海の森と小人さん ~ひとつめ~
しばし仕事が立て込み、遅れました。ごめんなさい。あと、またまたレビュー頂きました、本当にありがとうございますっ:::
「えーと?」
「うん、分かるんだけど、現実だから」
フラウワーズから帰還して三日。
ただいま、ロメールと馬車に乗る小人さん。何でも、南のゲシュベリスタに帝国から船が着いたのだとか。
早馬で知らせを受けた王宮は、即座に小人さんを拉致してゲシュベリスタへ向かう。
後ろ髪をひくドラゴの雄叫びが、男爵家に響いたのは言うまでもない。
今頃、庭の池を棲み家と決めた麦太が慰めてくれているだろう。
ちなみに麦太とはモルトの倅蛙である。モルト=大麦=麦太という、相変わらず残念なネーミングセンスの小人さんだった。
「何でまた? 不可侵で御互いにスルーなんじゃないの?」
「手順を踏みさえすれば来られるさ。そこのサクラさんのようにね」
ああ、そっか。
馬車の中には小人さんの横に桜。正面にロメールとドルフェン。
説明もなく馬車に詰め込まれ、ようやくロメールは理由を話しだした。
今朝方着いた早馬の知らせによれば、帝国旗をはためかせた船がゲシュベリスタの港に二隻着いたらしい。
フロンティア南方の都市、ゲシュベリスタは大きな港を有する海洋都市だ。
豊富な海の幸と豊かな農耕地を持つ、フロンティアの食糧庫。多くの香辛料なども栽培しており、地理をならっていた時に、小人さんが、じゅるりとヨダレを垂らした地方である。
停泊したキルファンの船の目的はサクラなんだとかで、ヤーマンまでの入国許可を申請された王宮は、当の本人が千尋の侍女となっているため、主共々、馬車でゲシュベリスタに送ろうと考えたのだ。
そうすれば、キルファンは移動の手間がはぶけ、フロンティアも好まぬ客人を国内に入れずに済む。
ゲシュベリスタまでは、王都から一日半くらい。
帝国の思惑はともかく、ゲシュベリスタには興味があるな。お魚沢山買ってこよう。
緊迫した車内を余所に、暢気な事を考えている小人さんだった。
「サクラ様を連れて帰れば、貴方が皇帝となれます。くれぐれも抜かりなきよう」
「分かってる。あの酷い国を何とかしなきゃね。過去の日本人らは何をしてたんだか」
ゲシュベリスタの大きな宿で、十数人の男らが密談している。
殆どが黒髪黒眼の男達は、神妙な顔で頷きあっていた。
「フロンティアを訪れるようになり、眼から鱗です。ほんとうに美しい婦人とは笑顔が似合う者。キルファンの女子らにはない心からの笑顔の美しいこと。我が国は間違っている」
「サクラ様が女帝となられるか、克己様が皇帝となられるかすれば、法律の改定も容易になろう」
「俺の時間は二十年しかない。サクラさんとやらに頑張ってもらうほうが良い。長い時をかけて歪んだのだから、長い時をかけて正さないと、どこにひずみが起きるか分からないよ」
克己と呼ばれた青年は、少し眉を寄せて呟いた。
身分が高いほど髪を伸ばす傾向の強いアルカディアで、良い身形のわりに短く刈り込んだ髪の青年。
彼は、この世界に訪れたさいに会った神々の話を思い出していた。
「ここは......?」
病院の集中治療室にいたはずの克己は、気がつくと森のような、深い緑の樹木に囲まれていた。
空が見えぬほど生い茂る木々。呆然とする彼の前に、スパンっと音をたてて二本の雷が穿たれる。
そこから現れたのは、人形の光。目映く輝く金色の光は、克己に話しかけてきた。
死にゆくそなたに、二十年の時を与えよう。かわりに、我が愛し子の世界へ技術や知識を与えて欲しいと。
酷い難病で病床にあり、明日をも知れない克己に、知らない世界の神々は宣った。
ってこたぁ、俺は近々死ぬのか?
