act.70 野営④
「どうやらウサギの巣のようじゃな。今の時間帯は外に出とる頃じゃろう」
「こんな半端な時間にか?」
もちろんイグナールは動物の事には詳しくない。ただ漠然と人の尺度からこんな半端な時間から行動を開始することに疑問が湧いたのだ。
「奴らにとっては昼も夜も敵だらけじゃ。だからそやつらとなるべく出くわさんような時間を選ぶ」
昼に行動し、夜目の利かない動物はもう眠る時間だろう。そして、夜に紛れる者達にとってはまだ少し明るい。捕食者に出くわさない事で自然の中を生き抜く生活リズムである。だが、それも人間相手には通用しないようだ。
「もう少ししたら巣に戻るじゃろう。罠を仕掛けておくぞ」
そう言うとヴィクトリアは巣の前の地面に手を触れる。
「『我に眠りし力よ、我が意思に従え』」
淡く地面が光り、そして程なくして何の変哲もない土へと返る。
「よし、さっさと離れるぞ。今この時、巣の主が帰って来たら捕らえられんからのう」
「あ、ああ」
ヴィクトリアが何か魔法を使ったのは確かなのだが、どんな効力があるのかはわからない。彼女が罠を仕掛けると言ったので、恐らく特定の条件を満たすと発動する条件型の魔法なのだろう。
生活を支える魔法と言うのはいくつもあり、イグナールも知識としては知っている。しかし、狩猟で使われる魔法は未知だ。モニカのためにも成果が出る事を祈りながら、さっさと歩きだした彼女の後を追う。
日が暮れつつある森の中、ヴィクトリアははっきりとした目的地があると言わんばかりに、前を進んでいく。すでにイグナールは迷子も同然だ。彼女を見失えば、朝まで立ち往生せざるを得ない。なので必死でヴィクトリアの背中を追いかける。
子供が親の背中を追いかけるように。
――ドンッ‼
イグナールは何かにぶつかった。柔らかくもあるが、まるで地の深くまで根を張った木、そんなイメージを抱かせる。それは突然立ち止まったヴィクトリアの背中だった。
「っつ、すまない」
イグナールにぶつかられたヴィクトリアはよろめきもしない。そして、イグナールがぶつかったことを全く意に返していないようである。彼女は耳に手をあて、音を拾っているようだ。
試しにイグナールも耳を澄ませてみるが、虫の声や鳥の声が微かに入るだけだ。静寂と言ってもいい。まさか、ヴィクトリアは虫を探しているのだろうか……虫は非常に栄養価が高いとは聞くが、出来る事ならば一生お世話にはなりたくない。
「ふむ、こっちじゃ」
再び歩き出したヴィクトリア。彼女の足取りが更に速くなる。しばらくして、森が開ける。彼女が何を探し、見つけたのかがイグナールにもわかった。




