最後の森と小人さん ~ふたつめ~
「ここが? え?」
遠くに見えた一列の壁が間近に迫り、小人さんは間抜けな声をあげる。
気になる木の多目的広場、一つの農村、一つの街。それらを経由して、小人さん部隊は目的の西の森へ到着した。
荒涼とした風景に緑がまじり、街を出るあたりからは豊かな自然が拡がっている。
あきらかに魔力の有無が地形に反映していた。これがフロンティアの現状なのだ。
そして辿り着いた西の森。
小人さん達の前に立ち塞がるのは堅固な壁。
高さ七メートルぐらい、長さは左右見渡して途切れが無い。
到着した一行が、そそりたつ壁を眺めていると、それを警護しているらしい兵が訳知り顔で近寄ってきた。
小さな子供が同行しているのを確認し、一瞬、足を止めたが、すぐに気を取り直して、ドルフェンに声をかける。
「王都からの巡礼の方々でしょうか?」
「そうだ。金色の王の巡礼だ。主の森は壁の向こうか?」
「はい。御到着されたら、案内するよう言付かっております」
ドルフェンへ騎士の礼をとり、警備兵は遠目に見える小さなゲートへ小人さん達を案内する。
そこには観音開きの扉。右側に置かれた金属製の太い閂を見れば、普段はがっちりと閉じられているだろう事が窺えた。
ビシッと並ぶ警備兵達は、ドルフェンがついている幼子に礼をとる。
騎士が護衛する幼女が、説明されなくても件の金色の王なのだと理解しているのだろう。
そんな警備兵らを一瞥し、小人さんは不思議そうに壁を見上げる。
他の森では見たことがない仕様だ。
それを察したのか、警備兵がその疑問に答えてくれた。
聞けば単純。主の森から出てくる魔物を遮断するための外壁なのだとか。
深い渓谷にある西の森は、極たまにだが魔物が這い上がってくる。その魔物が中に戻らないらしい。
深さ二百メートル以上はある渓谷だ。上がってきたは良いものの、戻ろうとして落ちたら、魔物といえどただでは済まない。
それを理解しているのか、這い上がってきた魔物は、そのまま周辺を徘徊する。
それらを外に出さないための外壁なのだそうだ。
なるほど。比較的小さな森だからこそ出来る芸当か。
王都にだって外壁はあったものね。やろうと思えばやれるよね。
得心顔で頷く幼女。
それを心配そうに見つめ、警備兵達は小人さん一行の人数の少なさと、引き連れている魔物らの多さに顔をひきつらせる。
人間より魔物の方が多い。これは一体どういうことか。
「中には魔物がいる可能性があります。お気をつけて」
魔物を従える者に、魔物への注意とか、チグハグな気もするが。
そう思いつつも、念のために警備兵は薄く開いた扉から中を確認する。
閂を外して、扉周辺の魔物は一応駆除したが、万一があっては事だ。
中の安全を確認してから、警備兵達は軋む扉に苦戦しつつも押していく。
高さ五メートルほどの金属製の扉。それを兵が四人がかりで開き、小人さんらを招き入れた。
中に入ったフロンティア一行は、少し離れた位置から生い茂る森を見つめる。
「あれが西の森?」
尋ねる幼子を驚嘆の眼差しで凝視し、案内してくれた兵は、小さく頷いた。
「あの奥に深い渓谷がございます。その底が主のテリトリーです」
「なるほど。ありがとうね。行こうか」
フードを目深に被りなおし、千尋はドルフェンに抱えられる。
幼女を抱えたドルフェンを筆頭に、アドリス、桜、騎士団の面々と、小人さん部隊は躊躇いもせずに森の中へ進んでいった。
周りを固めるは多くの蜜蜂や蛙。そういえば、幼女の左腕に蛇も巻き付いていた。
それを茫然と見送る警備兵達。
「あれが金色の王と僕か.....」
本当に魔物を従えているのだなと、それぞれが困惑と驚愕を同衾させた眼差しで、複雑そうな顔を見合わせる。
話には聞いていたが、聞くと見るとでは大違い。魔物に囲まれた馬車を見たときは度肝を抜かれた。
飛び回る無数の蜂や、馬車の屋根に鎮座する蛙達。その巨大な生き物が魔物なのは一目瞭然。
背筋を爆走する悪寒を気合いで抑え込み、小人さん達の姿が見えなくなるまで直立不動だった警備兵らは、一行が森の中に消えた途端に、どっと崩折れた。
「有り得ない。なんだ、あの魔力の塊は」
滝のような冷や汗を垂らして呟く警備兵達。
魔物らの放つ魔力にあてられたのだ。
守護の蛙や、警護、斥候の蜜蜂。それらが警戒気味にみなぎらせる魔力の迸りと、全てを一纏めにする金色の魔力。
小人さん慣れしているフロンティア一行には大したことでなくても、免疫のない人間には、とてつもない圧力だった、
へたり込み、立ち上がれない警備兵らを余所に、小人さん達は深い森の中をずんずん進む。
空をも覆い隠す深い森。
ここもまた個性的な森だ。
メルダの森が緑深く鬱蒼と生い茂る森ならば、モルトの森は水が豊かで広い湖を持つ拓けた森。海の森は言うに及ばず美麗な珊瑚礁。
そしてこの西の森は、まるでジャングルかのように生態系の違う植物が蔓延っている。
ガジュマルみたいなモノから、ヤシやソテツ。地面や木々を這い回り、ところ狭しと絡み付くツル植物も、丸太のような太さから大人の腕の太さまで。
湿度も高く真夏の暑さも相まって、蜜蜂らの冷風扇がなかったら、きっと発狂ものの気温だろう。
地球の南米みたいな? アマゾンとかそういった。....いや、何か別の見覚えも?
