act.69 野営③
「いやぁ、モーニカはなんとも愛いやつじゃのう。妾に妹がおったらモニカのような子が良いのう」
先程散々に叩きのめした相手を、妹だったらよかったと語るヴィクトリア。女性には低めと思われる声色が限界まで高くなっている。彼女は現在とても上機嫌なのだと感じるイグナール。
ヴィクトリアはアレか、好きな子はいじめてしまうタイプの女性なのだろうか? それとも単にサディスティックな一面があるだけなのだろうか。
ヴィクトリアの見え隠れする新たな表情について考えつつ、森の中を彼女の後に付いて歩く。太陽は今だ健在ではあるものの、背の高い木々に阻まれ、その力は森の奥までは及んでいない。にもかかわらず、道なき道を歩き続けるヴィクトリア。
ふわりと咲いた花のようなドレスの裾を、茂みや背の低い木の枝に引っかけることなく進んでいく。それらが、ヴィクトリアのために道を開けているのではないかと錯覚するほどに淀みなく歩を進める彼女。
その後を追うイグナールの衣服には木の葉や、どこから拾って来たのかもわからない蜘蛛の巣などが絡みついている。
「すごいなヴィクトリア……どうしたらそんな風に進めるんだ?」
研究所を目指す際に、マキナも森の中を堂々と直進していた。しかし、それはただ目の前にある障害を障害と認識していないような強行軍である。ヴィクトリアは森の歩き方を知っている、熟知していると言った感じだ。
「それは経験じゃよ。幼い頃、父上に連れられてよく森を駆けたものじゃ」
恐らく狩りが得意と言うのもその父親から学んだことなのだろう。イグナール自身やっことは無いが、上流階級の貴族は趣味として狩りに興じることがあるらしいが……ヴィクトリアの動きは趣味で留まる領域には見えない。
暗い森には不釣り合いのドレスで進む彼女は、現実との乖離具合がお伽噺の主人公のようだ。
そう思っていると、前方を歩いていた彼女が忽然と消え去る。
「――⁉ ヴィクトリア?」
突然のことで狼狽えるイグナール。姿を消した彼女も心配ではあるが、彼女に何かあった場合、ただ後を付いてきた自分は無事にヴィクトリアを連れ帰ることが出来るかも心配だ。
「イグナール、こっちじゃ」
声がした方を見る。ヴィクトリアは別に消えたわけではない。その場にしゃがんだためにイグナールの視界から外れただけだった。彼女に言われた通り、隣まで近づきしゃがむ。そして、無言で指さす方向を見ると木の下に穴を発見した。
大人の頭がすっぽり入るくらいの穴だ。




