神々の黄昏と小人さん ~ここのつめ~
最近、物語に起こすのが難しいです。今までどれだけ勢いで書いてきたのか痛感しているワニがいます。
「じゃあ、しゅっぱーつ♪」
一台の馬車と十人の護衛騎士。そしてアドリスと桜。
城から出てきた一行は、連れている魔物達で一目で小人さん部隊だと分かり、道行く城下町の人々が、こぞって軽く頭を下げる。
中には帽子を振る男性や、追いかけてくる子供らなど、皆が暖かく、馬車が見えなくなるまで見送ってくれた。
カタカタと小刻みに揺れる馬車は一路西へと向かう。
御笑い芸人らが声をあててた人形劇の西遊記を思い出し、頭に流れるフレーズを歌いたくなって、口がモニョモニョする小人さんである。
「人気あるね、うちのお姫ぃ様は」
柔らかな笑みで眼を細め、アドリスは馬車の四隅で冷風機と化している蜜蜂らを見つめる。
「こういう事やれるって、凄いよね、魔物は」
「確かにな。夏の暑さが嘘のようだ」
蜜蜂達はミーちゃんから魔法の水を受け取り、それを使って風を起こしていた。
同じような蜜蜂らが、護衛騎士の頭上にも飛び回っており、一行の周辺は心地好い冷風で包まれている。
さらには馬車の上にいる麦太と数匹のカエル達が、フロンティア一行全体に守護を張り、それが真夏の日光を和らげ、冷気の四散を防いでいた。
まったく、僕様方様々である。
「これって、魔道具でも出来るんじゃないかな? まあ、すぐに使えなくなるけど、今年の夏くらいは凌げそう」
「ああ、出来そうですね」
「でも、いずれ魔法は無くなるんでしょ? なら、別の道具で研究したら良いかもな」
あれやこれやと話すドルフェンとアドリス。それを余所に、桜は少し考え込むような顔をして、チラリと千尋を見た。
「巡礼は金色の環を作るのが目的なんだよね? いずれ無くなる魔法のために行く必要はあるのかい?」
思わぬ問いに、小人さんは顔から表情がスルリと抜ける。
「あ~。まあ、そうなんだけど、.....アタシが森を枯らす前にね。環を完成させておけば、ひょっとしたら、大地に魔力が残るかもしれない。そのうち消えてしまう魔力でも、少しはクイーンらを永らえさせられるかもしれないから」
クイーンを筆頭に、森の主や魔物達は魔力によって生きている。
森を枯らすのは簡単だ。金色の環を完成させて、主らに移動してもらえば良い。
金色の魔力を失った森は萎れ、緩やかに枯れていく。
その後、主達がどうなるか。魔物のスタンピードが起こったりはしないか。
どんな結果になるか分からない。
だから、まずは金色の環を完成させて、それから森を枯らす。
万全を期して、それでもダメなら、天命だろうが捩じ伏せる。
ふんすっと鼻息を荒げる幼女に、大人達は揃って複雑な顔をした。
元々魔力のない土地で暮らしていた桜とて、魔法の有用性は認めるところだ。
それが日常のフロンティア。前以て知らされていたとしても、混乱は必至だろう。
これからがどうなるかは、全く分からないが、それが神々の御心なれば仕方がない。
満場一致とまではいかなくとも、大半の人々は、この選択を受け入れている。
願わくば、優しい主達だけでもと、神々に慈悲を祈るフロンティアだった。
「西はまた、かなり風情がかわるんだね」
てけてけと走る馬車の窓から顔を出し、千尋は外を眺める。
王都周辺や東のヤーマンあたりより、かなり緑が少ない。
髪を靡かせる風も乾いていて、はらむ砂ぼこりが小人さんの喉をイガイガさせた。
隣国カストラートとの間に横たわる広大な荒れ地も関係しているのだろう。国三つ分もある荒野は、西の森があるにもかかわらず、フロンティア西方を荒涼に見せている。
「西の森は小さいんですよ。確か、クイーンの森の半分くらいしかありません」
「そーなん?」
驚く小人さんに、ドルフェンは頷いた。
「西の森は深い渓谷にあり、その渓谷に沿って拡がっています。なので、魔力もその周辺..... アンスバッハ辺境伯領を覆う程度のものだったと記憶しています」
ああ、それで。
あんなにも彼は狼狽えていたのか。
辺境伯領地といえば国境だ。当然、フロンティアの何処よりも枯れた大地にある。
王都から二日ほどしか離れていない海沿いのゲシュベリスタは、広大な珊瑚礁があり、その恩恵はメルダの森と被るほどに広かった。
しかし、西の森は王都から四日も離れているうえ、さらに森そのものも小さいとなれば、魔力の範囲は知れている。
中には魔力の恩恵が受けられない土地もあるだろう。
まさに西の領地にとって、主の森は生命線。これが失われるのは死活問題なのだ。
「キルファンの建築も大分落ち着いたし、至急こちらの支援に回ってもらった方が良さそうだね。やっぱり、こういうのは見てみないと分からないモノだよなぁ」
どんなに言語を尽くして切実に訴えても、その窮状の半分も伝わらない。
現場を知らねば、上滑りに報告として記録されて終わるのだ。
そんな案件を星の数ほど知っている小人さん。前世でも良くあった四方山話である。
んで、大事になってから慌てて乗り出しても既に遅しなんだよね。
用心深く、研究熱心な日本では比較的そういった話は少ないが、他の国々では良く聞いた話だ。
だから要職につく者は各地を見て回らなければいけない。現場を知ると知らぬのとでは大違いなのだから。