あ、あれだ。空飛ぶお城を覆ってた森だ。
某有名スタジオの、親方、空から女の子がっ、などと、記憶から消えない有名な映画を思い出して、小人さんは苦笑した。
映画で観てたときは、綺麗な森だなぁとか暢気に観ていたが、リアルその場にいると、こんな感じか。
鬱陶しいほど重くまとわりつく空気。含まれた水分をそのまま吸収しているかのように、ずっしりと嵩を増していく汗。
こんな中を走り回っていたかと思うと尊敬出来るわ、シータとパズー。某大佐も。
抱かれているだけなのに息が上がる。呼吸も細くなり、しだいにヒューヒューと小人さんの喉が鳴り出した。
軽く咳き込む幼女を心配して、ドルフェンは足を止める。不安げにすがめられた薄青い瞳。
「慣れない環境で粘膜に負担がかかっているのでしょう。少し休憩にします」
快く頷く桜やアドリス。
あー、もう、このちっさい身体が嫌になるわ。
「ダイジョブ。これで.....」
千尋は斜め掛の鞄から小さな包みを取り出して口に放り込む。
しばらく口をモゴモゴさせていると呼吸が落ち着き、喉の不協和音もなりを潜めた。
「それは?」
「ハチミツレモン」
乾燥させたレモンを砕いて蜂蜜を絡め、キューブ状に固めたモノである。
一口大の携帯食として考案し、試作していたものだが、栄養価もあり疲労回復の効果が高いため、今回持ってきていたのだ。
「ほら、みんなも」
鞄から幾つも包みを出すと、千尋はまとめてアドリスに手渡す。
それを受け取り、アドリスは騎士達に配りつつ、自分も一つ口にした。
途端に瞠目。
甘酸っぱく、仄かな苦味が口内に広がる。酸っぱさにつられて、ぶわっと唾液が溢れ、先ほどからザリザリしていた喉が、奥までスッキリと洗われるようだった。
「あとは、これね」
言われて振り返ったアドリスの眼に、口元を布でおおう小人さんが映る。
小さなサッシュのようなもので、眼のすぐ下から顎までしっかり覆い、頭の後ろで布を結んでいた。
あれか。掃除などで埃を吸い込まないための。でも、何故に?
「ここは、たぶん気化した植物の成分がアレコレ浮遊してる。人体に害があるかもしれない。気休めだけど、みんなもつけてー」
両手にスチャッと取り出した布を、小人さんはフリフリと振り回した。
気化はわかる。成分が浮遊? 人体に害があるかもしれない? え?
そんなモノつけたら、かえって息がしづらくないか?
