act.60 難関の学問
「それで、こんなところでそんな恰好したあんたの連れじゃないかと思ってな」
街道で出くわした豪華なドレスに身を包んだ女とメイド服に身を包んだ女。どうやら商人らしき男はマキナとその女の子が主従の関係ではないかと言っているのだ。彼からするとパズルのピースがバチリとハマる思いであろう。
しかし、その考えは待ったくの勘違いである。つい最近目覚めた戦闘人形であるマキナに、イグナールとモニカ以外の知り合いがいようはずもない。
「申し訳ございません。そう言ったお方は存じ上げません」
マキナの言葉に心底不思議そうな表情を返す商人の男、後ろに控えている傭兵らしき男二人も彼と同じような表情を浮かべている。きっとイグナールが彼らであっても同じ顔をしただろう。
「そうかい、引き留めて悪かったな……それであんた達はルイーネに向かう途中かね?」
「はい、そうです」
一行を代表してモニカが答える。
「じゃぁ、そのお嬢ちゃんに会ったら、その子も連れて行ってあげてくれないか? 本人は断るかもしれないが、あんな恰好で出歩いてたら盗賊のいい獲物だ。彼女連れなのに悪いがよろしくな」
モニカがチラリとイグナ―ルを見やる。どうやらこちらに意見を求めているらしい。イグナールとしては特に問題はない。なので――
「ええ、構いませんよ。それに彼女達は大事な仲間ですから。そんな関係じゃありませんよ」
すると商人らしき男はふぅと少し安心したように息を吐き、そうかい? それじゃぁ頼んだよと言って街道を歩いていった。彼らを見送って前を見ると、イグナールの目の前にモニカが渋面を浮かべて立ちはだかっている。
一体どうしたと言うのだろうか。恐らく先程したイグナールの返答が気に入らないのだろうという見当はつく。しかし、モニカがそれ程不快に思うようなことではないと思うのだが……
「な、何かまずかったか?」
彼女の剣幕に言葉を詰まらせながら聞いてみる。
「べっつにー! 人助け、大いに結構じゃありませんかー」
モニカはのふくれっ面の意味がわからない。無駄とわかりつつもマキナに助けを求めるように顏を向ける。
「マスターは鈍感系なんですね」
「え? どういうことだマキナ」
しかし、それ以上マキナは答えてくれない。仮にも主人であるイグナールが助けを求めているのにも関わらずだ。
「マスター、魔法の勉強もよろしいですが、女心の勉強も必要かと思います」
マキナはそれだけ言い残すと一人でずんずんと先を歩くモニカに追従した。
女心……無機物であるはずの彼女にそんなことを言われるとは思いもしなかったイグナール。きっと彼にとって最も難しい学問となるはずだ。




