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act.89 可憐な化物


「やめておけ。今日会ったばかりの(わらわ)に、人質としての価値があるとでも思っているのか?」

「それはどうかな? 見ず知らずの人間の頼みを聞くお人好しだぜ?」


 奴の考えに賛同するのは非情に腹立たしいことではあるが、立った一日の付き合いではあるのものの、目の前でヴィクトリアを見殺しに出来るはずがない。


「おっと、さっきの質問に答えてやるよ」


 ――ピュゥゥイ‼


 男は空いている左手で口笛を吹く。それは静寂の暗い森に響き渡り、ざわつかせる。しばらくすると茂みをかき分けて剣や斧を持った男達が現れる。年齢や持っている武器、身に着けいている衣服や防具、アクセサリーに至っても統一感はない。


 こいつらは昼間、ヴィクトリアに襲い掛かり、見事返り討ちにあった盗賊達だ。


 つまり、ヴィクトリアを人質にしている商人だった男は、盗賊の仲間と言う事になる。大方奪った物品を金に換えるために町へ行く最中だったのだろう。その途中でいいカモ――イグナール一行とヴィクトリア――を見つけた。


「悪いな兄ちゃん、野郎には身ぐるみ剥いで死んでもらう。女どもは変態に高く売れる。まぁちっと味見もさせてもらおう」


 ベースを囲む下賎な男共はヴィクトリア、モニカ、マキナをなめ回すような目線で眺めつつ、騒ぎ立てる。


「それよりもお嬢ちゃん、こんな格好で今からお楽しみだったかい?」


 下卑(げび)た笑みを浮かべ、ヴィクトリアを空いた手で(まさぐ)る商人の男。下着の上から尻を揉みしだき、腹を伝い乳房に手をかける。ビスチェの上からでも男の力加減に合わせて変形し、吸い込んでいるように見える。


 こんな事をされれば誰でも生理的嫌悪感に表情を歪め、これからの自分の身に起こるであろう出来事を想像し、恐怖するだろう。


 しかし、依然ヴィクトリアの顔は冷静だ。むしろ呆れていると言ってもいい。


「はぁ、どうやら(わらわ)の見立ては間違っておらんかったようじゃな。しかし、ここまで下種な連中じゃと安心じゃのう」

「どうしたお嬢ちゃん、恐ろしくて気でも触れたのか?」

「昼にも同じことを言われたのう。心配せんでも妾はいつも通りじゃ」


 ――直後、ヴィクトリアの手が、男の短剣を持つ右手の手首を掴む。


「クソッ! 大人し――なんだ! うごか」


 べきりと木の枝をへし折ったような音が聞こえた。男は苦痛に顔を歪め、ヴィクトリアの表情には感情らしいものが見当たらない。


 彼女の華奢(きゃしゃ)にも見える手が男の手首を折った。いや、握りつぶしていた。



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