海の森と小人さん ~ななつめ~
ただいまです。リアル訃報が届きまして、大わらわでした。
ここ後も、しばらく忙しいかもしれませんが、一段落したので書きかけを完成させて投稿します。
「と言う訳で、キルファンから主の子供ら取り返すよ。ついでに宣戦布告してこよう。ガチ断絶で」
これが本来の予定だった。
国王陛下から許可を頂き、国交断絶とサクラの亡命宣言。
もう二度とフロンティアに干渉せぬよう、少し脅しをかける。そんな予定でいたのだが、その斜め上半捻りを行くキルファンの悪行に、小人さんはブチ切れた。
もし今回の事態がなく、キルファンの動向に気づけなくば、立ち枯れた海の森からフロンティアに魔物が押し寄せてきていたかもしれない。
そんな可能性があった事をロメールに説明し、千尋は残忍に口角を歪めた。
「信じられる? こちらの眼を掠めて海の森を密漁したあげく、フロンティアに壊滅的なダメージがくるとこだったんだよ?」
主の頭に仁王立ちし、明るい金髪を靡かせた幼子の眼に、爛々と輝く金の瞳。
月明かりの逆光で陰になりながらも、その煌めきは夜空の星とみまごうほどに、はっきりとロメールやドルフェン達に視認出来た。
「目には目を歯には歯を。とは言うけど、アタシはやられたら百倍返しが信条なのよね。キルファン帝国を潰す。異論は認めない。アタシ達だけでもやるからね」
幼女の周りにたむろう無数の魔物達。
出来るだろうねぇ、君なら。
思わず乾いた笑みを浮かべるロメールに、目には目をって何だ? と困惑する騎士団達。
目を潰されたら目を潰し返し、歯を折られたら歯を折り返す。
つまり、やられた事は、やり返すと言う意味と、それ以上の事をしてはいけないと言う戒め的な意味もある言葉だ。
そう説明する小人さんに、一人の騎士が、おずおずと手を挙げた。
「では、百倍返しは、その戒めの意味から外れるのでは?」
何気ない疑問を口にした騎士に、小人さんは、うっそりと獣染みた笑みを浮かべる。
「売られた喧嘩は高価買い取りするもんじゃない? 右の頬を打たれれば、往復ビンタと足蹴りくらいしないとね」
往復...... びんた?
聞き慣れない言葉に、再び首を傾げる騎士達。ただ一人、克己のみが顔から血の気を引かせて震えていた。
往復ビンタと足蹴りどこじゃない。急所を全部ボコスコにする気だろ、おまえ。
ぷるぷる震える克己を余所に、小人さんはロメールらと話し合い、半分の騎士をリュミエールの街へ返して状況を王宮に知らせ、残り半分でキルファンへ乗り込もうと決める。
「具体的には?」
もはや止める術もないと諦めたロメールは、取り敢えず全貌を把握しようと小人さんに尋ねた。
「そうだね。海岸線の殲滅、軍事系施設の壊滅、城から皇帝拉致して城壁に吊るし、絶交宣言。かな?」
指折りしつつ呟かれた言葉の羅列に、ロメールは意識が遠退く。どれ一つにしても、宣戦布告を遥かに凌駕する敵対行動だ。
皇帝を拉致した時点で、キルファン帝国は終わる。
それ、すでにキルファンを占領するのと同じだよね? あんな国、いらないんだけど?
疑問が顔に出ていたのだろう。ロメールを見つめていた小人さんの眼があからさまに泳いだ。
「まあ、その..... ねぇ? 美味しいモノに罪はないし? 国交断絶したら手に入らなくなる物もあるでしょ? もらえる物はもらっておこうかなって」
現代なら有り得ない、物騒極まりない提案も、中世では頻繁にあった事。
蚕の繭ひとつを手に入れるために、砂漠の国を丸々滅ぼすなども過去にはあったのだ。
権力者の感情で簡単に勢力図が書き変わる。胡椒ひとつで書き変わった例もある。
結局は、それかーっ!!
