act.86 森の中の来訪者
ヴィクトリアが培ってきた観察眼の精度は身をもって体験したモニカ。はたして、彼女がすごいのか、自分達が単純なだけなのか……それはひとまず置いておこう。焦点としてはイグナールの現状である。
私の事を意識してくれているのは確かであると、ヴィクトリアは言った。
それではこれからどうやって進展していけば――
「ん⁉」
「どうしたのヴィクトリア?」
今まで柔和な笑顔で話していたヴィクトリアの表情が突然険しくなる。視線はモニカに向かっているが、実際に彼女が見ているのは違う。その様子はナニかを感じ取っているように思う。
「巡回のゴーレムの気配が消えたのじゃ……」
ヴィクトリアが見張りのために造りだし、放ったゴーレムのことだろう。その気配が消えたと言う事は由々しき事態なのではなかろうか。だが、彼女はひたすら冷静で取り乱しているような様子はない。そんなヴィクトリアを固唾を飲んで見守るモニカ。
「これはゆっくりとくつろいどる場合ではなさそうじゃな。モニカ、さっさと出て着替えを済ませるんじゃ」
モニカはこっくりと頷き、了解の意を示す。風呂替わりの巨大な水弾から二人同時に出でる。モニカが、水を操り二人にべったりと付着した水滴をまとめあげる。魔法操作である程度の水気はとったものの、生乾き状態で肌に張り付く衣服の感触が少々不快であるが、緊急事態のため文句を言っている場合ではない。
この先どんな事態が待ち受けているかわからないため、風呂替わりに作り出した水弾はそのままにしておく。お互いの着替えを終わらせ――ヴィクトリアのドレスは小屋の中のため下着だが――イグナールとマキナがいるベースに戻る。
ベースに戻ると、すでにマキナが異変に気が付いたようでイグナールを揺り起こしている最中であった。
「うーん、どうしたんだ? って! ヴィクトリアそ、その恰好!」
寝ぼけ眼でこちらを確認したイグナールはヴィクトリアの下着姿にびっくりして完全に覚醒した。大きな声を上げる彼に向け、人差し指を口もとに当てて静かにしろとジェスチャーを送るヴィクトリア。
「敵か?」
彼女の険しい顔で異変に気が付いたイグナール。眉間に皺をよせ、しばらく考えるような表情を浮かべたあと、小さく呟いた。立ち上がり腰に携えた剣に手を掛ける。
「わからん。しかし巡回させておったゴーレムの気配がなくなったのじゃ」
下着姿であることを全く意に介さず、イグナールに近づいて小声で伝える。
そして、突然マキナが体を翻し、暗い森の一点を見つめる。
「来ます」
短く、無遠慮な来訪者を示唆し、全員がマキナが視線を飛ばす先を注視する。ガサガサと存在を示すように音を立て、茂みをかき分け現れたのは……




