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act.68 野営②


「イグナールいってらっしゃい! 旅で疲れてるだろうし、あまり無理しないでね」


 イグナールを気遣うような表情を見せるモニカだが、瞳の奥には隠すように光る期待の眼差しがイグナールには見える。新鮮なお肉か魚が食べたい! と言っているように思える。


 しかし、それは全て単なる思い込みなのかもしれない。何故ならイグナール自身も硬いパンと干し肉の食事には飽きているからだ。モニカの瞳から漏れ出た心の叫びではなくて、彼自身の叫びなのかもしれない。


(わらわ)も同行しよう。こう見えても狩りは得意なのじゃ」


 思いもよらぬヴィクトリアの提案に驚きを隠せないイグナール。日が落ちつつある中、彼女の着るドレスは青が増し、深い海や湖の表面を思わせる。そこに咲く淡い青のバラが非常に映える。


 足元から徐々に上へと目線を移しつつ、職人の技術やセンスが光る造形美を堪能していると、突然大胆に開いた胸元に辿り着いた。これはまた一つの造形美、生命が作り出した奇跡である。


 昼間はイグナールは先頭を歩いていたのであまり気にしていなかったが、なんとも魅力的な胸元であろうか。かつての旅の仲間、デボラ・イッテンバッハが程よく熟れた果実と評価するならば、ヴィクトリアは少し青さが残るものの熟れ模様は十分と言える。しかし、彼女の堂々とした立ち振る舞いや、言動がその青さを微塵も感じさせない。


 モニカは……まだまだその髪色のように青い果実だ。


 ――パンッ‼


「ってぇ!」


 後頭部に強い衝撃が走る。少し見惚れすぎたようで危険の察知が遅れた。


「サイッテー!」


 後ろを向くとジト目で睨み付けるモニカの姿があった。イグナールの頭を襲ったのはの彼女が持っているカバンのようだ。旅の荷物の分以前よりも重い。心底軽蔑するような眼でイグナールをひたすら睨み付ける。


 罵詈雑言を浴びせられるよりもキツい、無言の罵倒である。


「ハハハ! 別に減るものでもあるまいし、目くじらを立てることもなかろう。そこまで熱心な視線を向けられるのはこの体を作った大地も、ドレスを作った職人も本望じゃ。それとも……モニカの考えは別の所にあるのかのう?」


 ニヤリと悪戯心が潜むような笑みを浮かべるヴィクトリア。


「男のスケベ心に寛容になることも、男にとっての魅力ある女の必須条件じゃぞ? モニカ」

「そ、そんなじゃないもん!」

「まぁ、妾は人の(もの)を盗って愉悦に浸るような趣味はない。安心するが良い。しかし、情熱的に求められでもしたら、その限りではないがのう。それだけ魅力があると言うことじゃからの」

「ぐぬぬ……」


 最早きっかけとなったイグナールを無視してモニカとヴィクトリアの激しいバトルが勃発している。終始モニカの劣勢で幕を閉じそうではあるが、巻き込まれる前にとイグナールは静かに後退した。


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