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act.64 含み笑い


「そなたらの申し出、ありがたく受けよう」


 ヴィクトリアは金髪に映える青い目をこちらに向けて笑顔を見せた。しかし、それは見る人の幸福を運んでくるような純粋なものではない。まるでこちらの腹を探るような、圧倒的な強者からもたらされる余裕のある忠告のような……


 彼女は決してこちらに信頼をを寄せているわけではない。ヴィクトリアが信じているのは己の強さだ。もしもイグナール一行が彼女に悪意で近付いてきた者ならば、アレと同じ目に合うだけだと言いたそうな、そんな含みを感じられる笑顔。


「あぁ、短い間だけどよろしく」


 イグナール一行からすれば心外だ。とんだ疑いを掛けられていることに違いないが、まだ話が出来る相手でよかった。問答無用であの土塊の暴君がこちらに向かわなくてよかったと今は安堵すべきである。


 ヴィクトリアが近づき、イグナールの手を差し出す。


「こちらこそ、良しなに」


 彼女の独特で古臭い言葉使いには少々困惑するが、ニュアンスからして友好的――イグナール達が不審な動きをしない限り――な『よろしく』と受け取り、ヴィクトリアの手を取るイグナール。


「出発の前に」


 ヴィクトリアは木にもたれ掛かる無残な死体を見た。


「小悪党に堕ちたと言っても、あのままでは浮かばれん」


 そう言いながら死体に近付き、しゃがんで地面に触れる。すると死体の真下――地面が沈み、盗賊の男だったものが呑み込まれた。


「大地から生まれたのなら、最後は大地に返すのが道理じゃ」


 ヴィクトリアがゆっくりと立ち上がりイグナール達の方に向き直る。


「それでは先を行こうかのう」


 そういうとすたすたと先を歩き出した。林道を大きく外れて森の中へだ。


「ちょっちょっと! ヴィクトリア!」


 ヴィクトリアの行動に呆然とするイグナール。ただ無表情で彼女の動きを観察していたマキナの代わりにモニカがヴィクトリアを制止する。


「なんじゃ? んーモニカと申したか。ルイーネはこちらじゃろう?」


 林道を外れ、森の中へ入っていこうとしているヴィクトリアから冗談の気配はない。彼女の確信に似た自信はどこからくるのであろうか。まさかこれが……


「もしかしてヴィクトリアは方向音痴ってやつなのか?」

「ふむ、たまにそう言った心無い中傷を言われることはあるのじゃが……方角はあっておるはずじゃ」


 モニカはカバンからコンパスを取り出し、ルイーネの方角を確認する。


「た、確かにあってるけど……」


 ヴィクトリアの言う通り方角はあっているらしい。その時、直線距離を素直に突き進むマキナを思い出したイグナールであった。



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