act.96 怒りに燃える紫電の射手
モニカを拘束していた男、ラウレンツの口を覆っていた水がドロリと溶けるように形をなくす。黒いローブの男達の背後にあった巨大な水弾も同じように形をなくし、地にぶちまけられた。
これは生みの親であり、操者であるモニカが水弾を維持することが困難になった証拠だ。クルトの放った蹴りは凄まじいものだった。
「ヴィクトリア! モニカは⁉」
「大丈夫じゃ。命に別状はないじゃろう。今は気絶しておるがの」
それを聞いて一安心したいところではあるが、敵がそんな時間をくれるとは思えない。この状況から奴らがイグナール達を見逃すなんて優しい選択はないだろう。
今まで出くわしたことがないような強敵を前に身体が震える。剣を持つ手が震える。抜いた剣の刀身がカタカタと震える。正直怖い。
モニカは彼女の意思でヴィクトリアを守りたかったのだろう。だから自分の命も顧みず、危険な賭けに出たのだろう。
なら……俺がそれに答えてやらないでどうする! 彼女が必死で切り開いたこの状況を無駄にできるものか!
黒いローブの男達、クルトとラウレンツを睨み付け、剣を強く握る。震えは止み、その切っ先は倒すべき、殺すべき敵を捉えた。
恐怖はある。モニカの気持ちを汲んでもあげたい。だが、それ以上に奴らを許すことが出来ない怒りが身体中に広がっていく。
俺の大切な仲間を、俺の大切な幼馴染を、俺の大切なモニカを――傷つけたお前を許さない。
「殺す‼」
イグナールの人生で初めて口にした言葉。人に対して放つ言葉としては最上級に強い言葉。虚勢や威嚇ではなく、本気の言葉。
俺に力があれば、モニカは傷付かなかった!
俺に力があれば人質に取られることなんてなかった!
魔王討伐? 憧れの勇者ディルクに追いつく? 大切な人も守れない俺が? 彼女の危機をただ見ているだけしか出来なかった俺が?
「『紫電の力よ、俺に力を貸せえぇぇぇ!』」
自身の内から魔力を取り出す詠唱が、心を乗せた叫びがイグナールに眠る力を呼び起こす。
紫電の魔力は彼を覆い、剣に帯びて輝きとなす。燃え続けるたき火とは別の光源となって森を照らしだした。
暗い森の中で紫電が迸る。
「何なのですか貴方は⁉」
クルトの口調に焦りのような色が混ざる。紫電の属性など、見たことも聞いたこともないだろう。何より、扱う本人さえまだよくわかっていないのだから。
イグナールは地面を強く強く踏みしめ、紫電を纏った身体を……撃ち出した。




