act.61 トラブル発生中
しばらく歩くと商人が話していた林道が見えてきた。人の往来が多いのか、道はよく整備されている。しかし、深い森なのに変わりはない。魔物は少ないと言っていたが、それ以上に厄介な存在を孕んでいてもおかしくはない。
あの時は彼の頼みを了承したがイグナール自身も面倒ごとはごめんはである。魔物の被害であるのならば討伐ギルドとしても、魔王討伐を目指す者としても望むところではある。だが、このご時世の人と人の争いなど、無駄と断ずるに異論はない。
かと言ってそんな奴らを放っておくのも世のためにはならない。特に弱者から奪おうとする盗賊などと言う輩は魔物と何も変わらない。人を食うか食いものにするかの違いくらいだろう。
そして、林道を進むと話に聞いていた彼女らしき姿が遠くに見える。はっきりとはまだ見ないが、そのシルエットは確かに貴族や王族が着用するようなドレスである。高い木に遮られ、日の光が斑に差し込む幻想的な道にドレスで着飾った女性。これは中々絵になる光景である。
それが複数の影に囲まれていなければであるが……
彼女の周りを囲むように武器を持った屈強な男達が群がっている。遅かった……いや、今だ彼女が無事な事を確認ん出来るぶん、間に合ったと言ってもいいだろうか。噂の彼女はまさに面倒ごとの真っ最中であった。
「行こう!」
掛け声と共に駆けだすイグナール。それに追従する形でモニカとマキナも走り出す。仮にも彼女があの男どもに担がれ、攫われたりしたら大変だ。道を外れ、森の中に入られでもしたら土地勘のないイグナール達では盗賊達を追うことは難しい。
盗賊の一人が彼女の腕を掴み上げる。まずい、このまま連れ去られ――突然イグナールの視界が揺れる。
「なっ⁉」
一行は突如訪れた変化に驚き立ち止まる。視覚を惑わす魔法か? ならば盗賊達がこちらに気が付いて先手を打ってきた可能性がある。しかし、違う――地面が揺れているんだ。森がざわめき、どこに身を隠していたのかもわからない程の鳥達が上空を覆う。
彼女を取り囲んでいる盗賊達も驚きと動揺で混乱の中にあるようだ。だが、そんな中一人だけそれに動じず静かな人物がいる。深い青色のドレスに身を包んだ彼女だ。
「今ならまだ、その汚い手で妾に触れたことは許してやっても構わんぞ?」
女性とは思えない程に低く、静かだが恐ろしい声が林道に響く。上等な金糸で編んだような髪、美しさのために洗練された顔立ちと白磁のような白く綺麗な肌。年頃はイグナールとそう変わらないだろう。そんな彼女の蠱惑的な唇から、屈強な男達にこれ以上は殺すと強い言霊を乗せ、歴然たる殺気を感じられる言葉が吐き出される。




