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act.74 野営⑧


 一通りの会話の後、ヴィクトリアは考え込むように黙ってしまった。マキナについての推測を巡らせているのだろう。しかし、釣り竿に反応があったときはすかさず動き、魚を釣り上げる。彼女の自信が命令を忠実に実行するゴーレムのようだと思った。


 小川での収穫は、大人でも十分に腹を満たせるほどの魚を三匹――全てヴィクトリアが釣り上げたものだ。それまでイグナールの釣り竿はピクリとも反応しなかった。同じ道具でさほど変わらぬ条件だったと思うのだが……この違いはなんなのだろうか。


「さて、下処理して引き上げるかのう」


 そう言うと彼女はスカートをたくし上げる。すっかり日が沈み、月明りがヴィクトリアの脚を照らし出す。月光に晒された彼女の肌は男の視線を吸い込んでしまう、そんな妖艶さがある。イグナールは生唾を飲み込み、名残惜しくも視線を逸らす。


 彼女の脚には数本のナイフと小さなポーチのようなものが見えた気がする。釣りに使用した針と糸の出どころが判明した。


 ヴィクトリアはナイフの背で魚を撫で、鱗を落とし、小川に付けて腹を開いて内臓を取り出した。ディルクに教わりイグナールもやったことはあるが、あんなに手際よくは無理だ。しかも月光だけを頼りにそれを成すヴィクトリアの技術には惚れ惚れする。


 圧倒言う間に三匹に下処理を施し、植物のツルを使ってまとめあげる。


「罠が発動した気配がしておる。(わらわ)が様子を見てくる故、お主はここで待っておれ」

「あ、ああ」


 ヴィクトリアは魚をイグナールに渡すと躊躇なく暗い森の中に入って行った。正直イグナールは一人でこの森に入り、無事目的地に着く自信はない。


 だが、彼女ならばなんの問題もないだろう。今までの行動からもそうだが、その――胸元同様、大胆に背中を見せるドレス――背中が頼もしく見えたからだ。


 しばらくすると、暗い森から動く影が見える。月光に晒され、姿を現したのはやはりヴィクトリア。右手には茶色いウサギがぶら下がっている。ぐったりとして動く気配はない。すでにトドメは刺されたのだろう。


「魔物は害をなすから殺す。動物は食うために殺す。自分らのために殺すのはどっちも一緒だ。少しでも慈悲の心があるなら苦しまないように()れ」


 昔、獲物を捕らえて殺す事に迷いを示したイグナールにディルクが言った言葉だ。恐らくヴィクトリアならばなんの迷いもなくやってのけたに違いない。彼女からは勇者ディルクのような心の強さを感じたからだ。


 いくら強い力を持っていたとしても、理由なく振り上げたならばそれはただの殺戮なのかもしれない。自分の力を揮う理由、意味。その振り上げた力に――剣にどんな思いを乗せるのか……それが、一撃の重みとなるのかもしれない。


 そんな事を考えている内に、ウサギの内臓は取り除かれ、皮をはがされ、立派な肉になっていた。


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