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act.62 土塊の暴君


「な、なに言ってやがる! 恐ろしくて気でも触れたのか!」


 巨躯の盗賊から出た言葉は単なる強がりだ。圧倒的な強者の威圧感を受けても目の前の女性が放ったとは思いたくない。まるで子供の幼稚な言い訳。勇気ではなく、蛮勇と同種の矜持。


「恐ろしくて気が触れたのはそなたであろう?」

「こ、こいつ! 調子に乗るな!」


 男が腰に携えた剣を引き抜く。屈強で巨躯の男の身に似合うそれは常人が振るうには少し大きい得物だ。それを思い切り振り上げ、彼女に向かって力を込め容赦なく振り下ろす。


 ガキンッ‼――


 辺りに金属と硬質なものがぶつかり合う独特な音が響き渡る。見ると青いドレスを纏った彼女と盗賊の男の間から土塊の巨大な腕が生えていた。その腕が彼女を守るように剣を受けてめたのだ。


「面倒じゃ。蹴散らせ」


 ウオオオォォォォォォ‼――


 雄たけびに似た地鳴りが辺りから聞こえ、彼女の足元が膨れ上がる。その様子に気圧されるように青いドレスの彼女の手を離し、後退る男。盛り上がった土はやがて、巨大な人の形へと変貌を遂げ、彼女はその肩にそっと座った。


 ゴーレムだ。


 土属性魔法で生み出される疑似生命。生み出した者の命令を絶対とする土塊の下僕。人間の中でも頭一つ抜けて大きく、屈強な盗賊の男と比べてもさらに一回りは大きい。その巨躯に見合う腕――彼女を乗せた逆の腕――が持ち上げられ振るわれる。


 それは巨躯に見合わないほどに早く、立ちはだかる空気の抵抗をものともせず、突風ともいえる流れをあたりにばら撒きながら屈強な男に迫る。咄嗟に剣を前に出し、防御の体勢を取る。先程まで男の強さを象徴する雄々しい姿を見せていた剣が、今ではなんともか細く頼りない存在に思える。


 実際その通りであり、防御として構えた剣はゴーレムの剛腕から放たれた拳の勢いを殺すことすら出来ずへし折れ、役目を終えた。そして巨大な土塊人形の拳が男に叩きつけられる。その衝突の音が響き渡り、その余波がイグナール達の所まで届くような感覚に襲われた。


 盗賊の男の巨体が真横へ吹き飛び、後ろに在る巨木にぶつかる。ミシミシと巨木の悲鳴と共に枝が大きくしなり、緑の葉を舞い散らせる。まるで真横に落ちたような光景だった。


 男の体はゴーレムの計り知れない膂力に負け、拳の形をくっきりとその体に描き出している。体を支える胸にある骨は一切合切を粉砕され、臓物は潰れたであろうと見ただけでわかる。何故なら、強さを示すため盛り上がっていた威圧的な筋肉は見る影もなく(たい)らなのだから。


 最早、撲殺ではなく圧殺である。



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