大事な視察なのに、それを遊興と勘違いしている馬鹿野郎様のおかげで、世論に叩かれたりと、別の意味で大事を起こす少数の政治家らを思い出して、微妙な感傷に浸る小人さんだった。
いずこも人間のやる事は変わらないか。
第一目標は気になる木の多目的広場。
見晴らしの良い広い道を小人さん達が進んでいた頃。
カストラートの預言者に、一つの御神託が降されていた。
「.....王が来ます。金色の王が、西の森に向かっています。千載一遇の機会です。王に報告を」
預言者の神託を伝えに文官が国王の元へ訪れると、国王の元には、先にアンスバッハ辺境伯からの書簡が届いていた。
それを熟読しつつ、カストラート王は預言者の受けた神託を聞く。
「これは..... たしかにおかしいな」
「アンスバッハ辺境伯の書簡を信じるならば、神々の意向が二つあるように見受けられますね」
「実際にフロンティア北には、新たな街が作られているそうです。いずれはフロンティアを後見人にキルファン王国を名乗る国になるとか」
国王の前には複数の貴族。
一人はオッドアーズ辺境伯。フロンティアとの国境を預かる若い貴族だ。
もう二人は、国の内向きを預かるハールベイ公爵と、外向きを預かるアンドリュフ公爵。カストラート王国の双璧と呼ばれる二大公爵である。
四人はアンスバッハ辺境伯からの書簡を、じっと見つめていた。
書簡には、金色の王が神々と遭遇し、神々の御意志を承ったとある。
それは、今まで神々から御借りしていた魔力や魔法を、世界から神々に御返しする事。
人間は、神々の御業に頼らず、自身の力でアルカディアを生きていけるのだ。
そうして神々の庇護から抜け出し一人立ちする。それが神々の御意志なのだと。
これが本当ならば、フロンティア以外の国々から魔力が失われたのも頷ける。
フロンティアも世の行く末を見守り、その魔力を返還する方に動いているらしい。
確かに、魔力が失われた混乱期、フロンティアからの食糧支援がなくば、各国は今よりずっと悲惨な状況になっていただろう。
多くの国で争いが勃発し、略奪につぐ略奪の言語に尽くせぬ悲惨な暗黒時代が起きたのは想像に難くない。
その為に、フロンティアに魔力が残されたのだと説明されても納得のいく理由だ。
それを何とかして奪おうと画策していたカストラートだが、ここにきてフロンティアは、それを神々に御返しするという。
金色の王を筆頭に、魔法のない国作りに邁進中だとか。
自ら優位なアドバンテージを捨てるのだ。どこにも疑いようはない。
しかも、金色の王その人が。
それぞれが己の思考の海に沈み、言葉を発っさない。
長い沈黙のあと、オッドアーズ辺境伯が国王を見上げた。
「何時でもフロンティアに攻め込む準備は出来ております。どういたしますか?」
それを聞いて、思い出したかのように、カストラート国王は苦虫を噛み潰した顔をする。
「それは中止だ。金色の王が西の森へ巡礼に訪れた時が好機と思うていたが...... 彼の御仁には魔物の僕がついておるらしい。キルファンすら一時で落とすほどのな」
フロンティアには魔法があり、難攻不落だというのは周知の事実だ。
戦うは得策でない。だがしかし、ただ一人の人間を捕らえるというだけならば、全力をもってすれば可能だと思われていた。
カストラートのために、魔力を復活させられる王族を一人。一人だけで良い。
そう願い、複数の間者を送り込み、長年、虎視眈々と機会を窺っていたが、千載一遇のチャンスをシリル達が逃した。
なのに、今度は金色の王が、カストラートからほど近い西の森へやってくるという。
これこそ、神々の配剤かと戦の準備をカストラート王はオッドアーズ辺境伯に命じた。
だが...... それも意味をなさない。
フロンティア以外の土地から、どのようにして魔力が失われたのか、今まで謎だった。
しかし、金色の王が降臨した事で、その謎は解けたのだ。
フラウワーズの森を復活させた金色の王の説明によれば、広大な森に主が棲まうことで周辺が魔力に満たされるのだという。
その主を殺し、森を失った国々から魔力は消え去った。
言われてみれば、その通り。フロンティアは永きに渡り、森の保護を叫んでいた。
それを一笑に伏して、関知してこなかったのは我々だ。
最初からフロンティアは魔力の在り方を知っていて忠告してくれたのに、無視をしたのは周辺国なのである。
辛うじて生き残っていたフラウワーズの森を復活させた金色の王は、それを認め、フラウワーズの王族に、主の森は特別なのだと言ったらしい。
自らの過ちで失った神々の恩恵。
だがそれも、神々の思惑の内であれば仕方がない。実際にフロンティアは、その神々の御意志に従い、魔力を返還する準備をしている。
何が正しいのか分からない。
我々に御神託をくださる神は、いったい何者なのだ?
世界の成り行きを見渡せば、フロンティアの言う創造神様の御意志が働いているように見えた。
だけど、カストラートに御神託をくださる神は魔力の復活を望んでいる。
何かが噛み合っていない。
漠然とした違和感は、沈黙したままの四人の足元に、不明瞭な疑惑の種を撒き散らした。
そんなカストラート側の困惑も知らず、千尋は一路西の森を目指す。
信用出来る愉快な仲間達とともに、小人さんは、今日も我が道を征きます♪
あと二十話弱。本格的な夏になる前には終わらせたい。夏の暑さにめっぽう弱いワニなので。
皆様も、体調には気をつけてくださいませませ。




