神々の黄昏と小人さん ~ななつめ~
無理のないペースで、まったり投稿します。
「チィヒーロや、お膝においで?」
「嫌ですわ、御父様。今日は御客様がおいでになられるのでしょう?」
「ああ、そろそろハビルーシュ妃と会っておられるころだな」
「わたくしがお膝にまいりますわ、お義父様っ」
「これ、ミルティシアっ」
「そなた、良いチーフをつけておるな、テオ」
「姉上様が刺してくださいました」
さて? どれが誰の台詞でしょう?
薄くへらりと笑いながら、小人さんは少し遠い眼をする。
とんでもなく賑やかな千尋の部屋の談話室。どこからともなく現れた王室御一家が、長閑に御茶などを嗜まれておられます。
正直、プチカオスです。
「そうか、そなたの姉上らは四つになられたはずだな。手習いも進んでおろう」
テオドールのチーフに描かれた立体的な刺繍を指でなぞりながら、ウィルフェはチラチラと小人さんを見る。
何時ものカエルのような姿と違い、淑女然とした千尋の振るまいに、彼は思わず見惚れていた。
数居る妹らの中でも、特出して優れた王女だ。仕出かしてきた問題も多いが、それを凌駕する才覚こそが、チィヒーロの存在感を王宮に知らしめている。
さすが金色の王と褒めそやす者もいるが、そんな肩書きなど、ただのオマケだろう。
彼女をフロンティア王にと望む声もチラホラあるが、父上は一顧だにしない。次期国王は第一王子だと譲らない。
チィヒーロ自身も、王家に興味はなく、野生児のように走り回っている。
うっすらとはにかむような笑みを浮かべ、ウィルフェは家族を見渡した。
父上と母上。ミルティシアに、ロメール叔父上。そしてテオドールとチィヒーロ。
他にも父上の姉弟や側妃様らや、ウィルフェの弟妹がいるが、近しい家族はこの六人である。
他は、滅多に逢わない。妃様らは後宮にいるし、七つ以下の弟妹もそちらにいる。
たまたまチィヒーロの来訪を知った家族らは、示し合わせた訳でもないのに、この部屋へ集まっていた。
不思議なものである。
そんな和気藹々と談笑する王室御一家の部屋へ、桜が先触れを告げた。
「アンスバッハ辺境伯閣下が、千尋様にお目通りを願っておられます」
来たな。
ふっくりと笑みを深め、小人さんは小さく頷いた。
それを見て、桜も踵を返して辺境伯を案内してくる。
「お初に御目もじいたします。ヘブライヘル・ラ・アンスバッハと申します。お見知りおきを」
「チィヒーロ・ラ・ジョルジェです。以後、よしなに」
談話室の隣の応接室で、小人さんはヘブライヘルから挨拶を受けた。
目の前の初老の男は、まるで値踏みするかのように千尋を見つめる。
「遠路はるばるのお越し、お疲れでしょう。わたくしにお話があるとお聞きしております。手早く済ませて、ごゆるりとお寛ぎくださいませ」
話があるなら早くしろと言外に含ませる幼子に眼を見張り、ヘブライヘルは軽く咳払いをした。
「今回の国家事業にあたる計画ですが、あなた様の発案で間違いございませぬか?」
「相違ない。わたくしの発案です」
しっとりと優美に答える幼女。
その眼は、ふっくりと弧を描いているが、瞳の奥底には挑発的な光が瞬いている。
可愛らしい容貌に似つかわしくない鋭利な雰囲気を醸し、大きな椅子にちょこんと座る幼女は、膝をつくヘブライヘルを見下ろして首を傾げた。
「お話は終わりかしら?」
ほくそ笑むその顔に、ヘブライヘルの全身がゾワリと粟立つ。
「いえ..... それは、どうしてもなさねばならない計画なのでしょうか? いずれ、フロンティアから魔力が失われると、あなた様は考えておられるのですか?」
総毛立つ全身に苦戦しながらも、ヘブライヘルは確認すべき事柄を口にする。
「......失われると考えているというか、失わせようとしているのですよ。わたくしがね」
言葉の意味が分からない。
怪訝そうな光を瞳に浮かべるヘブライヘル。それに苦笑し、小人さんは、ロメールらや他にした説明をヘブライヘルにも繰り返した。
