act.88 嘘吐き
「あの、アイテムは少量しかありませんけど……私が治療できます」
商人の男に答えたのモニカだ。彼女の扱う回復魔法は一級品と言える。身をもって経験していることなのでモニカの腕前は保証できる。なので、旅で持ち歩いているのは彼女自身が回復魔法を使えない状態になった場合に使う最低限だ。
「そうかいお嬢ちゃん! 頼む! 二人を治してやってくれ。さぁこっちだ!」
男はモニカに手招きして暗い森の中に入ろうとする。その後を追おうと動き出すモニカ。
「待つのじゃモニカ」
今まで黙って事の成り行きを見守っていたヴィクトリアがモニカの行く先に手を差し出し、止める。
「なんだ、早くしてくれ! 二人は結構な怪我なんだ!」
取り乱し、捲し立てるようにモニカを急かす商人。確かに男は急いでいるように見えるが、その目は下着姿のヴィクトリアに釘付けになっているように思う。男のイグナールから見ても嫌悪してしまうような嫌な目だ。
「盗賊が近くにおるのに暗い森の中に行かせるわけにはいかん。代わりに妾の魔法でその二人をここまで運ぼう」
ヴィクトリアが男の所まで歩み出る。
「ああ! それでも構わん! お嬢ちゃんのゴーレムなら運べるだろう。とにかく、早くしてやってくれ」
急かす商人の言葉を聞いてイグナールは携えた剣に手を掛け、一気に引き抜く。剣が鞘から抜かれる独特な音が森の中で響き、緊張感が高まる。イグナールは切っ先を商人の男に向けて問う。
「なぁあんた……なぜヴィクトリアがゴーレムを扱えるのを知っているんだ?」
「ちっ!」
激しく舌打ちをし、男は背中に手を伸ばしつつヴィクトリアに一足飛びに近ずく。そして背中から取り出した短剣を彼女の首へとあてがった。その動きは手慣れたものだと言わんばかりの速度であり、ヴィクトリアは抵抗も出来ずに捕まってしまう。
だが彼女は取り乱すこともなく、変わらぬ表情を浮かべている……
「動くな! この女の首と胴体が分かれることになるぜ? ヴィクトリアと言ったか? あんたも死にたくなきゃ抵抗しないことだな。お得意のゴーレムもこの距離じゃぁ自分を巻き込んじまうぜ?」
商人だと思っていた男の言われるままに動きを止めるイグナール一行。さすがにこの距離ではイグナールが男に剣を突き立てるよりもヴィクトリアの首が落ちる方が速い。
少しでも男を信用し始めていた自分が憎い。




