act.91 凄惨
ヴィクトリアと変わらない程巨大な土塊の大剣を振り回し、彼女は美しく舞う。振り下ろせば相手が手にする武器含め粉砕し、薙ぎ払えば木々と共に両断する。人間とはこんなにも脆い生き物であっただろうか。
肉を裂く度に土塊の大剣は紅く、紅く染まる。それは血を飲めば飲むほど、斬撃のスピードが増し、鋭く研ぎ澄まされて行くように感じる。
先程まで窮鼠の如しと言わんばかりに気概を示していた盗賊達。しかし今はもう見る影もない
。ただただ、己が蹂躙される順番を待っているだけのように見える。断頭台に並ばされた死刑囚。恐怖と言う縄に縛られ、大人しくしている。
どちゃりとそれなりの物量と水が混じった物が地面に落ちる音がした。それは下半身から切り離された人間だったもの、男だったもの。その目はただただ虚ろだった。空虚だった。何も映し出してはいなかった。
目にしたくないのに、目が行ってしまう。
切断面が荒い。獣の牙にかけられたような凄惨さである。ヴィクトリアの持つ土塊の大剣は難なく人を切り裂いていると言うのに。熟練の名工が鍛え上げた剣のごとき切れ味を今、イグナールの前で振るっていると言うのに。
ヴィクトリアの大剣は相手を切っているのではない。切れ味が優れているのではない。ただ単純な膂力を持って引き裂いているだけなのだ。
昼間見た彼女のゴーレムはすごかった。たった一撃で屈強な男を葬った場面に興奮すら覚えた。そして同時に、彼女と戦うことになってしまった場合、どう対処すればよいかなどと、心の片隅で考えていた。
だが、今はそんな事を考える余地はない。
ヴィクトリア・フォン・クレヴァリー、彼女は正真正銘の化物だ。本物の化物を目の当たりにした人の行動とは、膝をついて恐怖すること以外許されないのだ。
時間が立つにつれて増えていう人間だった物。時間が立つにつれて濃くなっていく血の臭い。視覚が胃を焦がし、臭いが頭を酔わせる。
そして、イグナールは胃の奥から込み上げてくるものを我慢することが出来なかった。
「う、おぇぇ……」
もうほとんど原形を留めていない魚が、ウサギが飛び出した。口の中に不快な酸っぱさと臭いを残し、大地にぶちまけた。一度堰を切って溢れたらもう止まらない。胃の中を洗浄するかのように全てを吐き出す。
その苦しさからなのか、自分の情けなさからなのか、気が付けば視界を歪める程度の涙が出ていた。