神々はキルファン帝国を守っている。そして、その、魔力を必要としない文化を広める事を喜んでいた。
これから推測するに、神々はアルカディアの大地から魔力を消したいのだろう。
だから周辺国は主の森の恩恵を忘れ、今の状態にある。
たまたま金色の王が降臨するフロンティアにだけ魔力が残ってしまった。これは、きっと神々にとっても予想外であったはず。
ならば御意志に従い、自ら魔力を放棄する事こそが、神々から頂いた今までの恩に報いる術ではないか。
「その一環が国を挙げての土壌改良なのです。神々は魔力を消し去りたくとも、人々が苦しむ事は望んでおられますまい。ならば後顧の憂い無きよう、我々が民に進むべき道を示さなくてはなりません。農地と牧畜を改善し、正しい世界の理に戻す。これが急務なのです」
茫然とした顔で聞き入る辺境伯。
「つまり、失われるのではなく、御返しするのです。今まで頼りきっていた神々の魔力を。人間は、神々の庇護から抜け出して、一人立ちするのですよ。アルカディアの大地に。子供は何時か親離れするものですもの」
瞬きもせずに聞いていたヘブライヘルは、その言葉の正しさを理解した。
あまりに整然とした言葉の数々は、初老の自分の胸にすら、しっくりとおさまる。
今まで人々は神々の恩寵に浸りきっていた。まるで赤子が母親にすがるがごとく、当たり前に魔力や魔法の恩恵を享受していた。
それが神々からの借り物なのだと、今になって、ようやくヘブライヘルは気がついた。
借りていた物は返すべきであり、暖かい庇護下にある者は、いずれ巣立つものである。
人の倣いに合わせれば、全て納得のいく話だった。
しかし、ならば何故、カストラートに御神託を降される神は、魔法の復活を望まれるのか?
相反する神々の御意志。
話によれば、この幼女は創造神様から、直々に御加護を受けたという。
その証拠に、キルファン人、数千人が一気にフロンティアへ転移した。
そんな御業は神々にしかなしえない。
光彩をいただく金色の王。森の主を僕として従え、金色の魔力を操る幼女は、間違いなく神々の序列に連なる者。
カストラートの予言者とは比べ物にならないほど、尊い御方だ。
となれば、カストラートの御神託が間違っている? あるいは偽られている?
分からない......
生まれも育ちもフロンティアなヘブライヘルは、曾祖父の悲願を代々継承しつつも、カストラートにはない自由を知っていた。
もちろん、祖国であるカストラートへの忠誠は変わらない。
物心ついてから刷り込まれたカストラート王家の末裔という矜持。
時には言葉で、時には暴力を用いてでも骨の髄にまで刻み込まれた呪い。
男子には言葉と痛みで、女子には薬でと、抗いようのない洗脳を繰り返してきたアンスバッハ辺境伯家。
それが正しい事であり、祖国の悲願を達成するためならば、手段は選ばないという気概の表れでもあった。
だから、祖国からの勅命に否やはない。
だが、それは唯々諾々と破滅に殉じる訳でもないのだ。
確認せねば。
魔力、魔法の復活は曾祖父の悲願であれど、それが神々の御心に沿わぬならば、足を踏み入れたこともないが、まだ見ぬ我が祖国にとって禍となりかねない。
ヘブライヘルは、手土産にと持ってきた御茶を置いて、足早に千尋の前を辞した。
小人さんの周りは常に動く。予想外に。
神々の範疇から飛び出した小人さんの言動、行動は、あらゆる人々の物差しをへし折って突き進む。
それは、隣国をも巻き込み、神々の御心へとにじり寄っていた。
じわじわと世界に、その存在を知らしめつつ、今日も小人さんは元気です♪
不穏な火種をはらんだアンスバッハ辺境伯家。
それとは知らずに正論で、その思惑に楔を打ち込んだ小人さん。
神々の御意志に、隣国の陰謀。世界の全容が明らかになり、小人さんは見え隠れする謎を解きに、最後の森へ向かいます。