食べ物に貪欲な小人さん。
今回は明らかな悪意が相手にあった。それを逆手に取り、ふんだくれる物を根こそぎふんだくろうという算段のようだ。
テヘペロ的な可愛い笑顔が悪魔に見える。
これから起こる事後処理を想像して、割れるような頭痛に苛まれるロメールだった。
しかし、そこは腐っても王族。
すぐに気を取り直し、ドルフェンや水魔法を得手とする者らに全員を洗浄させ、さらには風と火の複合魔法で、瞬間乾燥。
ぶわりと起きた魔法の効果で、皆の姿がパリっと綺麗になる。
「仮にも国の代表だ。身だしなみは大事だからね」
軽く襟をなおし、いつもの飄々とした笑みを浮かべて、彼は視線を流した。
びしょ濡れだった騎士らも、ぴっと背筋を伸ばし、それぞれが動き出す。
王宮へ知らせる者らのパーニュを見送ってから、小人さんは海の森の主を見た。
「そういや名前を聞いてなかったね。アタシは千尋。あんたは?」
《ツェットと申します。以後よろしゅうに、王よ》
「じゃ、行きますか♪」
大きめの海蛇らが周囲を護衛し、その外側を埋め尽くすような魔物達が並び従う。
ツェットの頭に乗っかった小人さんをロメールやドルフェンが心配そうに見上げていたが、肩に乗った麦太が張る薄い結界を確認して、胸を撫で下ろした。
海から戻った時も、小人さんは僅かな濡れもなく、柔らかい膜のようなモノに包まれていたが、今もそれは無くなっていない。
あれが守護に特化した、隣国の森の力か。
茫然とするロメールは、ふと、自分達にも同じ守護がかかっている事に気がついた。
柔軟に伸び広がり、仄かに輝く金の衣。
それはパーニュで進むフロンティア勢全てを包んでいる。
「我々も?」
思わず瞠目して顔を見合わすフロンティアの面々を、愉快そうに眺める蛙達。
それにシニカルな笑みを返して、ロメールは、つくづく面白い時代に生まれたものだと神々に感謝した。
金色の王の降臨、主の森の復活、種を蒔かれて沸き立つ各文化、停滞気味だった外交までが活性化し、フロンティアのみならずアルカディアそのものが新たな時代を迎えようとしている。
『楽しいは伝播するんだよ。同じ阿呆なら、踊らないと損なんだよっ!!』
踊らされるは悪い代名詞のはずなのに、小人さんは踊る。率先を切って踊りまくる。
目立った者勝ちだーっと全力で駆け抜ける小人さん。
誰に踊らされているのか分からないが、フロンティアは、その舞台に上がってしまった。
ならば、小人さんと共に踊りきるのみ。
先導が金色の王なのだ。微塵の後悔もない。
半ば自棄気味に思考を振り払い、ロメールは未だ見えぬキルファン帝国を睨めつける。
ここまでフロンティアを虚仮にしてくれたのだ。今度こそ完膚なきまでに叩き潰そう。
今回の事で、王宮も過去の和解が間違いだったのだと気づくはずだ。
領海侵犯、ならびに財産の破損、結果、起きるだろうスタンピードの危機。
これらは宣戦布告を行うに十分な理由である。
サクラや克己を発端として行うより、よほど正統性のある理由だ。ある意味、礼を言いたいくらいに愚鈍な行為。
魔物の大群を先導して駆ける騎士団のパーニュは、一路帝国へと突き進む。
夜が白々と明け始め、ツェットの頭に座る小人さんが舟を漕ぎ出すと、その上を翔んでいたポチ子さんが、その身体を支えるように脇を掴んでいた。
ポチ子さんに掴まれて、頭をかっくりと項垂れ、すぴすぴと眠る小人さん。
そのままツェットの頭に降りた大きめの蜜蜂が、小人さんの下に潜り込み、もふもふな身体を枕のようにあてがう。
そのもふもふにペッタリと張り付き、幸せそうに頬ずりする小人さん。
帝国まではそこそこの距離がある。仮眠もまたよかろう。
小人さんが寝落ちしたことにより、やや速度の落ちた後続に合わせて、ロメール達も速度をゆるめた。
そして、帝国端の小さな小島に辿り着くと、ロメールは懐から封じ玉を取り出して地面に叩きつける。
中に入っていたのは筆記具一式。
それを用いて彼は手紙をしたため、蜜蜂に帝国の皇城へ届けるよう頼んだ。
すでに帝国の端だ。蜜蜂の速さなら然したる時間もかけずに届くだろう。
「さてと。皇帝はどうでるかな?」
黒い笑みを隠しもせず、ロメールは騎士団にも仮眠をとるよう指示した。
変則的な形のタープを張り、シェルフのように厚手な敷物を広げ場所を作ると、ツェットの頭で眠っていた小人さんをドルフェンが受け取る。
すよすよと眠る小人さんを中央に寝かせ、その左右にロメールとドルフェン。その横に騎士団と、それぞれが横たわり仮眠についた。
小島周辺には魔物の群れ。鉄壁の護衛である。奇襲も何も心配はない。
子供とお昼寝な大人達。緊張感の欠片もない長閑な風景を脳裏に描き、ロメールは苦笑した。
こんな戦も良いものだ。
そう考えながら意識を手離したロメールは、己の思考が小人さんに汚染されつつある事に気づいていない。
本来、悲惨極まりないはずの戦争をも、長閑な遠足に変えてしまう小人さんクオリティー。
優しい大人達や魔物らに囲まれ、今日も小人さんの平穏は守られます♪
相変わらずの小人さんクオリティーです。いつでもどこでも小人さんは小人さんですww
しばらく慌ただしいかもしれませんが、少しずつでも書きためて投稿します。
ここからは本編に関係ございません。誤字報告へのお知らせです。
えと、誤字報告に《いやが上にも》を《否が応でも》と来ているのですか、小人さんの回りに嫌だと思いつつ従っているものはおりません。
これは、ますますとか、さらにとか言う意味で盛り上がってきたとの複合的な意味を持つ表現に使っております。誤字ではないです。
あと、《歪にゆがんだ》これも、いびつにゆがんだと読みます。同じ漢字が並ぶのは紛らわしいので、あえて平仮名になってます。
《歪みに歪んだ》の誤字ではありません。
さらに、序盤、《厨房の者は全て国王陛下の財産である》こちらも財産を庇護と変換した誤字報告が来ておりますが、ワニは人的資源は財産だと思って、この表記です。間違いではないです。
《睨めつける》も、ねめつけると読みます。にらみつける、の誤字ではありません。
同じ勘違いをなさる方もいるかもしれないので、ここにお知らせいたします。
美袋。




