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act.92 第三者


 人が死んでいく。悪人だから、悪人でも、そんな倫理観を争う暇もなく。刻一刻と人が死んでいく。こうやって地面に伏して胃の中をからっぽにしている間も人が死んでいく。


 盗賊なんてものはいつの時代も一定の数いた。


 しかし、二年間の旅で出くわすことはなかったのだ。その二年間に対峙したのは魔物だけだった。人を殺したことはおろか、こちらに殺意と悪意を抱いた人間と剣を交えたことはない。これも勇者ディルクの名声が故である。


 ここに来てまた実感する。俺達はそう言った意味でもディルクに守られていたのだ。悪意ある人間との邂逅から、人を殺す機会から……


 敵は何も魔王だけではない、魔物だけではない。この先も人間に自分達の命を脅かされない保証などどこにもない。そんな時、剣を振るえるだろうか? 誰かを守るために誰かを殺す覚悟が出来るであろうか?


 今もなお、俺達を守るために剣を振るっているヴィクトリアのように。


「グソ! クゾ! どうじで助げにごない……契約ちがうぞ……」


 呻いているのは商人だった男だ。ヴィクトリアに手を潰され、強く地面に叩きつけられた男だ。幸い――と言ってもいいのだろうか――地面に倒れているおかげでまだ生きていた。


 助けに来ない? 契約?


 彼は一体なんのことを言っているのだろうか。単純に考えれば、それは盗賊とは関係のない第三者を示唆していることになる。そもそも、こんな事態――ヴィクトリアに蹂躙される――は予測出来たはずだ。


 昼間、彼女が見せつけた絶対的な力の差を見ているのだ。客観的に見てもあれは演技などではなかった。確かに彼らの考えた奇襲は途中まで上手くいっていた。ヴィクトリアがそれを上回る力を持っていため瓦解したが……


 そもそも彼女が生み出したゴーレムはどうした? あの盗賊達でどうにかなる代物ではなかったはずだ。


「キャアア!」


 隣で聞こえる叫び声、モニカだ。


 イグナールは起き上がり、彼女のほうへと振り向いた。そこには上半身が何かで抉られたかのような跡をくっきりと残したゴーレムの残骸が転がっている。位置的に見てあれはモニカを守っていたゴーレムだ。


 その隣にはモニカ自身と男とも女とも判然としない影が二つ。一方の影がモニカを羽交い絞めにし、一方の影がモニカの喉元に短剣を突き付けていた。


「さて、そろそろ止まってもらおうか。ヴィクトリア嬢」

「貴様……何者じゃ。モニカを離すのじゃ!」

「おっと、貴方が今命令できる立場にあると、お思いですか?」


 土塊の大剣に、下着に、金糸で編んだような美しい髪に、盗賊達の返り血をたっぷりと浴びた暴風がピタリと止まる。

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