引率を頼んだくらいだ。

 そこでモルトは近場の農村に子供を送り、道案内の人間を寄越してくれるように伝えた。


 小人さんの来訪からこちら、農村の人々は教えられた通り、森を大切にして間伐したり、植林の範囲を増やしたりと色々してくれていたらしい。

 農耕地も増えて、モルトも子供らに手伝うよう指示し、畑の側に水場を作るなど、とても良好な関係を築いていた。

 ゆえに子供らが訪れると、誰かしら村人が森を訪れてくれる。

 中には文字の読める者もいて、モルトと意思の疎通が可能だった。

 今回も、それを期待していたモルトだが、なんと森に現れたのはマルチェロ王子。

 聞けば、密偵からの報せでカストラート軍がフロンティア近辺に兵士を配していると知り、大事になれば助太刀しようと軍を率いてきていたらしい。

 フロンティア東北に位置するフラウワーズならば、荒野を突っ切ればフロンティア王都より早く国境線に着く。


 それを聞いたモルトは、クイーンより譲られた次代と共に我が子らを援軍に加えて欲しいとマルチェロ王子に頼み、小人さんが既に窮地にある事も説明した。


 こうしてモルトの森で新たな一族を増やしていたメルダの娘は、カエル達を抱えて、フラウワーズ軍と共にやってきたのだ。


「荒野を突っ切ればフラウワーズからここまで二日です。間に合って良かった」


 マルチェロ王子の優美な微笑みに、ロメールはあからさまな安堵の息を漏らした。

 そして絆の深い主らの繋がりを心から感謝する。


「フラウワーズの森を救って下さった御恩、今ここに返しましょう」


 魔物の一団だけでも脅威でしかないのに、さらにはフラウワーズ軍、その数、一万以上。これだけの兵士を動かせる機動力には、ただただ感服するしかない。


 魔法技術に依存していたフロンティアは、少数精鋭な気質が高く、いざ魔法が使えないとなると存外脆い。

 敵が一万だろうが二万だろうが負けるつもりは全くなかった。あくまで魔法が使えればだ。


 形勢逆転。


 思わぬ援軍の到着で、戦場は膠着状態となる。

 ここで雌雄を決するか、会談に持ち込むか。

 どちらにしろ、小人さんを返して貰わなくては。


 カストラート軍を見据えるロメールとマルチェロ王子は、ふと相手の妙な仕種に気づいた。


 何人かが、時折チラリと空を見る。


 一体、何が?


 つられて空を見上げた二人の視界に入ったモノは、幼女を抱えてオロオロと旋回するポチ子さんだった。


 思わず眼を点にした次の瞬間、ロメールの雄叫びが戦場に谺する。


 何処にいても安寧から程遠い小人さん。


 夢現を漂いながら、ロメールの絶叫を遠くに聞く小人さんだった。


 苦労性も極まれりな王弟殿下に合掌♪

 

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― 新着の感想 ―
文章の出だしにいきなり「揺蕩う」について記載されていますが、これは「たゆたう」と書いて「タユトー」と呼んで構わないものです。 表記としては「たゆたふ」か「たゆたう」のみとなっています。 参考文献:N…
ここで援軍マルチェロ君参戦!カッコよく参上(*´▽`*)
万葉集などでの「たゆたふ」ことばに浪漫が感じられます
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