克己は自分の両手を見る。
点滴でもサポート出来ないくらいに細く弱々しい身体。こんな身体で新たに二十年も寿命を貰っても役にたつ気はしない。
その思考を見透かしたかのように、神々が指を振ると、骸骨のように痩せこけていた克己の身体が、瞬時に変貌する。
しっかりした骨格と、程好い筋肉のついた健康な身体。かつて克己が思い描いた理想の肉体がそこにあった。
「これは.....っ、有難い。俺に新たな人生をくれるのか?」
神々はコクリと頷き、確認するように克己を見つめる。
与えられるのは二十年だけ。死にゆく定めを歪め、生かせるのは、それが限界。
そなたが我が愛し子らと共に世界を紡いでくれる事を切に願う。
異世界転移ってやつか。
生まれてからずっと病床にあった克己は、やりたい事が沢山あった。夢見ては絶望し、それでも諦めきれずに本の世界で没頭した。
それが叶うのである。やりたい事は星の数。神々にとっては、たった二十年であろうと、人間にとって..... いや、克己にとっては計り知れない価値を持つ二十年だ。
「やる。少しでも生かせてもらえるなら、なんだってやる」
確固たる光を宿す漆黒の瞳。
神々は何度こんな瞳を見てきただろう。
最初は誰もが神々の願いに沿った行動をしてくれた。
愛し子達と笑い、苦しみ、アルカディアの地へ多くの恩恵をもたらしてくれた。
しかし、二十年のタイムリミットが近づくにつれ、最近の尋ね人らはおかしくなっていく。
千年ほど前までは、そうでもなかった。
貰った生を全うし、神々に感謝すら口にして予定されていた人生を終わらせる。
それがおかしくなったのはいつ頃だったか。
アルカディアの世界に魔法があると知ったあたりから、尋ね人らの様子がおかしくなった。
人の機微は神々には理解出来ない。
五十年に一度程度の尋ね人。前回は妙なことをいっていた。
異世界転移の特典はないのかとか、ちーと能力をくれとか。
はて? と首を傾げる神々に舌打ちをしつつも、新たな生を受け入れてアルカディアへと旅立って行ったが。
目の前の克己は、その彼と違い、真っ当な眼をしている。
以前に見た、希望に煌めく和の国の者特有な瞳。
軽く安堵し、神々は克己をキルファンへ送った。
神々には分からない。自身の死が刻々と近づいてくる恐怖が。
命の限りに尽くせるほど、人は強くはない。
数百年も前なら、そういった強靭な精神力を持つ者も多かったのだろうが、硝子の世代とまで呼称される現代人には無理な相談だ。
下手に知識が豊富なため、いやが上にも膨らむ死への恐怖。
それが軋轢を生み出し、ここ数代の尋ね人らが凶行におよんだ結果、キルファンは歪にゆがんだ。
神々には理解しがたい、人の弱さ。
神々の間違いを正すために蒔かれた種は、新たな間違いを犯しつつあるが、それも世の倣い。
人が犯した間違いを正すのは、人であるべきなのだ。
神々の範疇外である。
「ここがゲシュベリスタかぁ。綺麗な土地だねぇ」
途中に一泊を挟み、小人さんら一行はゲシュベリスタに入っていた。
風光明媚な海洋都市。それを目前に拡がる豊かな農耕地は壮観である。
奇しくも今は作付けの時期。どの畑にも人々があふれ、せっせと作業をしていた。
そういや、ここにも主の森があるんじゃなかったっけか?
以前にドルフェンが南方のゲシュベリスタにも主の森があると言っていたのを思い出して、小人さんは視線をドルフェンに振る。
「ドルフェン、主の森は、どこらへんなん?」
「ああ、海の中です」
「はい?」
さらりと放たれた言葉に、小人さんの眼が見開いた。
海の中? え? 珊瑚礁かなんかなの? それとも昆布の林とか?
ぱちくりと眼をしぱたたかせる小人さんに、ドルフェンとロメールが軽く噴き出した。
「君の想像は半分当たりかな、たぶん。珊瑚礁だよ。ただ君の想像よりも遥かに広大で大きな珊瑚のね」
聞けば、これこそがキルファンとフロンティアの戦の発端だった。
フロンティアとキルファンの西方に位置する巨大な珊瑚礁。
ここを代々守ってきたフロンティアは、それを害しようとするキルファンと対立したのだ。
珊瑚が華やかな装飾品や調度品になるのは、アルカディアでも同じである。
それに眼をつけたキルファンは、広大な海の恵みを得るべく船を走らせた。
しかし、腐ってもそこは主の森。多くの魔物が棲まい、その反撃がキルファンの船を襲う。
だがキルファンは魔物らの攻撃を封じるため、なんと大きな爆発物を作り、いくつも珊瑚礁に沈めて爆発させた。
ただの採集や狩りであるならば見逃そうと思っていたフロンティアも、これは黙認出来ない。
主の森を破壊しようとは何事かと、正面対決に相成ったのだ。
結果はキルファンの惨敗だが、フロンティアにすれば自国の海域を守ったにすぎないため、戦という気持ちも希薄である。
アルカディアでは、広大な海に線をひくような意識は乏しく、目視出来る範囲が自国の領海という曖昧な認識しかない。
フロンティアの南西に隣接する巨大な珊瑚礁は、一応、フロンティアの海域なのだ。
なるほどねぇ。漁獲区域は被るわ、珊瑚礁を独占されるわ、たしかにキルファン側としては腹もたつだろうな。
海は広けれど珊瑚礁は滅多にあるものではない。宝の山を目の前にしておあずけを食らうのは悔しかろうて。
小人さんにとってはキルファンこそが宝の山なのだが、価値は人それぞれ。
ついでに、ここの主とも盟約していこうかななどと暢気に考えている千尋に、この先に待つ欲望の汚濁を感じる事は不可能だった。
待ち受ける悪意も知らず、ポチ子さんと戯れる小人さん。それを微笑ましく見つめるフロンティアの一行である。
キルファンの実態が明らかになりましたね。
以前にコメントで複数の転移者がいないと不可能的な御言葉をいただき、複数どころじゃないんだよなぁと苦笑いして、暈したワニです。
そう、神々が作った日本人の箱庭だったんですね、キルファンは。
転覆する予定の船ごと転移させたりと、けっこう派手に日本人を移植させてました。この話しも、そのうち書くと思います。
世界中で、多くの職種の人間が一同に集まった時代があります。無慈悲に命果てる人々を、アルカディアの神々が拾ってきた。そんなお話です。




