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act.87 再来


「ま、待ってくれ!」


 聞き馴染みはないが、聞き覚えのある男の声が静寂とした森の中で聞こえる。茂みをかき分ける音で特定することは難しい。しかし、茂みから出てきた男の顔がたき火の灯りで照らされると、イグナールは昼間の記憶が蘇った。


「なんだ、あんたか……」


 暗い森の来訪者は昼間に出合った商人らしき男であった。息を吐いて緊張を吐き出すイグナール。しかし、剣に添えられた手はそのままだ。


「どうしてあんたがこんなところに?」


 誰にとっても当然の疑問であろう。この場にいる全員が顔見知りではあるが、旅路で二、三言葉を交わした程度の仲である。唯一わかっていることがあるならば、男が親切――人によってはお節介焼き――だと言う事だけだろう。


「いや、あんたらの事が心配になっちまってな……引き返してきたんだよ」


 たき火に照らされた男の顔には柔和な笑顔が浮かんでいる。


「驚かしちまって悪いな……で、そろそろその物騒なもんから手を離してもらっても構わんかね?」


 男は少し怯えた表情を浮かべ、イグナールが腰に携えている剣を見やる。取りあえずの危険はなさそうだと判断し、剣から手を離す。それを見ると、商人の男は茂みから出てきて、その全身を皆の前に晒した。


「いやぁ、お前さん方もそっちのお嬢ちゃんも無事なようで良かったよぉ」


 笑顔を崩さずにたき火の側まで歩いてくる男。イグナールはそこで一つの異変に気が付く。昼間見かけた大荷物がない。連れていた傭兵らしき男達の影もだ。これは奇妙である。この近くに村や町など、商売が行えそうな所はなかったはずだ。


「昼間の大荷物はどうしたんだ?」

「それがな……あんたらの事が心配になって戻ってきた時、盗賊に出くわしちまってなぁ。荷物をほっぽり出して逃げて来たんだよ」


 先程までの笑顔が崩れ、険しいとも、悲しいとも言える表情を浮かべて商人の男は話す。


「護衛をしていた二人組はどうしたんだ?」


 あの荷物の中身が商品であるのならば、商人にとっては命と同価値とも言えよう。それを簡単に放りだして逃げ出すものだろうか? いや、突然の来訪者に驚いて疑り深くなっているだけかもしれない。


「なんせ、こんな暗がりで人数も多い盗賊相手は分が悪い。素直に逃げたさ。そんでその逃げた先にゴーレムがいてよう。一体だったから何とかあの二人が倒してくれたんだが、怪我をしちまってな……頼む! あいつらの怪我を治すアイテムとか持ってないかい?」


 男はひざまづき、大仰な動作で懇願してくる。感情がコロコロと変わる様は昼間に会ったときの印象とはかけ離れているように思う。



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