布を受け取り、困惑気に顔を見合わせるアドリス達。
しかし、ドルフェンは何の疑問も顔に浮かべず、言われたとおりに布で鼻と口をおおった。
「ふむ。なるほど。確かに呼吸が楽になった気がします。先ほどまでの喉に引っ掛かるような感じがしない」
大きく息を吸い込み、ドルフェンは眼を細める。
それを見て、アドリスや騎士らも布を着けた。
お? たしかに。
妙に絡みついていた空気の違和感が薄れる。先ほどの蜂蜜レモンで喉が潤ったのもあるのだろうが、俄然、呼吸が楽になった。
不思議そうに瞠目する騎士らを一瞥し、小人さんは剣呑に眼をすがめ、森の奥を睨めつける。
ここは人を阻む森だね。違和感や不快感を与えて、知らず人が寄り付かないよう作られてるんだわ。
本当に人体に影響があるかは分からないが、あからさまに人を厭う仕組みが働いているようだ。眼に見えぬ何かが作用している。
だが、マスク一枚で凌げるあたり、本気で排除する気はなく思えた。
人を嫌う森か。
人心地ついた小人さん部隊は、さらに奥へと歩を進める。
しばらく行くと、突然、視界がひらけ、切り立つ断崖絶壁が現れた。
千尋はドルフェンに下ろしてもらい、その絶壁を見下ろす。
軽くハングオンした岩壁は、降りられそうな所が見当たらない。吹き上がる生暖かい風が、絶壁縁の足場を不安定にさせていた。
脆く、今にも崩れそうな足場に、吹き抜ける突風。その煽りを受けて、ふらつく小人さんに、慌てたドルフェンが手を伸ばした時。
ひゅっと何かが飛んできて、小人さんの腕に絡まった。
「え?」
真っ白な紐が千尋の腕に巻き付いている。
それを視認するやいなや、幼女の小さな身体は宙に舞っていた。
「チヒロ様っ?!」
「うひゃあぁぁっ」
渓谷底の深い森から伸びた紐は、間髪おかずに小人さんを引き寄せ、そのまま絶壁から小さな身体をダイブさせる。
咄嗟に駆け寄ったドルフェンらだが、半瞬遅く、伸ばされた手は虚しく空を掴んだ。
だが、ドルフェンは諦めない。直ぐ様断崖に手を掛けて乗り出すと、そのまま岩壁を蹴り、加速をつけて小人さんへ向かって飛び付いた。
「ドルフェンっ」
宙に踊り出たドルフェンは、そのまま千尋に追いつき抱き締める。
「二度も後れはとりませんっ!」
己が身体の内に小人さんを抱え込み、紐に引かれるまま、二人は遥か下の森へと消えていった。
瞬きにも満たぬ一幕。眼を限界まで見開いて、アドリスは絶壁にすがりつく。
「チィヒーロぉっ、ドルフェンーっ」
アドリス達の絶叫が谺する渓谷へ、ポチ子さんや蜜蜂らも飛び込んだ。蛙達を抱えて飛び回る蜜蜂の群れ。
「ポチ子さんっ、俺らも運べるかっ?!」
渓谷へ向かおうとしていたポチ子さんが、アドリスの叫びに振り返る。
そして、しばし他の蜜蜂らと旋回し、他の蜜蜂がアドリスへ向かって飛んできた。
騎士の剣や槍を取り上げ、それを二匹の蜜蜂で左右から掴んで支える。
「掴まれってことか」
蜜蜂が支える剣の中央を掴み、アドリスは木の枝にぶら下がるような形で空に持ち上げられた。
「うは、チィヒーロの奴、いつもこんな感じで空を飛んでるんだな」
足が地から離れ、心許ないこと、この上ない。しかし、背に腹は代えられぬ。
初めて体験する浮遊感に怖じ気づきながらも、アドリスは蜜蜂に向かって叫んだ。
「行ってくれっ」
その叫びに呼応し、蜜蜂らは渓谷へ向かって飛んでいく。
アドリスが渓谷へと降りていくのを茫然と眺めていた騎士達も、同じように桜が槍に掴まるのを見て、はっと我に返った。
「待ってください、サクラさんっ! 貴女はここで待機をっ、我々が行きますっ!」
「はあ? 馬鹿をお言いでないよ。あんたさんらこそ、ここに半数は待機していておくれなし。万一、陽が暮れても、あたしらが戻らなかったら、辺境伯へ救援を頼むよ」
そういうと、桜は助走までつけて渓谷へ飛び立つ。
平然と飛び降りた桜を見送りつつ、騎士らは絶句して顔を見合わせた。
言われてみたら、その通りだ。万一のために何人かは残るべきだろう。
だけど、その残りに桜も入るべきではないのか? なんで率先して飛び出していくの?
そして、この状況には、とても親近感のある騎士達だった。
小人さんと似てる。
あの決断力の早さ、思いきりの良さ。
小人さんとダブって見えるのは気のせいだろうか。
そんな益体もない事を考えつつも、騎士達は即座に行動した。
1/3を待機組として、残りは蜜蜂とともに渓谷へと降りていく。
鬼が出るか、蛇が出るか。
この世で一番恐ろしいと言われる森の主らを知る小人さん部隊に、恐れるモノなど何もない。
様々な思いを呑み込み、西の森は不気味に静まり返っていた。
FF7の新作が届きました。やりたいけど、PS5を未だに手に入れていないワニがいます。
ある意味、好都合かな? 小人さん完結まで封印しましょう。
。・(つд`。)・。




